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157 俺はゴーレムをパリイする

今回少し長くなりました(文字数が2、3話分あります)

(8/22 20:32 会話でおかしな箇所を修正しました)

(8/23 0:12 誤字報告ありがとうございます、色々修正しました)

「……その携帯用端末(タブレット)の映像では少し小さいね。メリッサ、皆に見えるように大きくできるかい?」

「は。ただいま」


 ラシードに言われてメリッサが執務室の机の上にある突起物のようなものを弄ると、次の瞬間、クロンの持ってきた板に映し出されていた映像と同じものが広い部屋の壁一面に大きく映し出された。


「……へえ、随分数が多いね。いきなりこんな大軍を寄越してくるとは恐れ入った」


 映像が大きくなると、砂埃の中に映し出されていた影の輪郭がよりはっきりと見えてくる。

 確かに俺も前に見たことがある『ゴーレム』のようだった。

 だが、それを見ていつも笑顔を絶やさないラシードが神妙な顔をした。


「……あの奥の方に映っているのは、前にラシードが獣人たちの集落に連れてきたのと同じゴーレムか?」

「ああ、大体はね。でも、『時忘れの都』に割り当てられているゴーレム兵は、常時警備用のものも含めて全部で千体ほど。対して、向こうの数は少なくともその十倍はありそうだ」

「巻き上がった砂でよく見えないが……そんなにいるのか?」

「ああ。残念だけど、ゴーレム同士を戦わせても全然勝負にならないだろうね。質が同じなら当然、数が多い方が勝つ」


 そう言って首を振りつつ、ラシードはどこかまだ余裕がありそうな態度だった。


「……そもそも、なんであんなのが襲ってくるんだ?」

「この『時忘れの都』の管理者が入れ替わったという情報は既にサレンツァ中を駆け巡っている。ここには、珍しいお宝とか旨みのあるものがたくさん揃っているからね。『サレンツァ家』の権威が剥がれた今、野盗か何か、素性の悪い奴らがお宝の匂いを嗅ぎつけて寄ってきたとしてもおかしくはない」

「つまり……あれは盗賊、というわけか?」

「まあ、基本的にはそう思ってもらって問題ないと思うけど」

「……ただの野盗がゴーレムの軍隊を? ゴーレムの維持にはかなりの費用がかかると伺っておりましたが……?」


 背後に立っていたリーンが険しい顔で質問すると、ラシードは彼女に向かって微笑んだ。


「さすがはリンネブルグ様。御明察です。私の率直な印象を申し上げますと、あれはおそらく、私の弟たちが寄越したゴーレム兵で間違いないでしょう」

「……ラシード様のご兄弟、ですか?」

「ええ。お察しの通り、あのゴーレム兵自体の出どころは我が『サレンツァ家』で間違いありません。他に、あれほど充実したゴーレム兵を配備している所はありませんので」

「では、なぜラシード様は先ほど、彼らのことを野盗と?」

「あれは確かに我が弟たちの兵隊です。ですが、都合の悪いことを問い詰めたところで奴らは「倉庫から盗まれた」とでも主張するだけでしょう。『サレンツァ家』に名を連ねる者は、皆、そういった無茶を通す程度の権力(ちから)は持っております。そういう意味で、こちらもあれらを『野盗』として処理してしまうのが後腐れなくてよろしいかと」

「なるほど、そういう意味ですか……だとすれば、何が目的だと思いますか?」

「奴らの狙いの一つはまずは、私の命でしょう」

「ラシード様の命?」

「はい。リンネブルグ様もご存知の通り、サレンツァの相続法により、『サレンツァ家』の長男である私は一族の財産の優先的な(・・・・)相続権を有しておりまして。この国には、嫌いな競争相手に死んでもらいたい、と考える者が沢山おりますので」

「……そういうお話ですか」

「そのことがきっかけでこのようなことにならないよう、私自身は早めに出ていく予定だったのですが……思ったりより奴らの動きが早かった。本当に我慢がきかない弟たちだ。待っていれば、こちらから出向いて行ったというのにね」


 リーンは改めて厳しい表情で壁に映るゴーレムの姿を眺めた。


「……本当にラシードの兄弟がここを襲ってきているのか?」

「ああ。あれは正真正銘、僕と血を分けた弟たちさ。腹違いだから半分だけだけどね」

「だったら、なんとか話し合いで止められないのか?」

「それができれば、そうしたいところだけど……元々、僕らは仲が悪くてね。残念ながら、彼らが話し合いに応じることはないと思う。それに、見たところあのゴーレムたちには、近くで指揮(コントロール)をしている者が一人も見当たらない。いずれにしても、今からの話し合いじゃ手遅れだ」

「……どういうことだ?」

「馴染みのない君にも分かるように簡単に説明するとね……ゴーレム、というものは一旦命令(コマンド)を受けると次の命令があるまで、それを半永久的に壊れるまで実行し続ける、という器物(モノ)なんだ。つまり、近くに命令を下す操作者がいない、ということは、あのゴーレムたちは既にとある『命令』を受けてそれを遂行する為に稼働しているということになるんだけど……あいつらの頭脳は大きな図体にしては単純でね。そんなに複雑な内容は理解できない。となると、奴らが受けた命令の内容は、『破壊』か、『略奪』か────大体、そんなところだろう」


 ラシードの背後に映し出される映像の中で、ゴーレムたちが近づいてくるのが見える。

 大群をなす一体一体がよりはっきりと姿を表し、さっきより数が増えているようにも思える。


「……なるほど? あれの全部が、ということか?」

「そうなるね」

「狙いはラシード様の命だけ、というわけではなさそうですね」

「おっしゃる通りです。奴らが他に欲しがるものがあるとすれば、この土地にある様々な利権・保管してある国宝級の宝物類と、加えて異国から訪れている高貴な身分の女性の身柄────というところでしょうか。どれも奴らにとっては大いに価値があるものですが、大っぴらには手に入れたと言いづらいものばかりですので。この混乱の中で「全て野盗がやった」と適当な証言者さえ立ててしまえば、あとは好き放題できる。仮にそれが叶わぬとしても、家から任された『時忘れの都』を壊滅させた私の無能さをあげつらう好材料とできる……とでも、考えているのでしょう。我が弟たちが常日頃から好むやり口です」


 ラシードがにこやかに言う背後で、映像の中のゴーレムたちが迫ってくるのが見える。


「……さて、どうする、ノール? 今の経営者は君だ」

「そうだな。ちなみにこういう時、ラシードだったらどうする?」

「────そうだね。とにかく、今回は相手の数が多いからね。『時忘れの都』の配備されたゴーレム兵は一般従業員たちの護衛に回すとして、残りの戦力であれらをどうするか、ということになると思うけど……元々、ここにあった戦力じゃとても足りないんだ。となると、ここにいる余剰戦力(・・・・)で迎え撃つのが賢明だと思うけど」


 ラシードは目を細めながら、俺たちがいる部屋の中を見渡した。


「……とはいえ、今回の原因の半分は僕にある。こちらからは戦力としてシャウザを出そう。彼は前にゴーレムと戦った経験があるから、頼りになると思うよ」

「なるほど。それは助かるな」

「で、そちらは誰が行くんだい?」

「そちら?」

「そう。他ならぬ、余剰戦力(・・・・)の君たちさ」


 ラシードの視線はリーン、イネス、ロロ、シレーヌの間をゆっくりと動き、そして最後に俺に目を留めた。


「……そういえば、ノール? 君はさっき、従業員たちの前で「自分が経営者でいる限り誰一人危険な目には遭わせない」って言ってたけど」

「確かに言ったが」

「それと、その前に僕が預けた大事な部下のメリッサのことは君が(・・)守ってくれるとも」

「それも言った気はするが」

「なら、今回は君が行くってことでいいのかな? 君とシャウザ、二人だけで」

「……? 俺が?」

 

 俺はラシードの言葉に驚き、思わず振り返ってリーンたちの顔色をうかがったのだが。

 リーンは顎に手を当てて真剣な表情で考え込み、しばらくすると何かに納得するよう深く頷いた。


「……確かに、そうですね。ラシード様のおっしゃる通り、無駄な犠牲者を出さない為にはノール先生に行っていただくのが最善かもしれません」

「リーン……?」

「私も先生にお供したいのは山々ですが……未熟な私が重要な場面で先生の足手纏いになってしまったら、元も子もありません」

「……別に、一緒に手伝ってくれても良いんだぞ……?」

「いえ。せっかくのお言葉ですが、今回、私は極力、先生のお邪魔にならないようシレーヌさんやロロと一緒に後方で一般の方の保護に回りたいと思います。もちろん────もし、万が一にもノール先生に私たちの助けが必要になりましたら力及ばずながら全力で支援(サポート)させていただきます」

「……そうか? じゃあ……その時は、よろしくな?」


 改めて壁一面に映し出されたゴーレムたちの姿を見て、不安になる。

 俺の頼みの綱だったリーンは、すぐには助けに来てくれるつもりはないらしい。

 でも、人の心が読めるロロなら俺の心の中をしっかりわかってくれているはず。

 ということで、俺は精一杯、ロロに助けを求める気持ちを込めて向き直るのだが。


「……なあ、ロロ?」

「きっと、ノールなら大丈夫。頑張ってね」


 不安でいっぱいの俺に、ロロは優しい笑顔で励ましの言葉をくれた。


 ……ロロ。

 その言葉自体はとても嬉しいのだが。

 俺としては、できれば一緒にリーンを説得して欲しかった。

 もしくは、以前ミスラに行った時に指輪から『魔竜(ララ)』を出して暴れ回らせたりしていたので、できれば今回もああいう感じのやつで助けてほしい……などと心の中で必死に訴えてみるも、ロロは「そんなのなくても大丈夫」という感じの苦笑いで返すばかりだった。


 どうやら今の俺は、彼にも頼れないらしい。

 ロロの隣に立っているシレーヌなら、あるいは頼めば一緒に来てくれそうな感じもあったが……今の緊急事態で気を取り直してはいるものの、どうも多少無理して気を張っている様子で、まだ本調子でない顔色だった。

 流石にそんな状態の彼女を頼るのは気が引ける。

 となると、俺の最後の望みは銀色の鎧を纏った彼女、となるのだが。


「────なあ、イネス」

「すまないが、私の仕事はリンネブルグ様の護衛だ。ゴーレムとの戦いで他の者が巻き添えを食わないよう、後方で待機することにする。悪く思うな」

「…………そうか」

「…………そんな顔をするな。危なくなったら必ず助けに行く」

「…………本当だな? 約束だからな?」

「ああ。本当に危なくなったらな……それより、あの男。まだ気を許すな」

「シャウザのことか?」

「奴は得体が知れない。実力も未知数だ」

「……わかった。一応、気をつけておく」


 イネスは目を細めてシャウザの横顔を見つめ、俺にアドバイスをくれたが。

 どうやら、彼女にも俺のことはあまり心配してもらえていないらしかった。


「じゃあ、もうそろそろ、二人は向かった方がいい。敵はすぐそこまで迫っているからね」

「…………ああ。そうだな」

「頼んだよ、ノール、シャウザ」

「では、よろしくお願いします、ノール先生」

「……わかった。だが……危なくなった時は、頼んだぞ?」

「はい。万一の場合には備えておきます」

「……頼りにしているからな、リーン。本当に」

「────何をしている。さっさと行くぞ」


 不安いっぱいの俺をよそに、シャウザはさっさと皆のいる部屋を出て行った。

 そうして俺は入り口の荷物預かり所に保管してもらっていた『黒い剣』を係員から受け取り、シャウザについて足早に歩きながらゴーレムたちが見える『時忘れの都』の外れの砂漠にまでたどり着いたのだが。


 視界を遮るモノが一つもない広大な砂漠に並んで立つと、向かってくるモノの様子がよく見える。

 地面から振動が伝わり、映像で見るよりもずっと迫力がある。


「……なあ、シャウザ?」

「なんだ」

「あれを、本当に俺たち二人だけでなんとかできると思うか?」

「いや、思わん。全くな」

「……そうか。実は俺もそう思っている」


 迫り来るゴーレムたちを前にした俺とシャウザの考えはぴたりと一致した。

 ……じゃあ、なんで俺たち二人はここに立っているんだろう。


「……ラシード様は自分が気に入った者に過度な期待をしすぎる。その全てに応えようとする必要はない。お前もどうやら、俺と似たような立場らしいが……何を言われようが、無理なものは無理だ」

「確かに、そうだな」

「俺はひとまずやるだけはやってみて、なんともならなければ、その時は主人を抱えて逃げる。お前がこれからどうするかは勝手だが……一つしかない命だ。よく考えて使え」


 シャウザは迫ってくるゴーレムたちを睨みつけながら、もっともなことを言った。

 確かに、どうも俺は最近、リーンに期待されすぎているような気がする。

 そろそろ、彼女の誤解を解かないとそろそろ大変なことになりそうだと思いつつ。

 今まで姿が見えなかったゴーレムが、地面から新たにニョキニョキと顔を出すのが見えた。


「……今、地面からゴーレムが生えたように見えたんだが」

「奴らは砂の中に潜んで移動することがある。地上に見えているモノが全てとは思わない方がいい」

「なるほど……そういえば、シャウザは前にもあれと戦ったことがあるんだったな」

「ああ、かなり前の話だがな」

「その時は、どうやって戦ったんだ? 見た感じ、かなり硬そうに見えるが……やっぱり見た目通り硬いのか?」

「そうだな。あれの装甲は並の刃物では通らない。前は弓で戦ったが、普通の武器で貫くにはコツがいる」

「硬いのに矢が刺さったのか?」

「使う弓と、狙う場所によってはな」

「そうか」


 ゴーレムの表面は見るからにゴツゴツしていて、硬そうだった。

 神獣と戦った時を思い出すが、上手くやれば矢は刺さるというし、見た感じ、ゴーレムの大きさは大きくてもせいぜい俺が知るゴブリンの二倍程度だった。

 それなら、俺が使う『黒い剣』でも力任せに叩けばいけそうな気もするが。


「前もあんなにいたのか?」

「俺が以前戦った時は、あれより少し多いぐらいだった」

「……それはすごいな? そんな相手によく勝てたな?」

「いや、その時は負けた。大勢で挑んだが全く歯が立たず、仲間は全員、あれの腕にすり潰されるようにして死んだ」

「…………………………そうか」


 会話をしているうちにだんだん、なんとかなるかもしれない……と漠然とした希望を持ち始めた俺だったが、シャウザの話を聞いてまた一気に不安になった。

 

「……弱点とか、あるのか?」

「言っておくがあれに弱点らしい弱点はない。半端に壊しても、動力源の魔石から供給された駆動部の力が失われない限り、いつまでも動き続ける」

「……そんなのをどうやって倒すんだ?」

「うまく奴らの関節を狙えば、手足を全て落とすことで動き自体は止められる。だが、奴らは手と足だけになっても動き続ける。完全に動きを止めるには全てを粉々に壊すしかない」

「……なるほど。要は、動けなくなるぐらいバラバラにするのが一番いい、ということか」

「そうだ。そんなことができるのならな」

「……ちなみに。あれの中身は食えたりするのか?」

「……お前は何を言っている? あんなモノ、食えるわけがないだろう」

「そうか。わかってはいたが、一応な」


 神獣と戦った時は、プリプリの中身をなるべく傷つけないよう慎重に解体をする必要があったのだが。

 とりあえず、今回はその必要はないらしいということだけはわかった。


「────来るぞ」


 いよいよ、ゴーレムの大群が目の前まで迫ってくる。

 シャウザはリーンがたまに使っているようなゴツゴツした感じのナイフを片手に握った。


「そのナイフで戦うのか? 前は弓で戦ったと聞いたが」

「……この腕で弓など扱えると思うか? こんなもの、間に合わせだ」

「………………なるほど」


 隣で戦う男は片腕、片目で、武器も間に合わせだという。 

 対して、相手は大量で、バラバラにしなければ止まらないらしい。

 もはや、俺の心は不安でいっぱいだった。

 でも、あいつらの一体でも通せば、後ろに被害が及ぶという。

 なら────やるだけはやろうと思う。

 とりあえず、やれるだけは。


「【筋力強化】」


 俺は神獣を剥き身にした時のことを思い出しながら、全身に力を込めていく。

 そして、ゆっくりと狙いを定めながら『黒い剣』を全力で握り締め、投げる為の姿勢をとる。

 だが、未知の相手がどれだけ硬いのかもわからない。

 なので、俺は握り締めた『黒い剣』を目の前にいる俺の知るゴブリンの倍ぐらいある巨大なゴーレムめがけ、とりあえず、全力で投げつけた。


「【投石】」


 すると俺が投げた『黒い剣』がほんの少し触れた瞬間、目の前に迫った巨大なゴーレムがものすごい勢いで爆散した。


「……おおっ……?」


 一体目のゴーレムを難なく破壊した『黒い剣』は、その後も全く勢いを衰えさせることなく突き進み、その後ろに居たゴーレムを爆散させる。

 そして、その次。そのまた次のゴーレム、と。

 俺が投げた『黒い剣』は空気を切り裂いて回転しながら低い唸りを上げて、触れたゴーレムを片っ端から破裂させていく。 

 最初、どうなることかと心配したが……案外、なんとかなりそうだった。

 隣にいたシャウザも、『黒い剣』が次々にゴーレムを爆散させる様子を見て、どこかほっとした様子だった。


「……なるほど。あの武器は投擲用の武器か」

「いや、普段はあまりああいった使い方はしないんだが」

「……ところで、あの武器は他にもあるのか? 」

「いや、俺が持っている武器はあれだけだが」

「……? 唯一の武器をあんな風に投げて、これからどうやって戦うつもりだ」

「そういえば……そうだな」


 俺とシャウザは『黒い剣』が遥か砂漠の彼方へと消えていくのを、二人並んでじっと眺めていた。

 しばらくの間、互いに無言で砂漠の彼方に消えていく剣を眺めた後、シャウザがゆっくりと俺に首を向け、疑わしげな目を向ける。


「……まさかとは思うが。今のは、考えもなしに唯一の武器を力任せに放り投げ────それっきり、あとのことは全く何も考えてもいなかった、などと言うつもりはないだろうな?」

「──────────────……」


 シャウザに全てを言い当てられ、特に付け足す言葉もなかったので俺はただ、シャウザと真っ直ぐ目を合わせ、コクリ、と頷いた。

 確かに流石にこれはまずいな、と思い、俺が慌てて走って取りに行こうと脚に力を入れた瞬間────


「チッ────」


 盛大な舌打ちと共に辺りに爆風が起き、隣に立っていたシャウザの姿が消えた。

 爆発のような衝撃で巻き上がった砂埃の中で目を凝らすと、遠く彼方に飛んでいく『黒い剣』に人影が追いつき、片手で掴むのが見えた。


「……おお……?」


 その高速で動く人影は重たい『黒い剣』をしっかりと掴むと、空中で振り回し、そのまま空高く放り投げた。

 放り投げられた『黒い剣』は晴れ渡った砂漠の空に綺麗な弧を描き、俺の手にぴたりと収まるような完璧な軌道で戻ってくる。

 そうして俺が一歩も動かないままでしっかりと『黒い剣』を受け取った瞬間、閃光のような速さで彼方で剣を投げた人影が動き、同時にその周辺にいた数十体のゴーレムの手足が飛んだ。


「……おおお……?」


 『黒い剣』を俺に投げ返し、ものすごい勢いで道中のゴーレムの手足を斬り飛ばしながら帰ってきたのはシャウザだった。

 ゴーレムを薙ぎ倒しながら帰ってきたシャウザは息一つ切らさず俺の隣で立ち止まると、鋭い視線を俺に向けた。


「……少しは考えて戦え────と、言いたいところだが。そんなことより、その武器は一体なんだ……? 重さが命の殴打武器とはいえ、そこまで重い物は異常だ」

「……殴打武器? いや、これは剣なんだが」

「……剣? それが……剣、だと……?」


 シャウザは片方しかない目を見開き、俺が手にする『黒い剣』を不思議そうに見つめた。

 確かに、一見すると、この『黒い剣』は剣には見えない。

 誰に見せても、ほとんどの場合は剣だと思ってもらえず、よくて「棍棒」扱い、普通は「平べったい金属の塊」とか「焼け焦げた看板の残骸」とか言われたりする。

 冷静に考えると俺だって王都の側溝の掃除や穴を掘ったり、杭を打ったり、水路の部品にする石を削ったりと、とても剣とは呼べない使い方ばかりしているし。

 でも、くれた本人が「剣だ」と言っていたのだから、これは剣なのだろう。たぶん。


「……しかし、すごいな? そのナイフでも、あいつら相手に十分戦えるみたいだな」

「戦場に使えないものなど持ち込まん。だが、奴らを相手にするには明らかにその鈍器を活かした方が効率が良さそうだ」

「確かに、そうかもな? ……これは鈍器じゃなくて剣だが」

 

 ともかく、俺が投げた『黒い剣』は、面白いぐらいにゴーレムたちを次々に爆散させて行った。

 最初の不安からすると拍子抜けした感じだが、これなら、とにかく投げまくってさえいれば相手の数は減っていくだろう。


「────この際、それが剣でも鈍器でもなんでもいい。もう一度、同じように投げてみろ。次もまた俺が取りに行ってやる。ついでに、俺が片付けられる範囲で奴らを片付けていく」

「なるほど。それが一番よさそうだ」

「……だが、わかっているな? こちらはお前と違って片腕だ。投げるときは、少し加減をしろ。その黒いのはあまりにも重すぎる」

「わかった。次はちゃんと加減をしよう」


 だが、【筋力強化】を使い剣を持つ手に力を込めながら、ふと思う。

 シャウザは自分は片腕だから加減をしろ、とは言うが。

 さっきのを見た感じだと、まだまだ、彼には余裕がありそうに見えたのだが。


「【投石】────……あっ」


 そんなことを考えていると、思わず腕に力が入りすぎ、少し肩が温まってきた所で投げた『黒い剣』は俺が想定していたよりもずっといい勢いで飛んでいく。

 しまった、と思ったが、シャウザは俺が投げた『黒い剣』にあっという間に追いつき、また空中で難なく掴み、完璧な軌道でそれを俺に投げ返してきた。

 そうして、あの小さなナイフでゴーレムの手足を切り落としながら瞬時に走り抜ける。

 やはり、まだまだ余裕がありそうだった。

 だが、帰ってきた瞬間に先ほどより鋭い目つきで睨まれる。


「……俺はさっき、少し加減をしろと言わなかったか?」

「悪い、失敗した。でも、まだまだ余裕がありそうだな?」

「当然だ。あくまでも、後に残す力の配分を考えての話だ。常に全力で戦っていたら継続しては戦えまい。できるだけ奴らの数を減らすには、ペースを考えて戦う必要がある」

「ああ、なるほど。確かに。でも────」


 足元が盛り上がる感触に飛び退くと、砂の中から今まで見えなかったとてつもなく巨大なゴーレムが現れ、早速、俺たちを叩き潰そうと極太の腕を振るってくる。


「パリイ」


 上空から振り下ろされたゴーレムの手を『黒い剣』で打ち払うと、一瞬宙に浮いたその腕をシャウザが根本から切り落とし、巨大な腕は轟音と共に砂の地面に沈み、大地を揺らす。

 そのままの勢いでシャウザが胴体と脚を斬り放し、ほっと一息をついたものの、今度は少し離れた場所で同じようなゴーレムが次から次へとまるでキノコが生えるようにして増えていくのが見えた。

 どれも、さっきまで地上に見えていた奴らよりもでかい上に動きが疾い。

 おまけに、剣で腕を打ち払った感じからすると明らかに硬そうだった。


「また、新しいのがたくさん出てきたな?」

「────ち。『始原(オリジン)』もいるか」

「あれは他のより硬そうだが、手加減しても倒せる相手なのか?」

「……いや。もう、そんなことも言っていられなくなった。あれは他とはまるっきり『質』が違う。こちらも力の出し惜しみはせず、全力で片付けなければならない」

「なら、次はもっと強めに投げたほうがいいな」

「……次は受け取れなくても知らんぞ」

「そうならないよう、頑張ってくれ」

「……ちッ。やるなら、さっさとやれ」

「──……じゃあ、次、行くぞ」


 思い切り力を込め、

 そうして、剣が俺の手を離れると同時にシャウザの姿が消える。


「【投石】」


 先ほどよりもずっと力を入れて投げた『黒い剣』は激しくうなりをあげて回転し、巨大なゴーレムたちに突き進んでいく。

 俺の投げた激しく回転する『黒い剣』に触れると、新しく現れた巨大なゴーレムたちは次々に粉砕されていくが、それでも剣の勢いが落ちることはない。

 小気味良く爆発していくゴーレムたちの向こうで、シャウザは高速回転する黒い剣をしっかりと受け取り、またもや、俺の手元に正確に投げ返してくる。


「────おい、お前。何をニヤけている?」

「……そうか? そんなつもりはなかったが」


 確かに最初は不安で仕方がなかったが……同じことを繰り返していくうち、だんだんと楽しくなってきている自分がいる。


「……終わったと思っても、すぐに次が来る。気を緩めるな……その間抜けな顔のまま死ぬことになっても知らんぞ」

「ああ、そうだな。これからは気をつける」


 小気味良い音を立てて爆散してくゴーレムを見て、少し楽しくなってきてしまったが……今はあくまでも戦いの最中で、全くシャウザの言う通りだった。

 だから、ここからはなるべく気を緩めない。

 気を緩めずに────全力で、いく。


「────【筋力強化】」


 少し体を動かし、ほんのり体が温まってきて調子が出てきた俺は『黒い剣』を握る手により力を込める。

 俺が思い切り剣を握るとその衝撃で辺りの地面の砂が舞い散るが、多少粗く扱っても壊れたりしないこの剣は本当に心強いと思う。

 俺が剣を投げるのを覚えたのは最近で、『神獣』を狩った時からだが、何度も繰り返すうち、俺はだんだん『黒い剣』を投げるのにも慣れてきた。

 巨大なゴーレムたちが動きを止めた俺めがけて一斉に襲ってくるが、もうなんとかなることはわかっているので、ギリギリまで力を溜め込み、次に剣を投げるルートをじっくりと見定める。


「【投石】」


 そうして────思い切り、投げつける。


『────ガ』


 すると、まず、一番手前のゴーレムが一瞬にして砂の粒のような破片になった。

 その衝撃で二体目以降が粉々に吹っ飛び、その後ろにいたゴーレムたちも一緒に巻き込まれ、同じように爆散した。

 最初の印象で硬いとばかり思っていたゴーレムは案外、脆かった。

 そうして、次に俺が『黒い剣』を投げると、一度に数百体の機械人形(ゴーレム)たちが爆散する。

 剣を投げると同時にシャウザの姿が消え、うなりを上げて回転する『黒い剣』と並走しながら、同じぐらいの数のゴーレムの手足を飛ばしていき、ゴーレムの群れを抜け切ったところでしっかりと剣を掴むと、危なげなく俺の手元に放り投げ返す。

 繰り返すうち、向こうも、だんだんと重い剣の扱いに慣れてきたようだ。

 今は最初の時とは比べ物にならないほど力を込めて投げているが、それも全く問題にならないらしい。


 それなら────次は。


「────【投石】」


 次は思い切って、ちょっと投げ方を変えてみる。

 繰り返すうち、あのゴーレムは俺が力一杯投げなくても、せいぜい俺の全力の3割程度の力で十分に爆散することがわかってきた。

 なので、なるべく速度を緩めて、回転だけを強めるように投げてみる。

 すると、長く宙に留まりながら高速で回転する『黒い剣』は辺りの空気を大きく巻き込み始め、やがて小さな竜巻を生み、その周囲に小規模の砂嵐を巻き起こし、より広い範囲を巻き込んでゴーレムたちを吸い寄せた。


『────ゴ、バァ────?』

『──……ギ……ガ……──ガ!』

『──……ギャ、ギャリギャリギャリ……──ギャ』


 そうして、巨大なゴーレムたちは嵐の中心で回転する『黒い剣』に吸い寄せられるようにして、次々と壊れていく。

 なすすべもなく嵐に巻き込まれ、奇妙な悲鳴のような音を立てながら剣にゴリゴリと削られていくゴーレムたちが少し可哀想にも思えたが……奴らは放っておけば人に危害を加える命令を受けているというし、可食部もないので、この際、仕方ないだろう。より広い範囲のゴーレムを一度に倒すことができるようになったことで、良しとする。

 しかし投げた後になって、あれは流石にシャウザでも取りにくいか……と思ったが、それでもシャウザは無言で砂嵐の中に飛び込んで『黒い剣』をキャッチし、無事、俺に投げ返してくれた。

 ……戻ってきたとき、多少、文句は言われたが。

 でも、俺が難しいと思った投げ方でも難なく返してくれることがわかった。


 そうなると、もうあとは作業だった。

 それからは俺がひたすら思うままに投げ、シャウザにキャッチしてもらい、また投げる。

 たまに俺たちの脇をすり抜けて街の方に飛び出しそうになるゴーレムもいたが、俺とシャウザで追いかけ、一体残らず粉々に叩き潰していく。


「……案外、なんとかなりそうだな?」

「────そのようだ」


 最初はどうなることかと思ったが、案外、二人だけでもなんとかなりそうだった。


 そうやって無心で作業を繰り返していると、気がついた時には襲撃してきたゴーレムたちの姿は全て消え、一面、残骸の山となっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更な話かもしれないけど、ロロって割と日常的にノールの心読んでそう。 その上で「ノールなら大丈夫だよ」ってかなり成長してるし、何よりノールに対する信頼が見えて良いなって。
[良い点] 深刻な物語の後にまた爆笑物語とは、やってくれますねぇ。 『黒い剣』のキャッチボールでゴーレムを倒すとは、誰も予想できなかったでしょうね。 ノールの投石スキルはたゆまぬ精進の結果、他のスキル…
[良い点] シャウザがもっと投げてと尻尾を振って喜んでいるよ
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