166 奴隷商館にて 1 ラシードの知己
「あれが例の店か?」
「そうだよ。あれが目的の『奴隷商館』さ」
ラシードの案内に従って入り組んだ街の路地を進んでいくと、すぐに目的の建物らしきものにたどり着いた。
「随分と大きいんだな」
「ああ、僕が知っていた時よりもずっと大きくなってる。どうやら、上手くやっているらしい」
建物の外側は俺が思っていたよりも大きな館で、王都にある図書館よりもずっと立派だった。
そのまま店の中に入っていくと、広い入り口のホールの奥に白い石で造られた受付のカウンターらしき場所があり、そこでは微妙に着飾った老婆が退屈そうにパイプで煙草の煙を燻らしている。
老婆は広い店の中でどこに向かったらいいのかわからず、しばらくキョロキョロと辺りを見回していた俺に向かって、手招きをした。
「ちょっと、お客さん。何をそんなところでウロウロしてるんだい。奴隷商館は初めてかい?」
「ああ、俺は初めてだな」
「……そうかい。大勢いるけど、お客さんが奴隷を探しにきた、ってことでいいのかね?」
「そうだな。用事があるのは俺だ」
老婆は俺たち全員の顔を眺め、その後で俺の頭の先から足の先までじっくりと品定めするような目で観察すると、一つ小さなため息をつく。
「……はぁ。それじゃ、初顔だし一応、一通りの説明させてもらうけどね。ウチで取り扱ってる奴隷は大きく分けると『労働使役用』、『知的使役用』、『愛玩用』の三つだよ。それぞれ簡単に説明すると『労働使役用』は並以上に丈夫な奴が揃ってて、『知的使役用』なら最低限以上の読み書きができる奴が紹介できる。任せられる仕事の幅は増えるけどその分、値は張るよ。でも、ウチは『愛玩用』が特にいいのが揃っててね。お客さんもわざわざウチに来たってことは、そっちが目当てなのかい? ……悪いけど、高いよ?」
どうやら、俺は見た目で金がないと思われている様子だった。
確かに薄汚れた格好をしているし、無理もないのだが。
「いや、そういうのはいいんだ。人を探している。その子の姉弟らしいんだが」
「……はあ? ……人探し? きょうだい? バカ言ってんじゃないよ、ウチは奴隷を売る店だよ。それぐらいのガキの取扱いが、どんだけあると思ってるのさ……って。ああ、その子かい……なら、見覚えはあるねえ。売れないけど」
老婆は俺たちが先ほど出会った少女、ミィナの弟を知っている様子だったのだが、すぐに売れない、と言われてリーンと目を見合わせる。
「売れない、とは?」
「そんなの、当然さね。そいつの弟は疫病で衰弱して隔離棟に移されたばかりなんだ。もう死を待つばかりの虫の息さ。そんな奴、売りもんにできるかい? ウチの店の沽券に関わるよ」
「……っ!」
背負われたままだったミィナはイネスの背中から飛び降りると、カウンターに頬杖をつく老婆に泣き縋るように言った。
「……おっ、お願いします! ……お、弟を助けてください……! わ、わたし……で、できることなら、なんでもしますからッ……!」
「アタシにそんな風に泣きつかれてもねえ? まずはお前のご主人様にでも頼んでみるんだね。だがね、そもそもあそこは疫病の蔓延を避けるために弱った奴隷を押し込める為の場所でねぇ。一度入ったら普通、もう二度と出られないんだよ」
「そっ、そんな……!?」
だが、必死で訴えるも老婆は嫌そうな顔でそっぽを向くだけだった。
「……なんとかならないのか? 俺からも頼む」
「ちっ。飼い主からしてこんなんなのかい……? 悪いけど、売れないと言ったら売れないんだよ。帰んな! あんまりしつこいと人を呼ぶよ?」
「横から悪いけど。ちなみに、どれだけの手数料を上乗せすれば、取引を検討してくれるようになるのかな?」
「……はぁ? 何を言ってるんだい、アンタ。見ない顔だねぇ?」
カウンターに齧り付く少女の頭の上から、ラシードが身を乗り出して老婆に笑顔を向けた。すると老婆はラシードの顔と身なりをしばらく観察した後、小さくため息をついた。
「……はぁ。ま、そうさねえ。必要な経費を上乗せしてくれるなら、できない話でもないけどねえ。諸経費とこっちの手数料含めて、ざっと、『二億ガルド』ってとこかねえ」
「……二億ガルド?」
老婆が口にした数字に俺とリーンは目を見合わせた。
「別に、ぼったくってるわけじゃないよ。まずは、最低限の売りモンにする為の薬代と食事代。それにあそこから出すとなると、防疫措置に係る諸費用ってのもかかってくる。あと、すぐに死ぬと思って『奴隷登録』も抹消しちまったからねえ……再登録の手続きの費用だって、馬鹿にならないのさ」
「どうだい、ノール? 彼女はああ言ってるけど」
「それぐらいなら持ち合わせがある。金はすぐに支払えるから、頼む」
「……だろう? どこのバカが死にかけの獣人のガキ一人に、そんな大層な額を払うってんだい? 自分がどれだけの無茶言ってるのかわかったら、とっとと顔洗って出直し……はい? 支払う?」
俺が持ち金の袋から白金貨を二枚取り出してカウンターの上に置くと、途端に老婆は目を丸め、震える指先でそれを摘み上げた。
「……しっ、白金貨。ほほっ、本物ぉ……!?」
「それで足りるか?」
「……じゅ、十分でございますっ! すっ、すぐにお望みのモノを御用意いたしますのでッ!! ど、どうか、そこでお待ちをッ!!」
態度が急変した老婆は慌てて立ち上がり、急いでどこかに行こうとしたのだが。
「騒々しいな、エイヤ婆。何事だ」
見れば、かなり身なりの良い小太りの男が奥の廊下から歩いてくる。
「ガ、ガレン様……!?」
「いったい、何をこそこそとやっている。勝手なことをされては困る、とあれほど言っただろう……?」
「しっ、しかし。あちらのお客さまが隔離棟に移動済みの奴隷をお求めでして。諸経費含めて二億支払える、と。それも、現金の前金で」
「何? 二億の現金?」
小太りの男は訝しげな顔でじっと俺たちの顔を見つめ、その場で俺たちの素性を確かめるかのように視線を向けていたのだが。
「やあ、ガレン。久しぶり」
ラシードが片手を上げて軽く挨拶すると、男は一旦顔を顰めた後、驚いたような顔つきになった。
「……まっ、まさか。ラ、ラシード坊っちゃまですか!?」
「ああ、そうだよ。あれから随分と経つのに顔まで覚えてくれていて嬉しいよ」
「「「……ラシード、坊っちゃま?」」」
小太りの男の呼びかけに、俺たちは一斉にラシードの顔を見た。
ラシードはそんな俺たちの戸惑いは意に介さず、機嫌良さそうに両手を広げ、小太りの男にむかって歩いて行く。
「いやあ、元気そうで何よりだよ、ガレン。君の商売は順調なようだね。この店も大きくなったねぇ、見違えたよ」
「ラシード御坊ちゃまこそ、お元気そうで何よりです。しかし、今は『時忘れの都』をお治めのはずでは? いつ商都に戻ってこられたのですか?」
「最近になって色々と動きがあってね。今は『時忘れの都』はこっちのノールがオーナーさ」
「……こ、こちらの方が?」
「ノールだ。よろしく」
「あ、ああ……? この商会での商いを執り仕切っているガレンだ。よろしく」
俺が手を差し出されるままに小太りの男と握手すると、その手自体は非常に柔らかかったものの、全ての指に嵌められた宝石入りの指輪の感触がゴツゴツと硬かった。
「それで、ガレン。彼女も言っていた通り、僕らは買い物に来たのだけれど。用事を続けていいかい」
「ええ、もちろん! 何をご所望で? 先ほど、隔離棟に移された奴隷を、と伺いましたが」
「ああ。その子の弟だそうだ」
「そちらの奴隷の? ……なるほど。確かに首輪にはウチの焼き印がありますな。では、すぐにご案内いたしましょう」
「話がスムーズで助かるよ」
俺たちはそれから、小太りの男の後に続いて長い廊下を歩いていく。
ラシードはここの主人らしき男と知り合いらしかったが、前後に並んで歩く二人はずっと張り付けたような笑顔のままだった。
「それにしても、ラシード坊っちゃま。随分と成長なされましたな。このガレン、坊っちゃまが『時忘れの都』にお発ちになると聞いた時は、どうなることかと思いましたが……再会、まことに感激いたしましたぞ」
「君は相変わらず大袈裟だねえ。まあ、あそこにはこの街から締め出されて、僕から逃げ込んだようなものだったからね。とはいえ、あの街の経営や徴税官の仕事なんかもやってみると案外楽しくて、意外に充実した毎日だったよ」
「それはそれは。何よりですな」
登場時とえらく態度が変わった小太りの男は指輪がジャラジャラと嵌った手でもみ手をしながら、時折振り返り、ラシードに良い笑顔を向けた。
「ラシード。その人とは知り合いなのか?」
「ああ。子供の頃、商売のことをちょっとだけ世話してあげたことがあってね。ま、それだけといえばそれだけの関係なんだけど」
「とんでもない! お陰様で、この商都サレンツァの有力商会名簿に名を連ねるまでになれましたので。それも全て、ラシード御坊ちゃまのご助力あってのことと心得ております」
「それは何よりだ。で、例の奴隷の件だけど…………まだ着かないのかい、ガレン。さっき、ここはもう通ったような気がしたけれど」
そう言ってラシードは立ち止まり、広い中庭に面した廊下にある大きな金属製の扉に目を向けた。
その前には数人の男達が武器を持って立っている。
「……おっと、失礼。この館も増築を重ねて随分と広くなってしまったもので。時々、うっかり迷ってしまうのです。どうぞ。目的の場所はそちらの扉のすぐ向こうです──おい。開けろ」
「「は」」
不意に小太りの男が低い声で金属製の扉の前にいる男たちに命令すると、重そうな扉がギシギシ、と音を立てて開いていく。
その奥には窓のない薄暗い廊下が続いていて、どうやら隔離場所と言うだけあって、簡単には出入りできない場所になっている様子だった。
「こちらです、皆様どうぞ。暗いので足元にお気をつけください」
かなり古びた感じの石造の廊下は確かに暗く、ジメジメしている。
まるで洞窟のような長い通路が奥へ奥へと続いていく。
「……本当に暗いな。それに窓もない。こんな場所に人がいるのか──?」
「そうですね。こんなに不衛生な場所では治る病気も治りません」
「ここは死を待つ他にない、処分品が行き着く場所でございますので。かわいそうですが、法令上、あれらは厳重な隔離が必要となりまして……仕方なくの処置でございますな」
男はそう言って口元を布で押さえつつ、歩みを進めていく。
そのまま男の後についてしばらく歩いていくと、俺たちは更に空気が澱む暗い地下室のような場所に通された。
その空洞のような場所には外で見た扉の倍以上の大きさはありそうな頑丈そうな金属製の扉が一つあり、待機していた覆面の男が壁にあるレバーを引くと、何かの仕掛けがあるのか、重そうな扉がゆっくりとギシギシ音を立てながら開いていく。
その扉の奥には更に暗くてジメジメした廊下が続いていて、そこは病気の人の隔離場所というよりも罪人の収容場所のように見えた。
「この奥なのか?」
「はい……ですが。申し訳ありませんが、そちらのお二人はこの辺りでお待ちいただくことになります。獣人をお通しできる限度は、ここまでとなりますので」
男がそう言って、シャウザとシレーヌに目を向けると、彼らの間に立って歩いていたリーンは訝しげに目を細めた。
「……彼女と彼をここで待たせる? それは、なぜでしょう」
「もちろん、ラシード坊ちゃまはご存じのことと思いますが、我が国の法令上、獣人奴隷が徒党を組むことを防ぐ為に、奴隷商館への獣人の立ち入りは厳重に規制されておりまして。その者達をここまでお通ししたのも、かなりの特別待遇なのですよ。しかしながら、さすがに、この先に立ち入られると色々と問題がありまして」
男はラシードに同意を求めるように視線を向けた。
シャウザは困惑したような顔でラシードを見守るものの、ラシードは笑顔で頷いた。
「いいよ、シャウザ。彼がそう言うなら、その通りにしよう」
「承知しました」
「……では、シレーヌさんもすみませんが、ここで。ミィナさんをよろしくお願いします」
「はい。わかりました」
「じゃあ、ミィナもここで一緒に待っていてもらえるか? 大丈夫だ、ちゃんと家族は連れてくる」
「はっ、はいっ……!」
リーンの方もロロと目を合わせると互いに頷き合い、シレーヌとミィナの二人にそこで待つように言った。
「……いやはや、お手数をおかけしまして申し訳ありませんな。法律関係は面倒でして。他にも疫病を避ける為の措置として、お客様が病気にかかられても当館では責任を負いかねる、という書面にサインしていただく必要があるのですが、どうやらお急ぎのご様子。そちらは省略致しましょう」
「助かるよ、ガレン」
「いえいえ、他ならぬラシード坊っちゃまのお連れの方とあれば、当然です。さ、こちらへ」
そうして俺たちはシャウザとシレーヌとミィナと別れ、背後で大きな金属製の扉が閉まる音を聴きながら奥へと進んでいく。
「……それにしても、酷い場所ですね」
「そうだな。さすがに換気用の窓の一つぐらいはあってもいいんじゃないか?」
「そうだねえ。お客さまにお茶のひとつも出さないとは」
「それは別にいいが」
「でも、商売はそういうところからだよ、ね、ガレン?」
歩きながら話していた俺たちだったが、いつの間にか小太りの男の姿が消えている。直後、天井から太い鉄格子のようなものが降りてきて、硬い音を立てながら俺たちが入ってきた通路を塞いでいく。
「……ガレン、これは一体どういうことだい?」
「ご説明が遅くなりまして、誠に申し訳ありません。ラシード坊っちゃま」
鉄格子の奥の暗がりから、小太りの男の声がする。
「先ほど、ついうっかり、皆様に申し上げ損ねたのですが……先日より『お家』の方から我々商業ギルド会員に対し、とあるお達しが出ておりまして」
「お達し、ね。ちなみに内容は?」
「ラシード御坊ちゃまと、お連れの方々をどんな手を使っても足止めせよ、と。さすれば日毎に多大な褒章を与え、この商都サレンツァの上級商業組合の議会の椅子もお約束いただける、とのことでして──」
俺たちは物音に暗闇を見回した。
すると、奥から数人の武器を持った男たちが歩いてくるのが見える。彼らは先ほど、俺たちが路上で相手をした男達だった。
「……つまり、君は僕らに彼らと一緒にここでしばらく寝て過ごせ、と?」
「可能であれば、そうしていただけると助かりますが。そう簡単には従っていただけないでしょうな。ですので」
男が片手で合図のようなものを出すと、直後、床から巨大なゴーレムが数体現れた。
あの巨体からするとこの場所は窮屈そうだが、この広い空間でなら腕を振り回すぐらいの余裕はありそうだった。
「なるほど。『家』から貸し与えられた『始原』のゴーレムかい。どうやら、君は彼らからの信用も得ているらしい」
「ええ。おかげさまで」
「ちなみに、そこにいるお嬢様が誰かって知ってる?」
「もちろん、存じ上げておりますとも。クレイス王国からの大事な『お客様』、リンネブルグ様でしょう? 旦那様からは彼女たちも存分にもてなせ、と。ちなみに、どなたも生死は問わない、とのことですが……彼女は今後の交渉材料となるので、なるべくなら生かせ、と」
「なるほどね。合理的な判断だ」
「なので、その場で大人しくしていただけると大変、助かります」
小太りの男の隣に現れた覆面の男が手元の板のようなものに触れると、ゴーレムが腕を振り上げる。
それだけで洞窟のような廊下が揺れ、天井からはパラパラと埃が舞う。
そんなゴーレムの動きに気を取られている間に、数人の男たちが俺たちの首にスッと刃を当てた。
「……いいよ、ガレン。実に君らしい」
そんな状況で、ラシードは楽しそうに笑う。
「このガレン、ラシード坊ちゃまには大変、感謝しております。昔は本当によくしていただきましたので。一介の商人でしかなかった私がここまでのし上がれたのは、ラシード御坊ちゃまのご助言があればこそ。しかしながら……私も今や多くの従業員を抱える身でして。ご理解を」
そうして、小太りの男が隣にいる覆面の男に指示を出すと、巨大なゴーレムの数体が動き出す。
「────やれ。旦那様の『お客様』以外、殺しても構わん」
「は」
「……ねえ、ガレン。残念だけど、君はここまでに致命的な間違いをいくつか犯している」
だが、ゴーレムがゆっくりと自分に迫るのを眺めつつ、ラシードは落ち着き払った様子で小太りの男に笑顔を向けた。
「まず、一つ目だけど。君の部下が刃を向けているそちらのお嬢様」
「────【滅殺獄炎】」
「……へッ?」
リーンがいつもの炎の魔法のスキルを発動すると、首筋に当てられていた短刀の刃が一瞬で焼けて、赤い液体となって地面にドロリと溶け落ちた。
その間、男は呆然と自分の目の前の出来事を見つめているだけだった。
「見た目と身分で『か弱い少女』と値踏みしたようだけど、とんでもない。彼女はそこいらの猛獣よりも獰猛で、ずっと危険な生き物だ」
危険な生き物、と言われ、リーンが多少ムッとした表情になる。
でも正直、彼女の性格を知っていると、その意見には俺も同意せざるを得ない……が、もちろん本人にはそんなことは言えない。
「それと、彼らが刃を向けている銀の鎧のお姉さん」
「【神盾】」
「……アヒィッ!?」
イネスに刃を向けていた男たちの剣が、彼女が生み出した『光の膜』であっという間に根本から切断され、ついでに廊下を塞いでいた頑丈そうな鉄格子もスパッと斬られ、バラバラと硬質な音を響かせながら地面に転がっていく。
「獣人の少女を背負っていたせいでそうは見えなかっただろうけど、彼女はあの、クレイス王国の『【神盾】イネス』だ。そちらの気性の荒いお嬢様より更に凶悪で恐ろしい」
凶悪で恐ろしい、と言われてチラリとラシードを一瞥したイネスだったが、すぐに目の前の男たちを睨みつけ、彼らを二歩、三歩と後退りさせた。
……確かに、彼女も怒るとちょっと怖いのはわかる。
「しっ、【神盾】イネス!? な、なぜそのような人物が……!?」
「……おやおや、『旦那様』から何も聞いてなかったのかい? あいつら、相変わらず碌でもないねえ……彼女たちに暴力で挑もうなんて、無謀もいいところなのに肝心な情報を回さないとは」
「ぐっ!? そっ! それなら、あいつだ! せめて奴を────!!」
「それでね。追い詰められた君がせめて人質にでもしようと思って切り札のゴーレムを差し向けようとしている、そっちの人畜無害そうな彼だけど」
「……へっ?」
見れば、数体のゴーレムがその巨大な手で素早く俺とロロを掴もうとしてくる。
だが、俺はその手を『黒い剣』で薙ぎ払う。
「パリイ」
するとゴーレムは脆くも身体もろとも、跡形もなく吹き飛び、衝撃でその背後にいた数体のゴーレムも同時に全て爆散した。
ついでにゴーレムを操っていたらしい覆面の男も飛散した残骸に頭を打たれて昏倒、後には破片の山だけが残った。
「……はひっ? ゴッ、ゴーレムが……? ……ふ、フヒっ?」
「残念。彼がこの中で一番、敵対してはいけない人物だ」
そう言ってラシードは無防備になって変な笑いを浮かべる小太りの男に向かって肩を竦めて見せた。
「……大丈夫か? ロロ」
「うん、ボクは大丈夫」
「リーンも怪我はないか?」
「はい」
少々危ない目にあったものの、ロロもリーンもイネスも平然としている。
というか、心の読めるロロは最初から何が起こるかわかっていたのだろう。リーンと何やら目を見合わせ、また頷いている。
「ガレン、しくじったね。シャウザたちを扉の向こうに隔離したまではよかったけれど、その後の手順が最悪だ。他人の情報を簡単に鵜呑みにしちゃダメだって、教えてあげたのにね……おっと、前言撤回。やっぱり、彼らを隔離したのもまずかった」
「アヒイッ!?」
唐突な爆音と共に、重厚な金属製の壁がまるで誰かに殴られたかのように歪んでいく。
多分、あれはシャウザだろう。
「ラ、ラシード坊っちゃま! ごっ、ご容赦を……!! こ、これは……ほ、ほんの、出来心でっ!! そ、そうだ! だ、旦那様のご命令で、仕方なくっ!!」
暗闇に爆音が鳴り響く中、慌てて床に手をついて謝り始めた男だったが、そんな男にラシードはゆっくりと歩み寄っていく。
「いいんだよ、ガレン。僕は全然、気にしてないからさ」
「……はひっ?」
そう言ってラシードは地面に膝をつく男の肩を優しくぽん、と叩いた。
「むしろ、君にはお礼を言いたいぐらいなんだ。こうなることなんて最初からわかってたし」
「……へっ?」
「相変わらずだねぇ。君は本当に変わってない。面白いぐらい、予想通りの行動をしてくれた。おかげで僕は、心置きなく君の資産をいただける」
「────えっ? は、はひぃっ!?」
怯える小太りの男の背後で、重い扉を殴る音がどんどん大きくなっていく。
同時に金属製の重厚な扉が奇妙な形に変形していき、それを見守る周囲の男達の顔が、一緒にぐにゃり、と歪んでいくのがわかる。
「あ、あひいッ!?」
「たっ、助けっ……!!」
「それにしても……『家』から、君たち小金持ち相手に足止めの命令か。あいつら、来いと言ったり、来させるなと言ったり、何がしたいんだろうね? まとまりがないのはいつものことだけど」
何やら思案顔で顎に手を当てながら小太りの男に目を向けるラシードだったが、男はまともに返事をするどころではないらしく、ひたすら悲鳴を上げて地面で転がり回っている。
「……ああ、それと。君には他にも色々と協力して欲しいことがあるんだ。君の持っている商売網を使ってね……と、その前に、君が刃を向けた彼らへの謝罪が先かな? 君もこの街で暮らして長いんだし、こういう時、何を以って詫びればいいのかはわかるだろう? ねぇ、ガレン?」
首を傾げて問いかけるラシードだったが、男からの返答はない。
だが、ひしゃげた金属製の扉が二枚轟音を立てて男たちの前に転がると、怯えた男はしめあげられるような悲鳴をあげて、慌てて首を縦に振った。
「……は、はひっ! せ、誠心誠意、お詫びをさせて頂きますぅ……!!」
「うん、いい返事だね。相変わらず君は物分かりが良くて助かるよ。本当に、故郷に頼れる知己がいるっていうのはいいものだね……ちょうど無一文になって少しばかりお小遣いが欲しいなって思っていたところだったから」
そう言ってラシードは満足げに頷くと、振り返って俺たちに良い笑顔を見せた。
「じゃ、このまま奥に向かおう。目的の少年はこの先にいるらしい」
「……ああ、そうだな」
そうして俺たちは地面に膝をついて震える男たちを一旦シャウザとシレーヌに任せ、暗がりの奥へと進んだ。