236 出発の朝
236話、皆様のご指摘の通り掲載内容ミスっておりました(失礼いたしました……!)
こちらが正規の内容です
「案外、あっという間だったな」
「────そうですね」
変わり映えのない、平穏な朝。
まだ薄暗い森の中で俺はリーンと一緒に朽ちかけた倒木のベンチに腰掛け、二人で並んでお茶を飲みながら王都の向こうに見える山の稜線からゆっくりと昇る朝日をぼんやりと眺めていた。
いつもなら、ここから前の日とほぼ同じ一日が始まるところだが。
「もう、出発の日になってしまったんですね……」
「ああ。ララとも今日でお別れか」
「そう思うと、少し寂しいです」
『…………グァゥ…………』
最初はほぼ何もないところから始まった二人と一匹の生活も、いつの間にか非常に居心地の良い場所が出来上がり、今では去るのが惜しくなるぐらいだった。振り返ってみれば、天気の良い日には気ままに湖で魚を釣ったり、森の中で食べられる野草や木の実を探して散歩したり、それらをふんだんに使った料理を楽しんだりと、なんだか良い思い出ばかりになっている。というか……結局、気ままにその日暮らしの野営を楽しんでいただけのような気がする。
ふと見上げるとララがしょんぼりとした様子で喉を鳴らし、目で俺に何かを訴えかけてきている。
『……グゥ。グァゥ、グォゥ……』
「……リーン、今、ララはなんて?」
「「本当なら自分も一緒に行きたい」。でも「今回ばかりはどうしても行けない理由がある」だそうです」
「そうか。なら、無理しなくていい。ここでは本当に世話になったな」
『……グォ』
「「自分もここにノール先生といられて、ずっと楽しかった」と言ってます」
「ああ、こっちも楽しかった。ありがとう」
『グァ! ……グァ。グゥ……?』
「ん? 今のは?」
「え、ええと……?「強要はしないが気が向いたらまた自分に会いに来てくれると嬉しい」、でしょうか」
「わかった。じゃあ、帰ったらまた遊びに来る」
『グォウ!』
また来ると言ったのが相当嬉しかったのか、ララはその巨大な尻尾をぶんぶんと振り回す。
時折、尻尾が俺たちの頭上スレスレを掠め危ないが、上機嫌なララはリーンを見つめ、また唸り声をあげる。
『グォ。グァ』
「……ん? 次もリーンも一緒に来てもいい、か?」
「はい。有難うございます、ララ。次に会うときは、貴女に挑むに足る実力を身につけてきますから」
『グァ! グォウ!』
ララはリーンに「いいだろう。またいつでも挑んでくるがいい」といった感じで、また嬉しそうに鼻から息を吹き鳴らした。
「そういえば。待ち合わせ場所は結局、ここになったんだったか?」
「はい、出発はここからと伺っています。見送りの方も皆さん、ここに来てくださるそうで北に向かう船の準備にも都合がいいそうです」
「ん? 船? ここにはそんなに大きな川はないが、とりあえず湖に浮かべる感じか」
「いえ。私が聞く所によると、今回の旅で利用するのはメリジェーヌさんたち王立魔導具研究所と魔導皇国デリダスが共同で新たに開発した『空飛ぶ船』なんだそうです。なので、人目がない場所の方が都合が良いそうです」
「へぇ。………………空飛ぶ…………船?」
「はい。なんでも、今回の旅の為に特別に作られた全く新しい乗り物だそうです」
「なるほど。それはちょっと楽しみ………………………………だ……な?」
「そうですね。私もどんなものか、少し楽しみです!」
リーンはそう言って俺に笑顔を見せるが、一方、俺は「空飛ぶ船」と聞いて多少血の気が引く。
ララみたいに高く速く飛ぶような乗り物なじゃないよな……?
「それで、今日いつ集合なんだ?」
「出発はお昼頃と聞いていますのでまだ時間がありそうですね。私はひとまず船に積み込む荷物の最終チェックをしたいと思っていますが……ノール先生はどうされますか?」
「なるほど、準備がいいな。まだ結構時間があるみたいだし、俺は最後に王都の人たちに軽く挨拶してこようと思うんだが、いいか?」
「はい、では私はここでお待ちしています」
「じゃあ、すぐに帰ってくるから」
『グァ』
そうして旅立ちの日の早朝、俺はリーンを魔竜の森に残し、今まで世話になった知り合いに最後の挨拶をするため街へと向かった。
◇◇◇
「持ち物の確認はしたか?」
「うん。昨日のうちにちゃんとチェックしておいたから大丈夫」
「だが、手荷物が少ないように思えるが」
「かさばるものはメリジェーヌさんにお願いして、先に積んでおいてもらってるから」
「……そうか。であれば、私が口を出すことは何もないな」
王都の旧市街に存在する少し広めの屋敷の玄関先で、少し背ののびた少年と女性が並び立っている。
旅立ちの準備を整えた様子のロロに、平服姿のイネスが俯きながら申し訳なさそうに言う。
「……すまない。私は結局、何も力になれなかったな」
「ううん。ここに住まわせてもらってるだけでも本当に助かってるから」
「そうだな、私ができたことといえばそれぐらいだな。だがもし、この旅から戻ったら自分の家を持つといい。きっとここよりも過ごしやすい場所が見つかる」
「……うん、そうかもね。いつまでもイネスのお世話になるわけにはいかないし」
「もちろん、追い出すような意図じゃない。いたければいつでもここにいてもらっていい」
「ありがとう。わかってる」
「……そろそろ日が昇る。時間に遅れないように出るといい」
「うん。じゃあ、もう行くね」
「……いや。やはり少し、待ってくれ」
「……うん。なに?」
自分に背を向け去ろうとした少年を呼び止めたイネスは、絞り出すように言う。
「────リンネブルグ様を頼む。こんなことを頼むのは気が引けるが……それでもロロなら必ず、力になってくれると信じている」
だがロロは少し振り返っただけでその言葉には何も答えず、
「見送り、必ず来てね」
そう言って微笑むと、住み慣れた屋敷を後にした。
◇◇◇
「……そろそろ、時間だと思いますが。まだ、誰も来ないですね……?」
早々にきっちりと出発の準備を整え終えたリンネブルグ王女は、一人、集合場所である『魔竜の森』でひたすら待ちぼうけていた。一向に待ち続けても誰も現れないことに王女はずっとそわそわとした面持ちだったが、やがて姿を現した少年に俄かに緊張が和らぐ。
「ロロ」
「お待たせ、リーン。まだ、他の人は来てないみたいだね?」
「はい。ロロが一番です。……少し見ないうちにまた背が高くなりましたか?」
「うん、そうみたい」
『────グォ』
「ララも、久しぶり。元気だった?」
最初に王女の元に現れたのは二本の剣を携えたロロだった。
少年の姿を目にしたララが、自分の居場所に久しく顔を見せなかったことに文句を言うように低く喉を鳴らす。ロロは巨大な目で頭上から自分を見下ろす友人に軽く手を振って挨拶すると、そのあたりの木の根元に自分の荷物を置き、朽木のベンチに座る王女の隣に腰掛け、微笑んだ。
「リーンはここで、ララたちと一緒に住んでたんだね。案外、いい場所でしょ?」
「はい、すごく」
「……やっぱり、楽しかった?」
「……はい。家出中の身で本当に不謹慎なのですが……正直なところ、とても。こんなに切羽詰まった時だというのに、これまでないぐらいにのびのびと過ごせたような気がします」
「それはきっと、ノールのおかげだね」
「はい。全くその通りです」
二人は久々となる再会を素直に喜んでいるようだった。
「リーンも今日、一緒に船に乗るんだよね?」
「はい。でも実は……私は公式のメンバーには数えられていないんです。勝手について行くことにしただけで」
「うん、それは聞いてる」
「……イネスは?」
「もうしばらくすれば、きっと来ると思う。見送りには必ず来てね、って言っておいたから」
「そうですか」
「────おお〜、いたいた! 見送りは俺らが一番乗りか?」
大きな声がした方向を見下ろすと、【六聖】ダンダルグを含めた幾人かが揃って斜面を登ってくるのが見える。
「……にしても、思ったよりここ、傾斜きついじゃねえか。ふぅ、登るだけでいい運動になるぜ……」
「それが事実だとしたら、お前は普段の訓練をサボり過ぎだ」
「……いやいや、ちょっと待て、カルー。ミアンヌじゃねえけど、いい加減、俺らなんて現場は卒業してもいい頃だろ。俺だっていい奴がいれば、今すぐにでも立場譲ってキッパリ引退したいぐらいなんだぜ?」
「はぁ? 何バカなこと言ってるのよ。アンタの代わりなんて、そこらへんに都合よく転がってるワケないでしょ? 諦めて死ぬまで現役でいなさい」
「……お、お前なぁ……?」
いつも通り自分のことは棚に置き、ダンダルグに辛辣なことを言ったミアンヌは不満そうに辺りを見回し、鼻を鳴らした。
「……何よ。見送りが全然いないじゃない。自分たちの将来を背負う奴らが旅立つにしてはちょっと、冷淡すぎじゃない?」
「そりゃあ、エルフの襲撃は表向きには国民には伏せてるからなぁ。大手を振って国ぐるみで送り出す、ってワケにも行かんだろ」
「隠し事なんかしないで、全部知らせちゃえばいいのよ。面倒臭い」
「また極論を……そんなことしたら確実に大変なことになるのはわかるだろ?」
「いいじゃない、それで。国民も皆が皆馬鹿じゃないわ。自分たちの身の振り方ぐらい、自分たちで決めさせたらいいのよ……何より、これから命の恩人になるかもしれない奴らに応援の一言ぐらい言わせるのが筋でしょう?」
「気持ちはわかるけどさぁ、色々と難しいんだよ。そこら辺のタイミングとか塩梅が」
ミアンヌとダンダルグがいつものようなやり取りとしていたところ、後ろから獣人の少女が駆け足気味に飛び出し、少年に近づいた。
「ロロ」
「シレーヌさん。見送りに来てくれたんだね」
「……ごめん。今回は私、どうしても行けなくて」
「うん、聞いてる。ミアンヌさんの仕事、引き継いだんでしょ?」
「ま、まぁ。仕事は引き継いだっていうか……実は引き継ぎ、全然終わってなくて。まだまだ【六聖】見習い、的な……?」
「【六聖】見習い?」
王女とロロの視線にシレーヌは後ろを振り返り、恐る恐るダンダルグの顔を見る。
「そ。そいつはもう俺らの同僚ってことになってる。公式の発表はまだだが、ミアンヌから後継者として指名されて【弓聖】の称号も引き継いでるしな。これから称号授与の式典も予定されてる」
「すごいね、シレーヌさん」
「そ、そうかな? ま、まぁ、思ったよりもえらいことになっちゃったけど……やること自体は前とそんなに変わりないし」
「俺らも最初はどうなることこかと思ったけどな……会議とかはミアンヌよりやりやすいし、ぶっちゃけ、いいこと尽くしだったわ。これからもよろしくな、シレーヌ」
「……あ、ありがとうございます?」
「────そう。ダンダルグ、後で覚えてなさい」
「ほら。そういうとこだって」
シレーヌとロロが苦笑していると、ララが二人の上に首をもたげ、シレーヌの顔をジロリ、と巨大な眼球で睨みつける。
『グァ?』
「……え? な、なんで今回、私は一緒に行かないのかって……?」
『グォゥ! グァ?』
「そ、それは……ちょっと、新しい仕事で切羽詰まってて。仕方なく」
『グォ』
「……それは言い訳だろ、って……? っていうか。そ、そっちこそ、なんでノールさんについて行かないの? ……なるべくならずっと一緒にいたいって言ってたじゃない……!」
『グッ、グァ!? グォウ……グォ!』
「…え? こちらにも止むに止まれぬ事情があって忙しい……? ……なワケないでしょう。ララは普段、昼寝ぐらいしかすることないのに」
『グ、グォウ! グァ……グォ!』
「え? そう言う私こそ忙しいとか絶対に口実だって……? そそっ、そんなことは……!?」
ララとシレーヌが何やら口論めいたやりとりをしていると、丘の向こうから平服姿の女性が一人、歩いてくる。それはイネスだった。イネスは王女の前までゆっくり歩いてくると跪き、頭を下げた。
「イネス」
「リンネブルグ様。ついに今日、旅立たれるのですね」
「はい」
「……何もお力になれず、申し訳ありません。ですが、リンネブルグ様ならばきっと────」
「────ごめん、途中で邪魔しちゃって。でも、ちょっといいかな?」
突然、二人の会話に途中で割って入ったロロに皆が一斉に振り向いた。
「……ロロ?」
「……────ごめんね、リーン。でも……ちょっと引っかかってることがあって。ねえ、イネス。それ、本気でそう思ってる?」
皆が見守る中、イネスは無言で立ち上がるとゆっくりとロロに向き直る。イネスに急に鋭い言葉を向けたロロに王女、シレーヌはじめ、周囲の面々は戸惑いの表情を浮かべた。
「ああ、もちろんだ。私は本心から言っている」
「へえ、そうなんだ。ボクにはとてもそうは思えなかったけど」
急にイネスとやり合いだしたロロに周囲の面々は困惑し互いに顔を見合わせた。
ロロの声色は先ほどまでとはうって変わって冷淡な響きを帯びている。
「な、なんだなんだ……? 急にどうしちまったんだ……あいつ?」
「ホッホウ。これはもしかすると、アレかのう?」
「……はぁ。ったく。どいつもこいつも────」
ただただ困惑するダンダルグの横でオーケンは機嫌良さそうに髭を撫で、ミアンヌは頭に手をやりながら大きなため息をついた。
「ねえ、イネス。本当に、ここで別れていいって思ってる?」
「ああ、そうだ。行けば私は必ず、足手纏いになる」
「へえ? そうなんだ。じゃあ、イネスはもう、ボクよりずっと弱いってこと?」
「……何が言いたい?」
「ううん。別に……ただ、事実を確かめたかっただけ。そっか。イネスはもうボクより弱いんだ。だから────何もできない。もうどんなことがあっても誰の力にもなれないし、何もしようと思わない。それがたとえ、自分の大事な人のためであっても……全てを諦め、傍観するだけ。そういうことだよね?」
ロロの言葉に、イネスの手に僅かに力が籠るこもるのがわかった。
「ああ、そういうことになるのかもしれないな」
「……ボクにそんな風に言われて、どう思う?」
「何も感じない。全て事実だから。だから────」
「────嘘つき」
ロロは尚もイネスを睨みつけ、鋭く言い放つ。
「イネスがそんな嘘つきだなんて、思わなかった。ボクはそういうの……嫌いだな」
「……ロロ?」
「やっぱり、イネスは嘘つきだよ。本当は全然、諦めてないのに……なのに、そんな聞き分けのいいフリばかりして」
「違う。私は────」
「うん、もういいよ。わかったから。イネスがボクたちに全然、正直に言ってくれる気なんてないってことが」
「…………?」
「そして、ボクは────そんなイネスなんて大嫌いだってことも」
ロロはそう言って傍に携えていた、二本の剣のうち一本をイネスに投げつけた。反射的にイネスはそれを受け取るが、その鞘に収まった剣を見て更なる困惑の表情を浮かべる。
「────ロロ?」
「ボクとここで決闘しよう、イネス。それで、ちゃんと区切りをつけよう」
「……一体、何を……?」
「わからない? ボクがきっちり、貴女を諦めさせてあげるって言ってるんだ」
少年が低く口に出した言葉に、その場にいた全員が困惑の表情でロロの顔を見つめた。






