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125 俺は岩エビをパリイする

「【投石】」


 俺は俺の持っている数少ないスキルの一つの【投石】を使い、跳び上がった巨大なサソリらしき生き物に思い切り『黒い剣』を投げつけた。

 使い慣れたスキルのおかげもあって、『黒い剣』は見事に俺が狙った部位に直撃した。


 でも、俺は相手の身体を貫通させるぐらいのつもりで力一杯投げたはずなのに、剣は奴の表皮に弾かれ、単に表面を少し砕いて巨体をわずかに空に押し上げただけだった。


「流石に、硬いな」


 あの灰色がかった半透明の殻は先ほど地面の中で叩いた感触の通り、とてつもなく硬い。

 でも、あの硬い『黒い剣』なら投げただけで砕ける程度だと知り、俺はまた少し安堵する。


 あまり考えもなく飛び出してきてしまったが、まあ、何とかなりそうだ。

 それに、相手がまた少し空に押し上げられたので、考える時間は多少できた。

 と言っても、すぐにまた落ちてきそうだが。

 俺はその貴重な時間を利用し、注意深く相手を観察する。


 そして、すぐに先ほどから抱いていた俺の疑念を確信に変える。


「やっぱり、あれは『サソリ』というより……どちらかというと『エビ』だよな……?」


 リーンたちの先ほどの会話で、例の『神獣』は『蠍のような生き物』だと聞いていたのだが、俺の目からすると、どちらかというと、俺が生活していた山小屋の近くの川でよく目にしていた『岩エビ』に近い生き物に見えた。


 この例え方の違いは単に育った環境にもよるのかもしれないが、あの生き物にはサソリのような尖った尻尾もないし、俺としては『エビ』と呼ぶ方がずっと馴染み深い。

 同じ硬い殻を被った生き物だし、親戚のようなものなのかもしれないが。


 俺がよく知っているのは、まるで岩のようにゴツゴツとした外観をした『岩エビ』と呼んでいた大型のエビだ。

 正式な名前は知らないが、子供の頃の俺はそう呼んでいて、山で生活していた頃によく川で採って食事の彩りに加えていたのを思い出す。


 ……あれは本当に旨かった。


 あれの殻はとても硬いが、一旦、それを剥いてしまえばプリプリとした身がぎっしりと詰まっており、蒸したりして食べると本当に旨かった。

 俺の好物の『竜滅茸』と比べてどっちが旨いか、と聞かれると返答に困るが、どちらも他の何にも替えがたい食材として、大いに楽しんだものだった。


 その体験があるせいか、やはり────空に飛んでいるアレも、かなり美味しそうに見える。見た目もゴツゴツとしていて、見れば見るほど俺が知っている『岩エビ』に似ている。

 まあ、あんなに巨大な生き物は料理したことがないが……そこは、料理が上達してきたというロロに任せるしかないだろう。


 と、朝からろくに食事をしていないせいか、ついつい、そんなことを考えてしまうのだが。


「……本当に、まるで効いた気配がないな」


 さっきの俺の攻撃はほぼ全力に近かったのだが、まるで相手に効いた気配がない。それどころか、俺の渾身の一撃を受けてより元気に蠢いているような気がする。


 本当にこの広い世の中には恐ろしいエビもいたものだ、と感心しつつ、俺は勢いを失って落ちてきた『黒い剣』を地上で受け止めると、再び空中にいる岩のようなゴツゴツとした殻に覆われたエビに視線を移す。


 一応、あれに似た生き物の体の構造は理解しているし、全然、負ける気はしないのだが。

 やっぱり、アレは大きすぎる。

 俺が『岩エビ』の扱いには慣れているとはいえ、どうやって仕留めたらいいのかがわからない。


 そんな風に俺がしばらく悩みながら空中の巨大エビを観察していると、その巨大な眼球にギロリ、と睨まれた気がした。

 あれにはっきりとした意思があるのかどうかはわからないが、どこか怒っているような気がする。


 そして────


「────しまった」


 岩のようなエビは空中で身じろぎして体勢を変え、落下する軌道を変えた。


 あのコースだと獣人の集落に直撃する。

 俺が呑気に獲物として観察している間に、まずいことになりそうだった。


 俺は咄嗟に跳び上がり、全力で『黒い剣』を奴の身体に叩きつける。

 これはもう、ギルバートの槍をいなす時のように技術がどうのこうのと言っていられない。


 完全に力任せの大振りだ。


「パリイ」


 そして両腕に強烈な衝撃。

 俺の『黒い剣』は奴の身体を大きく揺らした。

 だが、慣れない空中で焦ってしまったこともあり、剣は奴の硬い殻を少し砕いただけで、わずかに落下する軌道を変えただけだった。


「……まずい……!」


 そうして俺は奴の身体に押され、一緒に地面へと突っ込んでいく。

 幸い、落下しても下が砂地だったおかげで大したダメージはなかったが、大地に響き渡る揺れと轟音と共に地に落ちた岩エビはすかさず砂に潜って逃げようとした。


 だが────


「……そう簡単には、逃がさない」


 俺はとっさに『黒い剣』を獲物の体の下に差し込み、強引に空へと跳ねあげる。


「パリイ」


 すると、再び、奴の巨体が宙に舞った。

 見上げてみると、また空中で無防備にもがいている。

 やはり、奴の身体の構造は『岩エビ』みたいなものだし、浮いていれば何もできないらしい。

 それなら、ずっとこうしていればいいのだろうか。


 ……まあ、そういうわけにもいかないだろう。


「まずは色々、試してみるか」


 この砂漠の過酷な環境だし、多分、あの硬い外殻さえ割ってしまえば、アレは勝手に死んでしまう。

 あの硬い外殻は奴の身と溜め込んだ大事な水分を護るための鎧であり、それが俺の『黒い剣』で砕けるとわかれば、そんなに脅威にも思えない。

 とはいえ、どうやってあの硬い殻を効率的に剥がせばいいのか、わからない。

 だが、せっかくの獲物なので逃す手もないだろう。


 そう思い、俺は『黒い剣』を構え、再び剣を投げる準備に取り掛かる。

 本日2回目の俺の攻撃。

 まずはとにかく、空に浮いているアレに当てることだろう。

 アレを地面に落として、うっかり逃がしてはならない。


 だから次も────絶対に、外さない。


「【投石】」


 そうして、俺が全力で狙いを定めて投げた『黒い剣』は空中で激しい音を立てて回転し、そのまま真っ直ぐ奴の巨体へと飛んでいく。

 直後、回転する剣が奴の体に直撃すると硬い外殻を大きく砕き、先ほどよりずっと大きく相手の身体を折り曲げた。


「よし」


 俺の狙い通りだった。

 今度は奴の中心から僅かに外し、腹の弱そうな部分を狙ってみたのだ。

 俺の予想は当たり、殻の薄い部分を砕かれた『岩エビ』は苦しそうに空中でもがいている。

 それを見ると、少し可愛そうにも思えるが……。


「すまないが……容赦はしない」


 俺はどんな生き物だろうと獲物(たべもの)には容赦をしないことにしている。

 それに、アレは多くの生き物を犠牲にしてあそこまで大きくなったという。

 ならば、俺と奴の条件は対等のはずだろう。


 ────喰うか、喰われるか。


 それが自然に生きる者の掟であり、誰もそこからは逃れられない。

 すまないが、奴には犠牲になってもらう他ないだろう。


 そうして決心を固めた俺が、奴の飛び散った外殻の周辺を注意深く観察すると、硬い外殻の中から、奴のプリプリとした中身が露わになったのが見えた。

 やはり硬い外殻があるということは、反面、その中身はとても柔らかいのだと思う。

 それは奴も俺の知る『岩エビ』も変わらないらしい。


 そうして────


 その白く柔らかい部位を見た俺の心に、新たな確信が生まれた。


「……やはり……そうなのか……」


 俺は思わず、生唾を飲み込んだ。


 ────俺の経験上、毒のある生き物というのはだいたいうまい。


 もちろん個体差はあるが、大抵、何とも言えない滋養がある味がする。

 そして、強い毒があるほど、さらにいい。

 きっと毒は身体に溜め込んだ栄養を守るためのものなのだろう。

 そして、硬い殻に包まれている生き物というのも大体が旨いのだ。

 俺が好んで食べていた『岩エビ』などは絶品の味がした。

 それもきっと毒と同じ理由で、外敵から自身の豊富な栄養を守る為だろう。

 さらに、そうした生き物は若い個体よりも年月を経て大型になればなるほど、栄養を豊富に蓄えてその食味の深みを増す。


 そこまで考え、俺はリーンの言っていた話を思い出す。

 リーンは先ほど、こいつは長い年月をかけて地域一帯の栄養を一身に溜め込んでいる可能性がある、と言っていた。

 その話の真偽がどうなのかまではわからないが、まあ、あの巨体だし、明らかだろう。


 そうなると、あの『巨大岩エビ』には全ての条件が揃っている。

 いや、揃いすぎなぐらい、揃ってしまっている。

 

 ────だったら、あれは絶対にうまい。


 それも、俺が今まで経験したことのない、とんでもなく良質の食材である可能性がある。

 俺の全経験と野生の食い物に対して磨き抜かれた直感が、全力でそう告げていた。


 もちろん、あんな巨体は食いきれないし、残ったらこの土地の肥料にして養分を戻してやるのが良いとは思うのだが。


 ……畑の肥料にするのがちょっと、もったいない。


「────【しのびあし】」


 そうして多少の迷いはあるものの、俺はこの千載一遇のチャンスを逃さぬよう、空気の壁を無視する【しのびあし】を駆使して空中に舞う自分の投げた剣に追いついた。


「まず────()を剥く」


 だんだんと『黒い剣』を投げるコツを掴んだ俺は、空中で自分ごと回転するように力一杯に剣を掴んで振り回し、目が回るほどの勢いをつけてから、それを全力で空中のエビに向かって思い切り叩きつける。


「【投石】」


 本日三投目。

 俺の会心の『黒い剣投げ』がうなりをあげ、巨大な岩のような外皮を纏ったエビを襲った。

 するとガリガリガリ、と岩を削るような音と共に、エビの外皮が面白いように剥がれ落ちていく。

 丁度、料理の時に魚の鱗を落とすような感じで、バリバリと余計なものが剥がれていく感じが見ているだけでも心地いい。

 そうして、エビは無防備なまま砂漠へと落下していくが────


「────まだ、落とさない」


 岩エビの巨大な脚を足場にして、再び空中で舞う剣に【しのびあし】で追いついた俺は、手に取った【黒い剣】を思い切り振り回しながら地面へと跳んで落下し、適当なタイミングで真上に来たエビに力任せに投げつける。


「【投石】」


 その剣を受けたエビは再び可哀想なぐらいに折れ曲がり、はるか上空へと飛んで行った。


「結構、飛んだな」


 回数を重ねるごとに『黒い剣』を投げるのにも慣れ、だんだん威力が上がってきたらしい。

 そうなってくると、後は作業だった。

 俺は奴に砂の中に逃げられないよう、地面に落ちかけたら何度でも『黒い剣』で宙に押し上げ、宙に浮いているうちにひたすら剣を投げては外殻の硬い部分だけを剥いでいく。

 なんだか相手が巨大なだけで、もはや狩りや戦闘というよりも、料理をしている感覚に近い。

 王都に住み始めてから普段はあまり料理をすることも無くなったが……これならもう、まな板いらずだな、などと、そんなことを思いつつ。


「パリイ」


 俺はまた地面に落ちた巨大なエビを、落下の反動を利用して空へと強引に押し上げる。

 そうして、奴が空中で無防備になったところに何度でも【投石】で黒い剣を投げつけていく。


 ────そんなことをしばらくの間、繰り返し。


 だいたい三十投目を数える頃には奴はほぼ全ての外殻を失って可哀想な姿になり、そのプリプリの剥き身を灼熱の太陽に晒して、だんだんと弱っていった。


 そうして、奴が何度目かに地上に落ちた時、跳ね上げても何の手応えも無くなっていることに気がついた俺がそのまま放置すると、奴は力なく砂の中に落ち、そこで動かなくなってしまった。


 どうやら、とっくに絶命していたらしい。

 多くの犠牲を出した凶暴な生物とはいえ、これが数百年の長い時を生きた命だと思うと、流石に思うところがないわけではない。


「……すまない。その命、決して無駄にはしない」


 生き物の命を奪うことは、時として残酷だ。


 だが、その栄養は決して無駄にはしないから……と俺は剥き身になった巨大岩エビの死体に念じながら、そいつの解体を皆の手を借りて行う為、俺の作業を傍で見守っていたリーンたちを急いで呼びに行った。

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― 新着の感想 ―
うぬのような海老がいてたまるか
[一言] グルメ界の話してる???
[一言] 空中でハメるとは!? 三国無双などではありがちな光景だが。
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