第五話「キツツ木さん」
「はーい。消灯時間です。」
静かな病室に看護師のキツツ木さんの高い声が響いた。
ふと時計を見ると9時1分だった。
(え?消灯時間、はやっ!)
笹夫は入院生活というものが初めてだった。
電気が消された。
笹夫は薄暗い部屋の中で天井を見ながら考えていた。
(まさか入院することになるなんてなぁ。)
(ミーティングの資料、間に合ったのかな。)
(チョコデニッシュとクロワッサンサンド、承認されたのだろうか・・・)
(あー気になる。)
(それで、大腸カメラって痛いのかな?)
(あ、そういえば冷蔵庫に入れていた野菜達が腐ってしまうじゃないか。)
(早く退院したいなぁ・・・。)
しばらくあれこれ考えていたが、眠ってしまっていた。
木曜日の朝。
いつものように目が覚めた。
少しお腹が痛い。
どうやら点滴の痛み止めが効いているようだった。
まだ病室の電気はついていないが、日が昇ってカーテンの隙間から光が入ってくる。
ぼーっとしていたら、キツツ木さんが笑顔で入ってきた。
「おはようございます。」
そして、大腸カメラの下剤の説明をはじめた。
「カメラで観察するために腸を空っぽにします。まずはこの後、下剤を1リットル飲んでいただきます。」
「い、1リットル??」
昨日、荒イグマ先生から概要は聞いていたのだが、1リットルということは聞いていなかったのだ。
「その後、水かお茶を500ミリリットル飲んでいただいてから、便の状態を見て、追加でまた下剤を飲んでいただくことになるかもしれません。」
(えー!!)
「はい。わかりました。」
びっくりしすぎて、気づいたらちゃんと返事をしていた。
そして、キツツ木さんは笑顔で部屋を出て行った。
(ということは、1.5リットル以上飲まないといけないのか・・・。)
(で、なんでキツツ木さんは嬉しそうなんだよ!)
笹夫は、人生初の大腸カメラの過酷さを実感しはじめていた。
(お腹が痛くて、昨日何も食べることができなかったというのに、1.5リットルも飲めないよ。)
泣きそうになりながら、笹夫は大腸カメラの同意書を見つめていた。
(何のためにこんな検査なんか・・・。)
(いっそのこと・・・。)
1人きりの病室。左腕には点滴がつながっている。そして、右の手首にはバーコードのついたリストバンドがつけられているのであった。
笹夫は、いったいどうなってしまうのか?
つづく