146 裁定遊戯 4 死の九賽(デスナイン) 1
『ただいまの遊戯の結果により、双方の保有資産額は「時忘れの都《負債:7億7903万》 対 クレイス王国《104億2097万》」となります────』
「お見事でした。それでは、次が最後の遊戯ですね」
「……もう、終わりとはならないのですね」
「はい。これはあくまでも三番勝負、と。まだ二つしか終わっていませんので────とはいえ、こちらには8億程度の負債があります。これではゲームの続行はできませんが……メリッサ」
「は」
ラシードに呼ばれたメリッサが、虹色の硬貨を11枚、テーブルの上に置いた。
「こちら側は現金で『増資』を行います。これで続行可能となりますね」
『「時忘れの都」側からの増資が行われました。これにより資産の負債は解消され、「時忘れの都:《102億2097万》 対 クレイス王国《104億2097万》」となります』
「……そんな」
「最初に言いませんでしたか? これは敗者側にとても優しいゲームだと。追加金を支払える限りはゲームの続行が可能です。とはいえ、これでそちら側に有利な状況が覆ったわけではありません。このままゲームが平行に進めば、あなた方は丸々一年分の免税権を手に入れることができる。次の勝負は観客を楽しませる為のエキシビション程度に気軽にお考えいただければ」
ラシードはリーンの表情を見ながら楽しそうに笑っている。
「遊戯種目はどうしましょうかね。今回は私たちに決めさせていただくことになっておりますが……どうです、またそちらの得意な『賽子』の当てっこでも」
「……また、『賽子』ですか?」
「ええ。今日の試合はあくまでもおもてなしですので、それぐらいの配慮はあって然るべきかと。また、ノールでも構いませんよ。それでは、またこちらが負けてしまうかもしれませんが」
ラシードはニヤついた顔で俺を見た。
「ノール先生……?」
「同じようなゲームだったら勝てると思うが」
「……それでは、こちらとしては構いません」
「ありがとうございます。ではシャウザ」
「────は」
ラシードに呼ばれると、どこからか片腕の無い獣人が音もなく現れた。
「最後の勝負は君に任せたいと思う。使うのは『賽子』に決まったけど、何かゲームの希望はあるかい?」
「では『死の九賽』を希望します」
「……『死の九賽』?」
聞き慣れないゲームの名前に俺とリーンが首を傾げていると、ラシードは笑いながら、賽子を九つ、テーブルの上に置いた。
「基本ルールは最初の『三賽子』と同じです。一人が賽を振り、もう片方が賽の目を当てる。一番の違いは賽を『9つ』使う、というところですね。それと『三賽子』とは違い必ず交互に賽を振ります。振り直しは一切、ありません。そうして、お互いが出目を『当てた数』によって競い合う、というゲームです」
「なるほど……?」
「ああ、それと倍率の考え方が少し違います。多く当てた方が、当てた目の違いだけ配当を得る。一つの差ならレートの「10倍」。二つの差なら「100倍」。三つの差と「1000倍」……と、差が大きくなるほど高くなっていきます。滅多にないことですが、片方が「九つ」全て当てて、もう一方が運悪く「0」だと、配当は「10億倍」……と、少々高めになります。まあ、それぐらいです。彼らであればそれほど高い倍率の勝負にはならないと思いますが」
「待ってください。そんな高倍率のゲーム、聞いたことが────」
「悪いですが、そちらにゲームの内容を決める権限はもう無いのですよ。さあ、誰がやる? また君かい、ノール。それが一番勝率が高いと思うけど」
「そうだな」
「……ノール先生」
そういえば、交互にゲームの内容を決める、という約束をしていたんだったか。
リーンは不安そうにしているが。
「勝てるかどうかは正直、やってみなければわからないが……要はちゃんと出た目を当てればいいんだろう? さっきの勝負でだいぶ耳が慣れてきたし、今度はしっかり当てられると思う」
「すみませんが、お願いします。どうか、お気をつけて」
「ああ、任せてくれ」
俺はシャウザという獣人と向かい合わせになり、テーブルについた。
「では、最後の勝負を始めよう。っと。その前に」
『────……──? …………! ────!』
『神託の玉』が映し出していたリーンのお兄さんの姿が突然、消えた。
「念の為、部外者には消えてもらいましょうかね。構いませんね、リンネブルグ様」
「ええ。兄にはもう、役目をしっかり果たしていただきましたから、構いませんよ」
「さすが、レインくんの妹君。落ち着いていらっしゃる」
「それより、勝負が始まりますよ。そちらの進行はいいのですか」
「そうでしたね。では、お互いに彼らの勝負を見守るといたしましょう。レートは、如何いたしましょう。ノール、君が決めるかい?」
「いや、俺にはその手の話はよくわからない。すまないがリーン、考えてくれるか?」
「……では、レートは『1億』でお願いします」
リーンがレートを口にすると、ラシードは声をあげて笑った。
「────は! リンネブルグ様……貴女、なかなかの勝負師だ。勝負所の見極め方が本当にお上手で」
「……私は単に、ノール先生のお力を信じたまでです。安定した勝ちが見込める状況ですので、どうせならなるべく勝ち幅を取っておいた方が賢明かと」
「賭け、投資、信頼、と言葉を変えようと、やっていることの本質は変わりませんよ。やはり貴女も、こちら側の人間のようだ」
「……仰っていることが、わかりません」
「ともかく、楽しむことに致しましょう。これから行われるのは、きっと、とても素晴らしい勝負になる」
『対戦者同士の協議により、第三戦種目が決定致しました。遊戯種目は『死の九賽』となります。それではご観戦の皆様、張り切ってご予想ください。第三戦、『単一勝敗』の掛け札ご購入の残り時間────300」』
カウントが進む間、俺はシャウザと向き合うとまずはルールの確認をした。
「すまないが、もう一度ゲームのルールを確認させてくれ」
「先ほどラシード様が言った通りだ。九つの賽を振り、もう片方が当てる。それをお互いに一回づつやり、当てた『目』の数で勝負をする」
「要するに……自分は全部当てて、相手に当てさせなければいいんだな?」
「要約すれば、そうなる」
「賽の振りは必ず交互にするんだったか」
「ああ、そうだ。賽の振り直しは絶対にない」
「なるほど……わかった。ありがとう」
俺は簡単に説明を受けると、テーブルについた。
「じゃあ……もうルールの確認はいいね。このゲームには先攻後攻で有利差はないけど、どちらから振る? シャウザからでも?」
「ああ、構わない」
「では、どうぞ。シャウザから」
「は」
獣人の男から九つの賽が空中に投げられ、バラバラに宙に浮く。
そして、男は一瞬で手に持ったカップでそれらを全て捕らえ、硬いテーブルにストン、と強く叩きつけた。
「賭け」
男の一連の動作がほぼ、見えなかった。
賽子の音もあまり聞こえなかった。
これで九つの賽を出る目を当てるのか。
これはさっきより、だいぶ難しい。
「5、5、4、6、2……7、3……それと、8と3、か?」
「……違う。最後の二つは6、7だ」
「────さあ、本当のところ、どうだろうねぇ?」
ラシードが笑いながら横から手を伸ばして、テーブルの上に置かれたカップを開けた。
出てきた賽の目は、5、5、4、6、2、7、3、6、7。
男が言った通りになった。
「シャウザ、正解。ノール、不正解」
ラシードはそう言って、一層楽しそうに笑った。
「じゃあ、次は君の番だね、ノール。どうぞ、振ってみて」
「……俺も今のと同じようにやればいいのか?」
「ああ、振り方はお好きにどうぞ。カップの中の九つの賽が最後にテーブルの上にちゃんと載ってさえいれば、それでいいから」
「わかった」
片腕の男からカップを手渡され、俺は見よう見真似で九つの賽を宙に放り投げる。
「……じゃあ、いくぞ」
そして、バラバラに浮いた九つの賽を素早く金属製のカップで空中で掬い、それを思い切りテーブルに叩きつける。
初めてだったが、相手から賽が見えないように少し気を遣いながら、結構上手くできたと思う。
だが────
初めてなので、少し、力が入りすぎた。
俺が金属カップを叩きつけた硬いテーブルは亀裂を走らせながら音を立てて床に沈み、そこから更に壁を伝って大きな亀裂が走り、建物全体がグラグラと揺れた。
おまけに、強く握りすぎて金属製のカップもほんの少し歪んだ。
でも、ちゃんと九つの賽子はテーブルの上に乗っている。
一応、言われた通りの形は整っている。
「────これで……『賭け』、と言えばいいんだったな……?」
そうして俺は自分のいる部屋が軋む音を聞きつつ、最後の勝負に挑んだ。






