15 はじめてのゴブリン退治
「良い依頼がみつかるといいですね、先生!」
「……ああ、そうだな」
俺はリーンと一緒にその辺の屋台で昼食を取ると、再び冒険者ギルドを訪れていた。
ギルドに入るなり、おじさんが俺たちを見て声をかけて来た。
「おい、ノール、お前。なんでリンネブルグ様と一緒なんだ……? ……あと、先生ってなんだ?」
「マスター。冒険者としての私は『リーン』です。それと様はいりません」
「ああ……はいはい、そうだった。悪かったな、リーン」
おじさんはリーンに謝りながら、俺に顔を近づけ小声で言った。
「……ノール。何があったんだ……? 今朝もお前の事を探してたぞ。昨日、まさかあれから何かあったのか……?」
「……説明がとても難しいのだが……」
俺はなんと説明しようか考えながら、リーンの顔を見た。
目が合うと、彼女はにこりと笑った。
いや、笑いかけられてもな……。
リーンはおじさんにも何やら目配せをしているようだったが、おじさんはそれを見て白髪混じりの頭を掻いた。
「……いや、他人の詮索はしねえのがここのルールだったな。悪い。今のは忘れてくれ」
「別に隠すようなことは何もないのだが」
俺としては詮索してもらっても一向に構わない、というか、おじさんに相談に乗って欲しいぐらいなのだが──。
「で、何の用だ? 森に行くって言ってたから、もう今日はここには来ないと思ってたぜ」
「ちょっと予定が変わってな。何か、依頼を紹介して欲しいと思ってな」
「依頼か?」
「ああ、なるべくなら二人でできるやつだ」
「二人で、か……」
おじさんはチラリと、俺の後ろに立っているリーンを見た。
彼女はあれからずっと機嫌良さそうにしているが、やはり解せない。
なんで、こうも俺について来たがるのだろう。
色々と手を尽くして誤解を解こうとしたのだが、何故か、そのせいで、より深刻な勘違いをさせてしまったらしい。
その結果、彼女は俺に「どこまでもついてくる」と言っている。
……何がいけなかったんだ……?
──正直、とても困っている。
今日はあれから、いつものように鍛錬をしようと思っていたのだが、ずっと俺の側から離れないリーンの視線が気になり断念した。
代わりに、何か時間をつぶせる仕事を受けようと思い、冒険者ギルドに向かったのだが、リーンも当然のように後をついてきた。
……こうなれば仕方ない。
何か一緒に仕事でもして、しばらく俺の間近にいて貰えば、いずれ彼女も勘違いに気づいてくれるだろう。
そう思って丁度良さそうな仕事を探しにきたのだが。
「紹介できる依頼か……リーンは『銀級』だったな。お前らがパーティを組むなら、一応、王都近郊エリアの『ゴブリン退治』の依頼ぐらいなら受けることが出来るが」
「……ゴ、ゴブリン退治……!?」
おじさんの答えに、俺は思わず驚愕してのけ反ってしまった。
ゴブリン退治?
今の俺では、討伐依頼は絶対に受けられない、そう思っていたのに。
受けられるとしても、だいぶ先だと思っていたのに。
……受けられる、だと……!?
「ほ、本当か……!?」
「ああ、銀級のパーティメンバーが居れば、銀級の依頼を受けられる。だが、まあ、ランクが下の仲間を連れて行く場合、言ってみれば足手まといを連れてくわけだから、よっぽど相性の良いメンバーじゃない限り一つか二つ依頼の危険度ランクを落とすのが普通だがな」
「で、では……その、ゴブリン退治の危険度ランクというのは?」
思わず興奮してしまったが、少し冷静になろう。
そこはちゃんと確認しておかなければならない。
確かに、ゴブリンは初心者の冒険者が腕試しに倒すような、最弱の魔物だと聞く。
だが、討伐には危険が伴うとも聞いている。
危険度はどれぐらいなのだろう……場合によっては、俺が一緒に行くことで、リーンを危険に晒してしまうかもしれない。
「ゴブリン退治か? 『初心者』だ。銀級からすれば三ランク下だな」
「そ、それなら──!」
三ランク下。いける。
俺は期待を抑えきれず、声を上げた。
だが、そこで、ふと気がついた。
それはリーンの持っている冒険者ランクを利用することに他ならない、と。
つい先ほどまで、あれだけ鬱陶しがっていたのに。
我ながら現金なものだ……。
これは少し、恥ずかしい。
それに、その依頼を受ける前に、彼女とパーティを組まねばならない。
彼女は、それを良しとするのだろうか?
もし、断られたら……。
俺はリーンの顔をチラリと見た。
「……どうされました?」
俺の表情を察したのか、彼女は不安気に俺を見た。
「そ、その……大丈夫なのか? リーンとしては。今の話、君に頼ってしまう形になるのだが……?」
彼女を利用するような後ろめたさもあって、少し、小声になってしまった。
だがリーンは、なんだそんなことか、というふうに笑って言った。
「もちろん、大丈夫です! 先生のお役に立てるのなら、私の持てるものは何でもお使いください。私は先生のいらっしゃるところになら何処へでもついて行きますから、なんなりと仰ってください」
「そ、そうか……」
彼女はそれでもいいと言う。
なんだかちょっと騙しているようだし、こんな年端もいかない少女に頼るのは情けないが、それでも──これは俺の夢の一つだったのだ。
ゴブリン退治……是非とも、行ってみたい。
だが、俺にそんな仕事が務まるだろうか?
俺はチラッとおじさんの顔を見た。
「……そんな不安そうな顔するなよ。まあ、銀級のリーンがいれば、大丈夫だろう。でも、無理はするなよ? 脅威度が低くても安全ってわけじゃねえんだからな?」
「……ああ、俺は自分の実力がどの程度かはわかっているつもりだ。無理はしない」
おじさんの言葉のおかげで、幾らかは気が楽になった。
だが、やはり気を引き締めていこう。
俺にとっては、未知の冒険になるからだ。
「じゃあ、受けるんだな?」
「──ああ、頼む」
俺がそう答えると、おじさんは机の中から地図を取り出して見せてくれた。
「この地図にあるエリアで、狩った分だけ報告してくれればいい。討伐証明部位は右耳だからな。持って帰ってくるのを忘れるなよ」
「わかった」
「まあ、最近は何故か相当数が減っているって報告もあるから、もしかしたら一匹も出てこないかもしれねえがな──そしたら、薬草でも摘んで帰ってこい。それも、買い取れるからな」
おじさんはそう言って笑いながら、何かの書類を書いて、トン、とハンコをついた。
「じゃあ、行っていいぞ。だが、本当に怪我には気をつけろよ」
「ああ、わかっている」
「暗くなるまでには帰ってこいよ」
「ああ、行ってくる。行くぞ、リーン」
「はい」
そうして俺たちはゴブリンの生息するという、王都近隣の『魔獣の森』へと向かった。