233 六聖会議
「────本当の、本当に……馬ッッッ鹿じゃないの!?」
【六聖】の集う会議室に響く【弓聖】ミアンヌの罵声に、円卓の椅子に座ったシグが力なく項垂れる。
「……面目ない。全ては監督者である俺の責任だ」
「当たり前でしょ! ……下手したら、死んでたっていうじゃない。なにがどうなったら、アンタの【千殺剣】をロロに打ち込むことになるワケ???」
「────本当に、面目ない」
「あれって、部下にも滅多に見せない奥義だったんじゃないの? 剣の道の研鑽の果てが、聞いて呆れるわ」
「まあまあ、ミアンヌ。結局、命に別状はなかったっては話だしさ。ロロもそいつも、一生懸命やってのことなんだし……な?」
「そうですよ、ミアンヌ。あの程度の損傷であれば、私かマリーベールならすぐに治せますし、その後の経過も問題ありません。そこまで心配することではありませんよ」
「ほら、セインもこう言ってるし……」
「ただ、あと五分処置が遅かったら彼の命があったかはわかりませんでしたが」
「……やっぱり、危なかったんじゃないの!」
「…………………………………………………………………………面目ない」
さらに詰め寄るミアンヌに、シグの姿が心なしかどんどん小さくなっていく。
「おい。ミアンヌ。気持ちはわかるがそれ以上詰めるのはやめとけ。そいつ、自責の念で口から泡吹きかけてるぞ?」
「そのまま、死ねばいいのよ」
「……お前、ロロのこととなると容赦ないよな?」
「当たり前でしょ。あの子、どこにも身寄りがない子なのよ? だったら、私達が親みたいなもんじゃない。その私達が守ってあげなくてどうするの……? それどころか────剣でズタズタに切り刻むなんて、信じられない」
「…………………………………………………………………………本当に、面目ない」
「でも、それを言ったらお前だってミスラ行く前に矢をしこたま……」
「何?」
「いや、なんでもないです」
シグがこれまでないぐらいに青い顔で縮こまっているその隣で、【隠聖】カルーが静かに諭すように言う。
「……だが、ミアンヌ。あいつはもう、お前が知るような子供ではない。今回の件は、ロロ本人の意思もあってのことだ。本人の意向も尊重するべきだろう」
「だからって、コイツが全力でぶち込むことないじゃない! あの子が死んだら、どう責任を取るってわけ!? 取りようがないじゃない!」
「……め、面目ない……」
「だが、それだけの過酷な訓練を今のロロが必要としていることもまた、事実だろう。今回の遠征にはどんな危険が待ち受けているかわからない」
「そもそも行かなきゃいいのよ。『エルフ討伐』なんて」
「お、お前なぁ……?」
「もちろん、国を守るのは大事。エルフの脅威を取り除くのも。でも、その為に子供が自分の命を投げ出すなんて絶対に間違ってるから」
「……じゃあ、なんで反対しなかったんだよ?」
「それは……ロロ本人が望むんだったら、もう仕方ないじゃない。それに、今回はあいつがいるんでしょ? どうせ、あいつが大体なんとかするでしょ」
「ノールか? でもあいつ、頼りになるようで、いざという時が抜けてそうなんだよなぁ……わかるけど、あいつに全部を押し付けるのもどうかと思うぜ?」
「でも、結局押し付けてるじゃないの、私たち。今回の問題、全部。今更よ」
「……そ、そりゃあ、そうだけどよ……?」
「……そういえば、ミアンヌからの推薦があったシレーヌは今回、不参加だと聞いたが」
「そうね。でも、結局参加は本人の意思だから。推薦はしたけど断られたわ」
「どうして?」
「さあ。そんなの、本人の勝手でしょ。理由なんて知らないわ」
「お前、なんか細かいようでいて、そういうとこはラフだよなぁ」
「ま、結局、私としてはシレーヌが王都に残ってくれて都合が良かったけどね」
「え? どうして?」
「どうして……って。だって私、この仕事もう辞めるから」
「へぇ。お前、もうこの仕事を辞めるんだ。それは俺、初めて聞いたなぁ──って。はぁ!?」
その場に集う数人は、一斉にミアンヌに振り向いた。
「ちょ、ちょっと待て。お前、今なんつった? 辞める?」
「そうよ。何か問題ある?」
「お、大有りだろうが!! よりによって、このやばい時期に? なんで!?」
「むしろ、こういう時期だからよ。こんな不安定な時だからこそ、私は本来の仕事に戻らなきゃいけないの」
「……なんだよ、本来の仕事って?」
「はぁ? 子育てに決まってるじゃない」
「……あ、あのぅ。ミアンヌさん? 今までだって、ちゃんと子育てと、お仕事の両立はできてたワケじゃないですか。このまま継続、ってわけにはいきませんかねぇ……?」
「両立なんてできてないわよ。仕事に時間を取られればそれだけ子供と一緒に過ごす時間は減るのよ? 私にとって、子供と過ごす時間が仕事なんかよりもずっと大事なの」
「だっ、だからってさぁ。その子供たちが健全に過ごせるように国を守るのが、俺たちの仕事な訳だったりするワケじゃん?」
「だから、私の代わりとしてシレーヌを置いていくんじゃない。それで十分でしょ?」
「はぁ? シレーヌ? シレーヌ、って。まさか、あの?」
「そう。私の仕事は今後、全部、あの子がやってくれるわ。その為の仕込みはしておいたから」
「ま、待てよ!? あの子がお前の代わり!? それ本当に大丈夫!?」
「アンタだって、サレンツァで見たでしょ? あの子、もう私より実力は上だから」
「だ、だからって。いくらなんでも、急すぎるだろ……?!」
「そんなことないわ。むしろ交代が遅すぎたぐらい。ウチの『狩人兵団』のルールは知ってるでしょ? 弓の上手いやつが上に行く、っていう。その決まりからしたら、とっくにあの子がトップになの。もう、猶予期間は終わったわ」
「……だ、だからって……? な、なぁ? みんな? も、もうちょっと一緒に仕事したいよなぁ……?」
同意を求めて同僚の顔を見回すダンダルグに、カルーは静かに首を横に振った。
「────ダンダルグ、諦めろ。元々、最初の子供が生まれた時点で本人から打診があった話だ。それを遺留し、今の役職に留まらせたのは俺たちの都合でしかない」
「だ、だけどよ……?」
「ホッホウ! 確かに、ミアンヌの言うことも一理あるのう。子供は国の未来そのものじゃ。長い目で見れば子を良く育てるのは、国を守護するなんてことよりも、ずっと大事な事業じゃて」
「でしょ? オーケンもたまにはいいこと言うじゃない」
「ホッホウ。たまにはは余計かのう?」
「私もミアンヌに賛成ですよ。子供にとって、母親がそばにいるということはそれだけで素晴らしいことなのです。きっと、子供達も喜ぶでしょう」
「ってことで、よろしくね。私、辞めるから。シグもそれでいいわね?」
「──────め、面目ない。全ては俺の……」
「……おいシグ。もうその話題は終わったぞ?」
「ほっときなさい。そいつはそうやって永久に反省させておけばいいのよ」
「おいおい……なんか、こいつ白目向いてるけど。大丈夫か?」
「ホッホウ。子供のこととなると辛辣じゃのう。ミアンヌは」
「そんなの、当たり前じゃない。大人が子供を守ってあげなくて誰が守るの? ダンダルグだって、誰かに育ててもらったから、そんなどでかい図体になったんでしょう! 勝手に独りだけですくすくと育った気になってんじゃないわよ!」
「……あははは。ちょっと、話題変えよっか……? なあ、そういえば例のアレ。聞いたかよ? これも、微妙な話題だけどよ」
ダンダルグが恐る恐る、という切り出し方で周囲の顔色を伺った。
「何よ。王女が家出したって話? 別にそれぐらい、どうってことないじゃない。よくある話でしょ」
「あれ? 珍しくお前にしては寛容な意見だな?」
「だって、そうでしょ。元々、親子って言ったって、所詮は違う人間なんだし。意見が違えば離れるのは当然じゃない」
「へえ?」
「でも、あの親子に限っていえば……どうせ、考えてることなんてそんなに変わらないんでしょうけど。全く、面倒くさいわね」
「ああ。俺も王子から少々のすれ違いだと聞いている。今の状況は、誰も望んでいないはずだ」
「しっかし、お嬢が家出かぁ。家出先はどこだ? イネスの屋敷じゃないよな?」
「ああ。今はノールのところにいると聞いた。その為、身の安全については心配しなくていいだろう」
「そりゃあ……ある意味安心だが。でも、大丈夫なのかよ、それ? あいつ、野宿してるって聞いたけど」
「王には状況の報告を入れてある。だが、もう赤の他人である王女の動向には感知しないから本人の好きにさせろ、とのことだ」
「ったく、意固地になっちゃって。絶対心配なくせに」
「……本当に、不器用すぎるのよ。あの親子。っていうか、今回は王がダメね。普段は楽観しすぎるぐらい楽観的なくせに、自分の娘相手になると回りくどいことばっかりやって。王妃のことだって、さっさと本心伝えちゃえばいいじゃない! ……っていうか。私に言わせればどいつもこいつも……ああ。なんかすごくイライラしてきた」
「やばい。一番面倒くさい奴が荒れ出した。うん、すまん。この話題にした俺が悪かった」
「────本ッ当に。どいつもこいつも不器用な奴ばっかりで頭にくるわ……まあ、流石に今日やらかしたコイツに敵う奴はいないけど。ちゃんと反省してる? もし、次に同じことをしたら……わかってるわね?」
「……めっ、面目ない。め、面目……めっ? めっ、めっ……? …………ぐふ」
「あっ」
円卓の椅子に力なくぐったりともたれかかったシグが、本当に自責の念で泡を吹いて気を失ったところで、その日の【六聖】会議は終了となった。






