表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/221

105 竣工式

 今日は記念すべき日だ。

 俺が工事に参加した王都を巡る長大な『水路』が無事完成し、その記念の式典が行われるのだ。


 魔導皇国の侵攻から半年。

 まずは魔竜に崩された建物の瓦礫撤去から始まり、その後の地ならし、水路を通すための掘削工事と、俺もその作業のほとんどに関わってきただけに、完成となると感慨もひとしおだ。

 ここまで本当に長かった。


 とはいえ工期は予定よりも大幅に短縮され、水道の開通も早まった。最早俺の相棒とも言える『黒い剣』が、今回の工事でとんでもない活躍をしてくれたのだ。


 俺がミスラの旅から帰ってきて、水路を敷く為の溝を作る工事で『黒い剣』を使って穴を掘っていたところ、ふと親方が、剣が地中に埋まった邪魔な岩ごと削り取っているのに気づき、ちょっとした騒ぎになった。

 そうしてその後、色々と話し合った結果、俺の持つ黒い剣の頑丈さを穴掘りにでなく、水路の『部品』を作る方に使ったらどうか、ということになった。

 そういうわけで、俺は水路の部品を作る『石材加工ギルド』の工房の応援に行くことになったのだが。


 あまり手先が器用でない俺は最初、石の部品を壊しまくり顰蹙(ひんしゅく)を買った。だが、その後も諦めずに石の加工を続けていると、だんだんそれらしい形のモノが出来るようになっていった。


 最初は苦労したが、一旦慣れ始めると材料の石材は『黒い剣』で面白いように削れ、ほかの職人は目を丸くした。

 今まで三人の職人が三日がかりで削り上げていた石の部材(パーツ)が、黒い剣を使った加工によって、俺一人で一日に二十も三十も生産できるようになったのだ。

 途中、水路の部品が十分すぎるほど溜まった為、今度は工事現場の穴掘りにも戻ったりして、俺は工事現場と工房を何度も往復した。それが水路の復旧工事を大幅に早めることにも繋がったらしい。


 他にも、俺にとって大きな発見があった。

 てっきり、ガタガタでどこも斬れないと思っていた『黒い剣』だが、よく見ると一部分だけ真っ直ぐな部分がある。


 そこもかなり傷ついているので、他の部分とだいたい同じだろうと思っていたのだが……うまく使えば、小さな木材ぐらいなら綺麗にすっぱり切断できることがわかった。


 あの剣は魔物を斬ることには全く向かないが、なるほど、こういう使い方もあるのかと思った。

 新たな使い道を見出された『黒い剣』の威力はすさまじく、おかげで石材加工の職人達に気に入られ、一緒に工房で働かないかとまで言ってもらえるようになった。


 そういうわけで、完成したこの水路にはかなりの数、俺が加工した石材の部品が使われている。


 今回の『竣工式』はある意味、俺も当事者(主役)のひとりとも言えるのだ。


「────作業員代表、ノール」


 突然、自分の名前を呼ばれた。

 見回すと、大勢集まった人の中で派手な格好をした小太りの人物が辺りを見回している。

 

「おい、ノール。呼ばれてるぞ?」


 俺の隣に立っている同僚にも肩をつつかれた。


 そういえば、たしか、今日は俺の名前が呼ばれるとは聞いていたが……これ、どうすればいいのだろう。

 

「……呼ばれたが、どうすればいいんだ?」

「おいおい、朝の親方の話を聞いてなかったのかよ……? とにかく前に行け。あそこに立ってる偉い感じの人の前だ」

「わかった」


 えらい感じの人物……と思って見回すとすぐに、小太りの中年の脇に、身なりのいい若者が目に入った。

 俺がそのまま彼に近づくと、しっかりと目が合った。

 するとその若者は驚いた表情を見せた。


「────な……?」


 その顔にはよく見覚えがあった。

 というか、リーンのお兄さんだった。


「……まさかとは思ったが、ノール殿……か?」

「久々だな。こんな所で何を?」

「……この水路工事は国家を挙げての事業だ。本来、この場には父が立ち会う筈だったが留守にしている。その間、俺が代理で顔を出すことになっているんだ」


 なるほど、彼らも俺の知らない仕事をして忙しくしているらしい、と感心していたところ、リーンのお兄さんは俺に顔を近づけた。


「それより……ノール殿こそ、何故ここに? ……先日、父と妹がミスラの式典に招待したと聞いていたが。てっきり、今日は一緒に行っているものかと」

「ああ、確かに誘われたな……断ったが」

「……断った?」

「今日はこの『竣工式』があったからな。まずかったか?」

「……いや。父がそれで良いと言うなら俺から言うことはないが」


 彼は今度は俺の肩に乗っている『黒い剣』に目をやった。


「……その剣は? ……何故、こんな時まで肩に担いでいる?」

「これか? こいつは工事にとても役立ってくれたからな。どうせならと思い、一緒に連れてきたんだが」

「『黒い剣』が工事に────?」


 しばらく、リーンのお兄さんは神妙な顔で俺の肩の『黒い剣』を見つめていたが、辺りがざわつき始めるとふと我に返り、俺に何か小さな硬貨(コイン)の入った木箱を手渡した。

 それは小さな文字で『竣工記念』と書かれている金色に輝く硬貨(コイン)だった。


「一応、記念品だ。受け取ってくれ」

「ああ、ありがとう……じゃあ、もういいか? 戻っても」

「……あ、ああ。ご苦労だった」


 俺たちは数言交わして別れ、記念の式典は進んだ。


 そうして水路に大量の水が流れるのをしばらく皆と一緒に眺めて満足した後、俺は自分の用事を済ませる為、すぐに冒険者ギルドへと向かった。


     ◇


 俺が冒険者ギルドに到着し、依頼完了届をギルドマスターのおじさんに手渡すと、おじさんはいつものように書類にハンコを押し、俺の生活費の入った革袋をカウンターに置いた。


「────ノール。本当にご苦労だったな。今回、大活躍だったらしいじゃねえか。ほら、これは頼まれてた分の報酬だぞ。受け取ってくれ」


 だが、どこか様子がおかしい。口では俺をねぎらってくれてはいるが、何故か背後にずっしりとした重い雰囲気を纏っている。


「……どうした……? 何かあったのか……?」


 俺が奇妙に思い問いかけると、おじさんはおもむろに椅子に深く腰掛け、ゆっくりと口を開いた。


「……なあ、ノール。知ってるか? 今日、うちのギルドに、とんでもない額の金が入ってきたんだ。『建築ギルド』と王宮付きの『石材加工ギルド』の両方からな。わかってるとは思うが……それ、全部、お前さんの仕事の報酬だ」


「……そうか。多いのか?」


 金のやり取りはギルドのおじさんに任せてしまっているので内訳はよくわからないが、確かに結構働いた気がする。稼いだんじゃないかという感覚はある。


「いやいや、多いなんてもんじゃねえよ……? すでに、王都内の宿場や浴場の十や二十、ポンと余裕で買えるぐらいの額が入ってきてる。竜退治しても普通、こんなに入らねえぞ? でかいの十匹狩ってもお釣りがくるぜ……信じられねえよ。ほぼ街中クエストだけで。おかげでうちのギルドは、設立以来の大黒字だよ……一体、どうなってんだよ……?」


 おじさんは何か不満そうだが、別に損をしてないんなら問題はないんじゃないだろうか。


「黒字なら、よかったじゃないか」


「いやいや……まあ、確かにいいんだけどな。でも、よかねえんだよ。ギルドの運営って話なら、本当に助かってるんだがな? 問題はお前さんだ」

「俺?」


 おじさんは俺の反応を見て、静かに首を振りながら頭を掻いた。


「……一応、前にも言ったと思うがな。お前さん、うちにかなり手数料(マージン)取られてるんだぜ? 依頼報酬の何割かを、な。要するに、損してるんだよ。お前さんがいくら一生懸命働いても、ほとんど何の役にも立ってねえ『冒険者ギルド(俺ら)』にかなりの金額が入って来ちまうんだよ」


「いや、仕事はしてもらってると思うが?」


「……まあ、紙にハンコ押すだけな。というか、本当にそれ以外にやることねえんだよ。

 もう依頼もほとんどがお前さん名指しでの『指名依頼』だし、ギルドの信用で仕事を取って来てるわけでもねえ。『冒険者ギルド(俺たち)』は仕事を探して斡旋するわけでもなく、お前さん宛てに頼まれた依頼を、またお前さんに渡すだけだ。

 おかしいんだよ、色々と。もう、しつこく言ってるけど、こういうのは依頼元と直接やってもらった方が絶対いいんだよ」


 それは確かに、前にも聞いた気がする。


「……それだけじゃねえ。お前さん、今や『建築ギルド』だけじゃなく、王都の長い歴史を支えて来た王宮付きの『石材加工ギルド』にまで気に入られちまったそうじゃねえか。

 エリート気質のあいつらが王都に居着いて浅い、他所者を認めることなんて滅多にねえんだぞ? おまけに『あいつは絶対うちに欲しい。『建築ギルド』には絶対に渡すな』とまで言われてる……お前さんの争奪戦が始まってるんだよ。とんでもない好条件の競り合いでな。

 お前さんは見ようともしねえが、もう、それを蹴るなんてありえねえってぐらいの破格の待遇になってる……今回の報酬にも、両方からかなりの(ボーナス)をつけてもらってるしな」


「へえ、そうなのか。助かるな」


「……そんなふうに軽く流せるような額じゃねえんだぞ……? お前さんは数字を見てねえから、そんな風に言えるんだよ。

 第一、そんなデカい額をろくにチェックもせず、俺に任せっきりってのもちょっと問題なんだぜ……? 俺が裏でちょろまかしてねえ保証なんて、どこにもねえんだぞ。お前さんがお人好しなのは、もう十分すぎるほどわかってるがな……もうちょっと、他人を疑うってことを覚えたらどうなんだよ」


「とはいえ、それで問題も起きていないしな……?」

「問題起きてからじゃ遅せぇ、って言ってるんだよ。まったく」


 おじさんは頭を掻くと、まっすぐ俺に向き直り、いつになく真剣な表情で言った。


「なあ、ノール……今日という今日は、言わせてもらうがな。よ〜く、考えてみろよ? お前さん、今の身分が『冒険者』じゃなきゃいけない理由って、なんなんだ?

 もう十分に稼げてるじゃねえか。おまけに引く手数多(あまた)だ。普通に就職する気にはならねえのかよ? 待遇的には、絶対にそっちの方が得なんだぞ?」


 改めて聞かれると答えに困る。

 確かに、なんでだろうか。


 ────なぜ『冒険者』でなければならないか、か。


 俺の一番の目的はもちろん『冒険』をすることだ。

 工事をして金を稼ぐことではない。


 だが、何の為に冒険をしたいのかというと……まだ見ぬ土地を見てみたいし、自分が知らないことを知りたい、という理由が大きいのだろうか。

 もちろん、それだけではないし、子供の頃からの単純な憧れというのもあるのだが。

 

「……知らない土地を、楽しく旅したいから?」


 おじさんは真面目に考えて答えた俺の答えに、頭を捻った。


「ううん……? 楽しく旅したい、ねぇ。まあ、俺も元々冒険者やってたし、お前さんの夢を否定する気はさらさらねえけどな……? だが、旅がしたいってだけなら、他にもたくさん選択肢はあるだろ?

 一番手っ取り早いやり方なら、金で護衛を雇って旅行にでも行けばいいし、あるいは稼いだ金を元手に商材を仕入れて、各地を巡る旅の『商人』になるって方法も────?」


 ギルドのおじさんはそこまで言って、俺の顔をじっと眺めると話を止めた。


「いや………やっぱりその案はナシだな。忘れてくれ。絶対やめた方がいい」

「何故だ?」

「いや、何故ってお前……とにかく、忘れてくれ。お前さんはどう考えても致命的に商売には向かないっていうか……それだけはやらせちゃいけねえ気がする。俺には悪い奴に騙されて全財産を失う未来しか見えねえよ」

「でも、財産を失うぐらいなら、別にいいんじゃないか? 失ったらまた貯めればいいだけだろう」

「……お前さん、どうしてそんなところだけやたらと楽観的(ポジティブ)なんだ……?」


 おじさんは困ったようにして頭を掻いた。


「……まあ、確かに王都に出入りしてるそこらへんの商人だけ相手にしてるんなら大丈夫だろうがな。普通、商売の失敗程度で命まではとられねえ。だが、サレンツァの連中となると違う。あいつらには俺らの常識は通じねえんだ」


「サレンツァ? クレイス王国の南の……?」


 うろ覚えだが、南には広大な砂漠で隔てられた先に、商人の国があるという。

 確か、『商業自治区サレンツァ』。

 時折、王都でもそこからきたという商人の姿を目にすることがある。


「ああ。あいつらはきっちり『人間』にも値段をつける。市場で奴隷も売り買いしてるしな。あいつらと関わったら、お前さんなんてすぐ身に覚えのない借金まみれにされて、いい値段で売られちまうのがオチだ。

 悪いことは言わねえから、やめておけよ? 商品売り込みに行ったつもりが商品にされました、じゃあ、笑い話にもならねえかならな」


「……まあ、そうかもな」


 まだ納得はいかないが、確かにギルドのおじさんのいうことにも一理ある。

 俺は一応読み書きはできるが数字には疎いし、商人に向いているかと言えばそうでもないだろう。


 だが、サレンツァは広大な『海』に面した土地だという。そこには遠い土地から、様々な交易品が集い、色々な人種が交流しているというし、一度でいいから行ってみたい、とは思う。

 俺は一瞬だけではあるが、東の魔導皇国にも行ったし、西のミスラにも行った。

 となると、やはり気になるのは南のサレンツァだ。


 ……海、か。


「……なんだか、行きたそうな顔してるが、やめとけよ? 街に行くまでは砂漠地帯もあるし、一人で行くと本当にあぶねえぞ。

 お前さんの話じゃあ、魔物の群れに混じった『スケルトン』を一体(・・)倒せたとかで自信がついたのかもしれんが……逆にそういう時が一番あぶねえんだぞ?」


「ああ、わかっている……自分のことは過信していないつもりだ。『スケルトン』も周りの人に助けられてやっとだったしな」


「……本当に、お前さんは運がいいんだか悪いんだか。行った先でいちいちトラブルに巻き込まれてるらしいし、本当に気をつけろよ? 命は一つしかないんだからな」


「そうだな。じゃあ、これはもらっていく。また、よろしく頼む」

「あ、おい……?」


 俺は長くなりそうなおじさんの話を適当なところで打ち切り、カウンターに置かれた金の入った皮袋を受け取ると、さっさとギルドの外に出た。


「でも、要するに……一人じゃなきゃ、いいんだろうな?」


 おじさんは止めたがっていたが、俺自身は『旅の商人』というのは悪くはない気がした。


 旅に危険はつきものだが、しばらく工事に精を出したおかげでかなりの資金ができたらしいし、誰か頼れる人物を雇って旅に出る、というのなら案外悪くないのかもしれない。


 とはいえ、自分の力で色んな土地を冒険をしたい、という俺の理想像(ゆめ)とちょっと離れてしまうのが気にはなるが。


 ────理想(ゆめ)を取るか、現実を取るか。


 難しい問題だな。

 とはいえ、まだまだ自分が力をつけなければならないことには違いない。


 そんなことを考えながら、俺はいつもの訓練場所へと向かった。

続きます。


下にスクロールしていくと、広告の下に評価を付ける【★★★★★】ボタンがあります。


本作を読んで面白いと思われた方、続きが気になる!と思われた方は是非とも応援をお願いいたします。

今後の継続のモチベーションにも繋がります。


(また、感想ありがとうございます! 返信気まぐれで申し訳ないですが、全て読ませて頂いてます。予約などご報告もありがとうございます!。゜(゜´Д`゜)゜。)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【告知】
増補改稿書籍版『俺は全てを【パリイ】する 〜逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい〜』
【10巻 5/15発売!】(画像を押すとレーベルページに飛びます)
alt=

<電書版>
◆Amazon
(Kindle Unlimited加入の方は一巻が無料で読めます)
Kindle版『パリイ』シリーズページ
◆BOOKWALKER
BOOKWALKER版『パリイ』シリーズページ

【コミックも好評発売中!】
『パリイコミック4巻』
◇コミカライズ公式◇

<コミカライズ版>
◆Amazon
Kindle版『パリイ』コミック版シリーズページ
◆BOOKWALKER
BOOKWALKER版『パリイ』コミック版シリーズページ
― 新着の感想 ―
他の事はそう気にならないけれど、ギルドのおじさんの察しの悪さというか、金級までいってたのにノールの実力が判らないのがいまひとつわからない もしかしたら気づいててわざとなのかもしれないけれど
身の丈に合わないあぶく銭が毎度転がり込んでたら最初は感謝しても、次第に慣れて最期はろくなものにならないだろうな…
[気になる点] まぁでも、文字読めるならゴブリンとスケルトンの常識的な絵面は分かると思うんだけどなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ