117 砂漠の旅路 2
リーンたちが縛り上げた獣耳の少年少女達は砂の上でうずくまり、ほとんどがその場で力なくすすり泣いていた。
だが────
「くっ……殺せ……殺せよっ……! ご、拷問されても、俺たちは絶対に何も言わないからな……!」
中にはまだ、威勢のいい子供もいた。
先ほどリーンにナイフを向けたリーダー格の少年だ。
俺は縛られながらも元気に俺たちを睨みつけてくるそんな少年を横目に、彼らの姿をまじまじと観察した。
彼らは見た所、背が高くてもロロよりも低いぐらいの少年少女で、たぶん10歳前後だろう。
中には本当に幼い子供も混じっていた。
こんな子供達が俺たちの乗る馬車を走って追いかけてきたとは。
信じられないぐらいの身体能力だ。
「この子達は一体……何なんだ? ものすごく足が速いし、頭にも耳がついているし。ちょっと普通とは違う気がするが」
「この子達は皆、獣人の子供ですね」
「獣人?」
俺の疑問にはすぐにリーンが答えてくれた。
「はい。獣人はクレイス王国ではかなり数が少なく、街中でもあまり見かけることはありませんが、サレンツァの領内にはかなりの人口が住んでいるそうで、それほど珍しい種族ではありません」
「獣人というのは、シレーヌや【狩人】の訓練所の教官みたいな人のことか?」
「はい。獣人には彼女達のように優秀な身体能力を持って生まれてくる人が多いのですが、クレイス王国とは違いサレンツァでは獣人の地位は低く、扱いはとても悪い為に犯罪に手を染める者も多くいると聞きます。……でも、こんな子供まで強盗を働いているほどとは」
リーンが地面に座り込む子供にゆっくりと近づくと、何人かは怯えたように身を引いた。
「ひっ……ゆ、許して」
「大丈夫ですよ。これ以上、私たちは貴方たちを傷つけようとは思っていませんから」
「ほ、本当……?」
「……おい! よそ者と口をきくな、バカ!」
「だ、だって、お兄ちゃ……むぐぅっ……!」
お兄ちゃんと呼ばれたリーダー格の少年は、後ろ手にワイヤーで両手を縛られているため、足の裏で前にいる小さな子供の口を塞いだ。
器用なことをする。
「おい……何も喋るなよ。絶対、死んでも村の場所は吐くな」
「村? なるほど、この辺りにあなた達が住んでいる村があるんですね」
「……あっ……!」
「バカ、お前、自分で何も言うなってさっきあれほど……!」
「ご、ごめん」
子供達は何やら内輪もめを始めたが、しっかりと縛られているためにお互いに何も出来ず、ただ芋虫のようにもぞもぞと砂の上でうねっているだけだった。
「どうやら、この子達の村が近くにあるらしいな」
「そうですね。ちょっと位置を探ってみます」
リーンは目を瞑って何かのスキルを発動させると、すぐに「なるほど」と言って目を開けた。
「大体、判りました。私の【探知】でわかる範囲ですが、南南西にしばらく行くと、沢山人が集まっている場所があります。おそらく、それが彼らのいた集落だと思います」
「ひっ……!? た、【探知】スキル持ち……!? それもこんな遠くから……!?」
「くそ……村の位置が他所者にばれちまったじゃねえか!」
「ど……どうしよう……? ……どうしよう……!」
子供達は焦り、元気がある少年はバタバタとその場で跳ねた。
それもやはり何もできず、しばらくするとぐったりとして熱された砂の中に倒れ込んだ。彼らは砂漠に慣れているようだが、やはり暑いものは暑いようだ。
「……どうする、リーン? この子達をこのままここに置いていくというわけにもいかないと思うが。彼らの村に連れていこうと思えば、できなくはないと思うが」
もちろん、馬車の内部には子供達を載せる場所はないが、広い庇のついている馬車の上にならうまく積めば載せられそうだった。
でもその場合、彼らはかなり強い日差しを受けることになりそうだ。
「そうですね……でも通常、犯罪者を生きたまま捕縛した場合はサレンツァでは『治安維持商隊』に連絡をして引き取ってもらうことになっています」
「治安維持商隊?」
「はい。大抵の場合、犯罪者は奴隷として彼らに引き取られ、罪の重さに応じた期間、無償で働かされることになりますが……強盗となると、子供といえど全員の死刑は免れないでしょう」
リーンは静かに子供達の姿を見回した。
その間、彼らは一言も口をきかなかった。
皆が死刑、と聞いて青ざめているようだった。
「死刑? そんなに重い罪なのか。別に俺たちは何も盗まれていないが」
「彼らのしたことは未遂とはいえ強盗ですからね。クレイス王国でも犯罪ですが、サレンツァでは『強盗』は特に重い罪ですので。未遂だとしても十分に死罪に値します。この子達にとっては可哀想ですが、ここはそういう法が支配する土地なのです……もちろん、被害者の申告あっての罪状なので、私たちが黙って見逃して不問にするという手もなくはないですが」
俺は砂の上にうずくまっている獣耳の子供達を眺めた。
彼らも自分たちがしたことを自覚しているのか、じっと砂の地面を見つめてしょげている感じだ。
「……だが、相当に困っていないとここまでのことにはならないぞ。彼らにも何か事情がありそうだ」
「それは、おっしゃる通りですが────そうですね」
俺とリーンは一緒に辺りを見回した。
二十数人が縛られて砂漠に転がっているが、その全てが年端もいかない子供だ。
そのうち数人はずっと涙を流している。
死刑を待たず、このまま放っておけば彼らは勝手に干からびて死んでしまうだろうが、それも可哀想だろう。
「では、ひとまず彼らの集落に向かいましょうか。彼らの処遇の判断はその後でということで」
「ああ、そうだな」
するとリーダー格の少年が腕を縛られたままの状態で立ち上がり、声を上げた。
「や、やめろっ! 俺たちはここで殺されてもいいんだ! で、でも、村は……村に行くのだけはやめ────ッ!?」
「……自分たちが何かを要求のできる状況だとでも思っているのか?」
「ヒッ」
威勢よく大声を張り上げた少年だったが、突然目の前にぬっと立ったイネスの姿に身を竦ませ、地面に尻をついた。
「お前たちの中には、どうやら自分達の立場がわかっていない者がいるようだ。ひとつだけ、私から言わせてもらう」
イネスがリーンに目配せをしてから、子供達に凄みを利かせた。
「お前たちの行おうとしたことは『強盗』であり『殺人』で重罪だ。ここの法ではその場で首を斬り殺されても文句は言えないのだぞ」
「……ひぐっ……!」
「それとも、ここで今すぐ一人づつ首を刎ねていって欲しいか? それがお前たちの望みなのか」
「ひぃっ」
「イネス」
子供達を見回し、低い声で脅かすイネスにリーンが声をかけた。
「……あまり、脅かしすぎると可哀想な気もしますが」
「……ですがリンネブルグ様」
イネスは子供達に背を向け、リーンに小声で言った。
「……どの国でも強盗と殺人未遂は大きな悪事です。この子達を見逃すおつもりとあれば、尚更、ここで彼らにはきちんと教え込んでおかねばなりません。力に訴えるつもりはありませんので、どうかご容赦を」
「……確かにそれもそうですね。それなら、その役目は私にやらせてくれませんか、イネス」
「……それはもちろん構いませんが、何を……?」
「……大丈夫です。ほんの少しだけ、彼らに怖い思いをしてもらうだけですから」
そうしてリーンはすぐに子供達の方に振り向くと、腰につけた小さな杖を取り出し、何かの魔法スキルを発動させた。
「みなさん、これをよく見てください────【土人創造】」
すると、辺りの砂が盛り上がり、あっという間に三十体ぐらいの子供ぐらいの大きさの砂の人形が出来上がった。
そして、その砂の人形達はてくてくと可愛らしく歩くと、すすり泣く子供達の前に立った。
「えっ」
「……何?」
「……す、すごい……」
その人形の頭には彼らのような獣の耳まで生えており、よく見ると顔までそっくりだった。
子供達は思わず、泣くのもやめてその自分そっくりの人形達に見入った。
リーンはその様子を満足げに眺めると、静かに腰の後ろから短刀を抜き、軽く振るような仕草をすると、またすぐに短刀を鞘に戻した。
「【朧刀】」
その瞬間。
少年たちそっくりの顔をした砂の人形の首が斬撃で飛ばされ、遥か宙に舞った。
そして、それは空に大きな弧を描いてから地面に落ちると、ぐしゃり、と子供達の目の前で音を立てて潰れた。
「────────えっ」
子供達は泣くのも忘れ、青い顔で押し黙った。
「みなさん。次にこのような盗賊の真似事をしたら、問答無用で貴方達は大事な家族と一緒にこのような姿になります。わかりましたか?」
リーンが獣耳の子供達に問いかけると、皆が一斉に縦に首を大きく振った。
もはや、彼らからは彼女に反抗しようとする意思は微塵も感じられなかった。
……まあ、それはそうなるだろうな。
あれは俺だって、怖い。
さっきまで威勢の良かったリーダー格の少年すら、目に涙を浮かべてプルプルと震えていた。
「……あれ、おかしいですね。誰からも返事が聞こえませんが」
「「「「「はい、わかりました、もう二度としません」」」」」
獣耳の少年少女達はピンと背筋を伸ばし、一斉に元気に返事をした。
「だそうですよ、イネス」
「……承知しました。これならもう、言い聞かせは十分そうですね」
……今、ものすごい人心掌握法を見た気がする。
この子、将来はすごい人物になるだろうとは思っていたが……もはや、そんなに遠くないうちに俺の想像の及ばないぐらい、とんでもない大人物になるのではないかと、ふと思う。
見れば、砂漠の中には無数の臭う染みができていた。
あれは放っておけば乾くだろうが……たぶん、別のものも出てしまっているだろうな。
「それで、リンネブルグ様。これからのことはどう判断されますか」
「そうですね。ノール先生のおっしゃる通り、この子たちをここに放っておくわけにもいかないとは思いますが……でも、子供達が盗賊行為をせざるを得ないような村を訪れるとなると、多少の危険があるかもしれませんね」
「リーン。それは大丈夫だと思うよ」
「……ロロ?」
さっきまでじっと様子を見守っていただけだったロロが、口を開いた。
「その子達の家族は病気で……その病気の家族の為に薬を買うお金もなくて。それで本当にお金に困ってて、困り果ててボクたちを襲ってきたみたい」
「……病気、ですか?」
「うん。若い大人は殆ど働きに出てて、残ってるのは体の弱い人たちだけみたい。それにほとんどの人が病気だから、その村に行ってもボクらにとって危険はないよ……というより、もうその村、滅びかかってる。むしろ、行ってあげられないかな?」
ロロの言葉を耳にした子供達は混乱していた。
「……な、なんであいつ、病気のことを……!? な、なんで村の様子までわかったんだ……!?」
「……ば、バカ! だから言うなってば……!!」
「あ……し、しまった……!?」
子供達の様子を見ると、確かにロロの言う通りのようだ。
「……わかりました。イネス、すぐに彼らの集落に向かいましょう。ロロの話では危険はないそうですから」
「承知しました」
「……やっ、やめて……! む、村だけは……! た、頼む……!」
だが、リーダー格の子供は最後まで俺たちが村に行こうとするのに抵抗する姿勢を見せた。
リーンのアレの後でも、まだ心は折れていなかったらしい。
「悪いが、大人しくしてくれ」
「やめ……うわ、お前、何をするっ!?」
どうやら行き先は決まったらしいので、俺はまだ何か言おうとしてジタバタする元気のいい少年を持ち上げ、馬車の屋根に乗せる。
そうして、他の子も同じようにして屋根の上に上げていく。
「そこはちょっと暑いと思うが、少しの間、我慢してくれ。もうそこ以外にお前たちを乗せられる場所がないからな」
「そこの日差しは子供には少し過酷ですが……私たちに強盗を働いた罰としては、ちょうどいいかもしれませんね」
「そうだな。でも日差しが強いし布ぐらいかけてやるか」
「はい。集落まではそれほど距離はありませんので、私の魔法でその上に氷でも乗せておいてあげれば少しは快適になると思います」
そうして、俺たちは身動きのできない子供達を馬車の屋根に積み上げると、シレーヌが辺りから拾い集めてきた彼らの灰色のマントでぐるぐる巻きにして、彼らが元来たという村へと向かった。






