雨傘
雨の日が好きだった。
君と一つの傘を分け合い、肩を並べて歩けたから。
わざと忘れたり、失くしたり。そんな僕の努力を、おそらく君は気付いていたんだろうね。
君はいつも優しく笑って、僕を迎えてくれる。
降り続く雨の音は、まるで僕等を祝福しているようで、永遠に止まないでいて欲しいとさえ願ってしまう。
でも、そんな時間は長く続きはしないだろうと、僕はどこかで感じていたんだ。 いつまでも続くはずがないんだって。
いつしか、曇った空の隙間から差し込んだ淡い日の光が僕等を包み、アスファルトの上には沢山の鏡が出来ていた。
草花に乗った水滴が結晶のように煌めき、澄んだ風が僕等の間を吹き抜ける。
君は楽しそうに水溜まりの側へと踊り出し、溢れ出す笑顔は冷えた身体も温めてくれた。
開いたままの純白の傘は、まるでウェディングドレスのようで、僕の瞳には君が眩しく映っていた。
その日の夜、不意に取った電話の内容を僕はあまり覚えていない。
ただ、何を言いたいのかは伝わった。信じることなんて、出来はしなかったけど。
だから、あの時の傘が真紅に染まって僕の元に届いた時、初めて実感が湧いたんだ。
僕に残されたのは、あの日の思い出と、あの時の傘。
今でも雨が降ると、あの日の君が浮かんでくる。
そして僕は今日も傘を持たずに立ち尽くす。
雨の日に君と帰るのが当たり前に思って傘を忘れる僕を、いれてくれる君はもういないのに。