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魔女は眠った、青年は寄り添った

作者: 翡翠

魔女と呼ばれた女がいた。長い黒髪、艶やかな黒目を持った女は、幾年経っても変わらぬその美貌を異質だとして魔女と呼ばれた。

名を持たない少年がいた。薄汚れた服にくすんだ金色の髪。名はあったのかもしれないが、たった十歳ばかりで捨てられた彼には、もはや関係の無いものだった。


魔女と呼ばれた女は、或る日名を持たない少年を拾った。気紛れだった。彼女は人に追われるうち、人に疲れ、人に愛想を尽かした筈だったが、その少年の何も思わない瞳に興味を持った。彼女の住む森の入口に、捨てられたことを自覚しながら、立ったまま微動だにしない少年に、少しの同情も抱いた。

「お前は、そのままそこで朽ちるのか?」

「……」

「お前は、死にたいのか?」

「……いいや、死にたくなんかないさ」

「お前は、生きたいのか」

「……ああ」

なら、ついておいで。魔女はそう言って、少年の手を引き歩き出した。それが二人の始まりだった。


魔女は少年を、ただの暇潰しとして拾った。それ以上でもそれ以下でもない、ただの暇潰し。あれほどに諦めた目をしていながら、生きたいと願った少年を側に置けば、退屈はしないだろうという考えだったのだ。

結果的に、その考えは的中した。人の成長を見守るということは、これほどまでに楽しいものだったのか、と彼女は驚いた。その間にも少年は成長し、少年から青年へと変貌していった。


魔女にとって二人で過ごすこの生活が当たり前になった頃、青年が言った。

「……街に出ることにした」

魔女は驚いた。彼女にとって街とは、忌むべき人間の集まる場所で、その人間たちに捨てられた彼もそう思っていると信じていたから。


そうか、こいつも所詮、人間だったか。


きっと、捨てられたとしても、彼の居場所は魔女ではなく、人間たちの住処なのだろう。ならば仕方がない。今までの楽しかった日々に免じて、帰してやろう。


「……そうか」

魔女はそれだけしか、言わなかった。青年も、特に何も言わなかった。


次の日に、青年は魔女のもとを離れた。別れの時も、『行ってくる』という一言だけを残して、あっさりと行ってしまった。

魔女は、少しだけ、ほんの少しだけ、泣いた。



青年が旅立って、二年が経った。

彼女は独りの、代わり映えのない退屈な日々を過ごしていた。永く住み着いてしまった森小屋の中で、いつか帰ってきてくれないだろうかと時たま想っては、自分の考えに首を振る毎日だった。

或る時彼女は決心した。引越しをしようと。ここは思い出が多過ぎる。このままいても辛いだけ。そんな理由もあったが、もうひとつの理由は『魔女狩り』だった。

『魔女狩り』とは、文字通り魔女を狩るのだ。人間の枠から外れた逸脱者を、『異端』と称して狩るお祭り。それが、最近頻発してきていた。もう何年もここに居着いてしまった。人間どもに場所がバレていたとしてもおかしくはない。しかも……青年が、この場所を教えていたら。すぐにでも、魔女を狩りに来るだろう。

本来、青年が出ていった時にすぐ引越しをすべきだったのだ。決断を延ばし延ばしにしていないで、青年が人間どもに居場所を教える危険性があるのだから、すぐさまここから離れるべきだったのだ。二年経っても、来る気配がないので油断していたのだ。


移り住む決心をして数日、準備を進めていた魔女の元に騒がしい足音が聞こえた。

「なんだ……?」

帰ってきてくれたのだろうか。彼が、帰ってきてくれたのだろうか。少しの希望を持って、玄関口に近付いた。しかし、足音はひとつではなかった。

「おい、ここが魔女の家か?」

「こんな人里離れた場所にあるんだ、魔女以外の誰がいるんだよ」

「燃やすか?小屋の中で火炙りにしてしまおう」

「いや、中にいるか分からないぞ」


……『魔女狩り』だった。


どうしよう、と魔女は焦った。魔女と呼ばれても基本はただの人。少し他の人より長生きなだけの、無力な人間なのだ。目の前の扉は塞がれてしまっている。ならば、ともうひとつの裏口へと彼女は走った。

「……!おい、足音がするぞ!」

気付かれてしまった!彼女は裏口を飛び出て、森へと逃げ込んだ。走った。長いスカートの先が小枝に引っかかって破れても、その小枝が皮膚を裂いても、逃げ続けた。

しかし彼女はとうとう追い付かれてしまった。所詮、女の脚。追い付かれてしまってはもう逃げる術もなかった。

石を投げられた。慈悲も何も無いその行為に、やはり人間は嫌いだ、と思った。殴られた。なんて野蛮な、と思った。蹴られた。あの子でも、こんなことをするのだろうか、と考えた。じわじわと暴力を振るい続ける人間達は、とても楽しそうだった。……あの子も、私を嗤うだろうか。どうでもいいか、そんなこと。嗚呼疲れた。眠ってしまいたい。身体はとっくに動かない。どうせ死ぬのなら、あの子の顔をもう一度見たかったな、と思った。

視界にくすんだ金色が、うっすら見えた気がした。

もう何処も、痛くなかった。



「……おい、魔女」

ああ、あの子の声だ。元気にしていたか、結構結構。

「おい、……おい!」

うるさいね。……小さかった頃もそうだったけれど、きゃんきゃん仔犬みたいで可愛かったなぁ。

「……なぁ、魔女!」

別にいいじゃないか、ちょっとくらい。寝たって起こしてくれるだろう?


「起きてくれよ……お願いだから……!」

……泣かないで、愛しい子。大丈夫、すぐ起きるから……ちゃんと、起こしてね。




この話は、これでお終い。

魔女は眠った。青年は寄り添った。

たったそれだけの、エピローグ。

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