アラート!!
銀光がチラつく砂塵の空を、爆音が切り裂いて征く。
ここでの俺は戦闘機パイロット。
俺が駆るのは、最新鋭との触れ込みのわりに、やけにノスタルジーを感じる灰色の固定翼機。
ぬめぬととした質感の薄茶色い敵飛翔体が、後方に迫ってくる。直線と上昇力は、概して奴等の方が上だ。オイルとも涎ともつかぬ何かを垂らしながら、ぐい、ぐいっと距離を詰めてくる。
ほんの三分くらい前に出逢った、ダンスパートナーだ。
遂にケツを取られた。が、俺は慌てない。この程度の危地は日常茶飯事なのだ。余程の慌てモノじゃぁ無い限り、しっかり照準してくる。ばくばくと鼓動が五月蝿い。まだ……、もう少し引き付ける。
「ここだァッ」
スポイラー! 連動してフラップ角三〇度。エンジン出力絞り込み。同時にフレアを二、三飛ばす!
「おお……ッ」身体はシートから浮き上がり、四点ベルトに食い込んで肋が折れそうになる。文字通り目は飛び出しそうだし、急速に血の気が引いてブラックアウト寸前だ。
「アホウ奴! 上昇力勝負なんぞしてられっかッ!」
撒かれたフレアにたじろいで、ミサイルタイプを撃ち損なったらしい。そんな感触を肌で読み取る。上昇出力に勝るヤツは、急減速した俺の機体を擦るように追い越して腹を晒す。俺の機体は、ほとんど仰向けだ。
スポイラーとフラップを畳んで、直ぐさまペダルを蹴飛ばす! 心臓は血液を猛烈に呑み込んで、身体を吹き飛ばす程のパワーで追いすがる。
「ふん。 ジ・エンドだ」
トリガーを軽く握る。工事現場みたいな、ゴガガガガガッって轟音と共に、残弾計がカラカラと桁を減らしてく。
ゲームのクセに、無駄にリアルだぜ。
バッと、緑色の爆発を可変翼の付け根から吐き出して、何と言ったかーーそう、自信は無いがイースファアだったかーー敵飛翔体が、その身体を撒き散らす。
御丁寧に頭がバクンと弾けて、パイロットらしきが飛び出すところまで再現しやがる。
最も、超音速でカッ飛んでるから随分小さくなっているが……。
六年付き合った末、三ヶ月前に別れた彼女は、今度結婚するらしい。お相手は元請けの出世株だと。「くそっ」
課長に絞られて、数字を上げる暇を食い潰された挙句、新入社員は定時あがりで使えねぇ。「くそっ!」
一人暮しには多機能過ぎて持て余し気味だった電子レンジが、逝った。「くそォッ!」
機体を低高度で安定させて、そのまま見かけた地上目標を舐める。対空能力を持たない牛型は、ただの的だ。地形は複雑だが、動くモノは少ない。慣れれば勘で、獲物が見つけられる。
リリースから二年と少し経ったフルダイブVRゲーム『エアフォース・チャンバラー』は、プレイヤー人口の少ない、所謂マイナーゲーだ。だが、出来はピカイチだし何より造り込みと爽快感が凄い。
残念なタイトルとは裏腹に、とことんリアルなドッグファイトシミュレーションなのだ。
《N8380DU》とナンバリングされた、この惑星。ここには危険な原生生物と、得難い希少金属が溢れていたらしい。平和的な交渉によって希少金属を採掘する予定が、原生生物による予想外に手痛い反撃にあって、頓挫。吹きまくる砂塵にも、件の金属粒子が含まれていて、超長距離誘導兵器は使用出来ず。大質量や大火力、若しくは汚染兵器も使えず。結果として、圏外に出てこれない連中と、泥沼の戦いが続いているーーというSF的設定らしい。
俺のストレス解消に付き合ってくれるこの機体は、《NR-0》なるマシン。
ピーキーなボディに大出力エンジンで、これもまた人気が無い。細長くシャープ過ぎる胴体に、最小面積であろうデルタ翼。見た目は古い《スターファイター》みたいで、俺にとってはお気に入りなのだが。
気の抜けたビールみたいな通常クエだが、流石に残弾二桁じゃ何も出来ない。切り上げるか……。
しかし砂塵の空でも、無心で飛ぶのは心地よい。
『エアフォース・チャンバラー』は、奇妙なゲームだ。サーバーは北欧、プログラマは南米、スポンサーはドバイらしいのに、リリースは日本版だけ。運営会社も不明。しかも、チープな公式ページは、ロシア語表記なのだ。公式に"怪しいゲーム"ですと、宣言してる様なものだろう。しかも、詳細なクレジットとやらは、VR基地内のPX=酒保にある多機能端末でしか閲覧出来ない仕様である。
「過疎ゲーに凝った造りだよなぁ……」と、一人語ちる。
更におかしい点が、いや、奇妙さなど比較にならない胡散臭さがある。このゲームは……。
『チ・チ・チ・チ・チチチチチ、ピーピーピー……』
「!?」
ぼんやりしてる間に速度が落ちて、捕捉されたようだ。しかも三機も!
「チャフ! 二秒おいてフレア」
俺の判断。否、反射と、ミサイルタイプの射出。どちらが先だっただろうか?
ミサイルタイプだがゲーム的なそれは、山蛭の様な外観で正直気持ちが悪い。ついでに奴等が撒くフレアも、松明にしか見えない……のでまぁご愛嬌だ。
「やば……間に合わ」
自機の下からAIらしいコンビネーションで、グイグイと追い詰めてくる。ミサイルタイプとバルカンモドキの波状攻撃で、回避行動の選択肢が削り取られていく。「やばやばやばやば……」
「やばやばやばやば……」
デスペナが重いゲームなんだよ!
ポイントはともかく、プレイヤーランクが落ちるのは勘弁だ。
最悪"死に戻り"はまだいい。リアルな爆散に吹き飛ばされて、ブラックアウトから気持ち良くリアル寝落ちが、何より一番勿体無い!
その時、やけにスタッカートの効いた曲が耳の中で流れる。アップテンポのそれは、まるでCMやアバンみたいだ。
「僥倖ッ!」
緊急ミッションの招集! 俺は迷わず出ているはずのARパネルを、見もせずに左肘で突き倒す。
身体をシートに縛りつける猛烈なGは、目まぐるしく撹拌される背景と共に、穏やかにフェードアウトしていく。
荒い息をカウントするように整えながら、少し震える手でヘルメットを外す。リアルさを追求するこのゲームでは、命綱のヘルメットだ。"虹を描く色鉛筆"がマーキングされたそれを、ぽんっと撫でる。
余韻に浸りつつも、目だけ動かして時計を覗く。
ーー22時前か……。緊急ミッション、スカっとさせてくれよーー
ほぅ、と息をつくと、俺はメットを抱いて、何処かの基地のブリーフィングルームに居た。
雑に並んだパイプ椅子には、思い思いの耐Gスーツに身を包んだプレイヤーのアバター達が、雑談に興じている。アバターもスーツも課金の有無があるから、てんでばらばらで、まるで外人部隊だ。
ストーリーモードや通常クエスト、機種転換イベントなんかをこなしているとプレイヤーランクが上がっていく。
プレイヤーランクが一定を超えると、緊急ミッションに参加出来るようになる。
緊急ミッションの発生は、正真正銘のランダムらしく、狙って参加出来るものでは無い。確実なのは、プレイヤーランクを上げる事。プレイヤーランクが高ければ高い程、呼ばれる確率が高くなるのは、プレイヤー間での共通認識だ。一緒にマルチで遊んでいても、高ランクプレイヤーから呼び出される。
そして、緊急ミッションは稼げるのだ。リアリティではなく、リアルに!
「マザカさん、ばんはー」
後ろから声をかけてきたのは、"ザ軍人"に見える金髪碧眼の長身マッチョだ。
「やぁ、ばんは。OH!モリくん、最近熱心だねぇ」
「いやぁ、生活費がキツくって」
「平日の深夜だよ。君、学生じゃなかった?」
「やだなぁ、学生だからですよ。夏休みですからね」
強面を歪ませて、愛嬌良く笑う。硬骨漢……に見える。
「あぁ……。早目に消化しちゃったから、完全に忘れてたよ」
「あはは、お疲れッス」
「ありがと。稼げるといいね」
緊急ミッションの撃墜や撃破のポイントは、専用の"緊急ミッションスコアポイント"となる。この緊急ミッションスコアポイント=EMSPは、酒保端末の専用メニューから現実のアイテムに交換出来るのだ。
『エアフォース・チャンバラー』デザインのジャケットやハーネス、勲章や戦闘糧食やサバイバルキットは、まだ分かる。交換ページはそのまま通常のネット通販サイトに繋がって、ありとあらゆるものが交換出来る。当然中には、高級時計や貴金属も含まれる。
胡散臭い。
かく言う俺も、転職や転居の折には随分助けられたが。
「アテンションッ!!」
殺風景な白い箱同様のブリーフィングルームに突如幻出したのは、ひょろっとした印象の指揮官である。
上背があるので細く見えるだけで、かなりガタイはいい。そのアバターの顔は、軍人よりも海賊風である。
どこの基地も同じアバターなのに、口調がそれぞれ微妙に違う。造り込まれたAIなのか、運営の小芝居なのか? 判断はつきかねるが、ひょっとしたらこのゲームのマスコットキャラクターなのかも知れないと、密かに俺は睨んでいる。
「諸君、スクランブルだ! 22分前、この基地に進路を取る飛行物体を四つレーダーに捉えた。その五分後、更に八機の高速飛行物体をキャッチしている。先の四は爆撃型、追い越して来る後続の八は戦闘機型だと推定される」
白いばかりの壁にホログラフが次々と浮かび上がり、状況を図解してみせる。
指揮官は指し棒で砂地の一点を示す。
「逆算される発進地点はここだ。我々の基地から北東へ約350キロ。ポイントBM4649に、奴等の地上空母が進駐してきたと思われる。
諸君等は爆装して出撃、制空権を確保し爆撃型を排除。そのまま北東へ進路を取り地上空母を叩け!」
室内は騒めく。一年前ならブーイングの嵐だっただろう。今は違う。役割分担や機種選択についてのやり取り、その騒めきである。
俺もARパネルを開いて、設定を固めていく。
NR-0、ドロップタンクは無し。バルカンポッドを翼下に追加。余りのペイロードは短距離空対空ミサイルだ。
「質問は受け付けない。出撃拒否は初招集の者を除き、六千EMSPだ。以上、かかれッ!」
海賊風指揮官はいつも通り、号令と同時に消えてしまう。
「食費一週間分ッスよ」
「焼き肉行けるな」
「スクランブルは自信無いッスけど……どうしよう」
OH!モリ君は、随分と不安そうだ。ふと、ベテランのΦ谷さんと目が合う。彼はコレで飯を喰ってるベテランである。視線は『面倒見てやれ』だ。コンビネーションが取れないと、足手まといになるからな。
見ればΦ谷さんも、新人らしいマッチョを宥めすかしている。
仕方ないな。誰もがーーそして俺もーー通った道だし。
「OH!モリ君は対空と対地、どっちが得意だい?」
「強いて言うなら対地ですけど……」
「オッケー。増槽と目一杯の爆装して、最後に上がっておいで。撃ち漏らしは無視して構わない」
イカツイ巨漢は、肩を縮ませて申し訳なさそうにしている。
俺は部下に言い含めるよりもゆっくりと、優しく伝える。
「役割分担だよ。俺も今日は爆装してない。更に増槽も付けない。完全なスクランブル要員だ」
「マジすか?」
「ああ。他のベテラン勢もそうさ。制空権取れてから、ゆるっと上がっておいで」
「それならやれそうです!」
「その代わり地上目標は任せたよ? 軽くなった連中で、護衛には行くから」
ステージは夕暮れ。ゲーム内時間は16時を回った所か。
NR-0に直接転送を選んだ俺は、オーダー通りの装備を確認する。機体はアイドリング済みで、そのままタキシングウェイに入る。
稼ぎたい盛りの中堅組は既に上がったらしく、俺は七番手だ。
もうから上空では、火線がチラホラ見える。
シャークマウスのΦ谷さん機の後ろ、素のままの垂直離着陸機は、さっきの新人らしいのだろうか?
Φ谷機に続いて、新人が離陸する。
が、先発機に軸を合わせ過ぎて、後流を浴びてる。ゆらふらと危なっかしい。
「七番マザカ機、MR-0出るぞ」
『七番マザカ機、発進どうぞ』
管制のAIが、無感情にテンプレを返す。
ペダルをぐっと踏み込む。「V1」
操縦桿をゆっくりと手前に引く。「VR」
視界良し。ペダルを踏み潰す! 「V2」
「テイク・オフ」
『MR-0、グッドラック!』
シートと一体化する程の強烈なG。砕氷船の如く、硬い空気を割り進む感触。
高度計以外の対象物が無い離陸上昇中は、特にノロく感じる。ーー速く。もっと速く!ーー
『チ・チチチ・ピーーー』
「もうかよッ!?」
離陸直後は一番狙われ易いのだ。分かっていても悪態がはみ出る。
当たればラッキーとばかりに、さっさとSAAMを全弾放出してしまう。結果の確認なぞしてられるか! だ。
ラダーペダルを半クラッチの要領で、くいと踏む。シャンデルの変形だ。バンクしながら高度を上げる!
逆回りしてくる薄茶と一騎打ち! コンマ秒早く、相手の20ミリが火を噴く。
すれ違い様に奴は、緑の火球に変わって堕ちる。
「ザマァッ! 大迫力40ミリバルカンだぞ!」
ループ、ロール、スラスト、ターン目まぐるしい戦闘機動はスタンダードのQS。
軌道が交錯する度に、敵が、或いは味方が堕ちてゆく。
ゴッと吹かして急上昇。鈍足の、巨大な爆撃型を発見。
間に合ったと安堵して、そのまま叩く。
40ミリの雨が降れば、爆撃型の装甲がナンボ厚くってもトコロテンよろしくグズグズに飛び散る。
ザラつくレーダーには、不明機の反応は既に無くなっていた。
味方が数機堕ちて、残った内の3機が弾切れやガス欠で撤収。
「先行した爆装組は無事かね?」
『マザカ? お疲れ! 今のところ電報は届いてないな』
「護衛に行きますか」
雰囲気は大事だ。『三角二つ。頭は俺とマザカだ』「マザカ、了解! っと」馴れると自然にやり取りがソレっぽくなる。
くすりと笑みをこぼす。多分Φ谷さんもだろう。
赤く輝く夕焼けを左後ろに、編隊で雲間を飛ぶ。VRであると忘れるほどにきれいだ。残業のオフィスから見るくすんだ夕暮れとはまるで違う。当たり前かもしれないが……。
澱んだ赤を反射する海を越え、黄色の森を越え、青っちろい砂漠地帯に差し掛かる。
遠間に黒煙がたなびいて見える。対空砲火だろう。そうそう当たるモノじゃぁ無い。
「OH!モリ君、無事か?」
『はいっ。爆撃コースに入ります』
『直掩に入るぞっ』
水色の砂地に、幼児が粘土を捏ねた造形のトーチカが散見される。鎮座ましますのは、三キロ四方も有りそうな、バカ馬鹿しいほどに巨大な亀だ。
『地上目標発見! 雷撃しますっ!』
型式の異なる4機の爆装組が、それなりに見えるダイヤモンドを組んで降下して行く。夕焼けを反射してスーと降って行く様は、プロモーションのようだ。
俺もボケてはいられない。
高度を落としてトーチカを狙う。
原生生物の高射砲や|RPG《携行ロケットランチャー》に相当するのは、なんと槍だ。中世風の槍が前世紀風の戦闘機に刺さる絵面は、シュール過ぎて笑えない。
急降下しながら、弾丸と一緒になって、トーチカを一つ。
40ミリがカラカラと喚いて、弾切れを訴える。
低高度のまま、ソニックブームで地表を切り裂く。
備え付けの20ミリが火を噴く。もう一つ!
チョロチョロと原生生物が転び出てくる。
手には槍ーー多分RPGーーだが「カモだな」としか思えない。
トリガーに一瞬手を触れるだけで、数十発の弾丸が吐き出され、霞を残して消えてゆく……。
数十分後。
「マザカさん! 上手くいきましたね」
「ああ! お疲れさん。結構稼げたね」
「食費に通信費に、呑み代まで稼ぎましたよ! もう一戦待ちで、通常クエに行きません?」
逡巡する。魅力的なお誘い、と言うヤツだ。
「悩ましいが遠慮しとくよ。ランダムだし、明日もあるからね」
またねと交わして、ログアウトする。
リアルは……日付が変わった直後か。独りやもめの小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、渇ききった喉に流し込む。
「くっ、あーーーっ! スッキリしたァッ」
代え難い爽快感を感じながら、シャワーへと向かうのだ。
◇ ◇ ◇
ーー地中海の洋上。空母の一つーー
白衣を着た男達が、モニタに囲まれた一室で、リプレイを確認していた。
「この"マザカ"というプレイヤー、安定してきたな」
「もう少し緊急ミッションを密に投下しますか?」
「検討しよう」
甲板上では、無事に帰還を果たした戦闘機達が、次の作戦に備えて整備されているはずだ。
「この日本人プレイヤー達は、まさか本物の戦場で人殺しをしてるなんて、夢にも思って無いだろうな……」
「VRですよ」
「ふふっ。安上がりで便利なもんだ」
◇ ◇ ◇
俺の手は真っ赤に汚れている。
俺はまだ、それを知らない。
終
いかがでしたでしょうか?
ひょっとしたら、有りうる未来……かもしれません。
以下、御興味ある方向けに追記
本文中、疾走感を優先した為、説明を切った部分です
ぬめぬと:M2級の戦闘機同士のドッグファイト中に霧散せず、高空にも関わらず凍結せずに、粘液が滴る様子。それを見て彼は、ヌメヌメでもぬとぬとでもなく、ぬめぬとと感じたのです。
スターファイター:俗称『三菱鉛筆』『未亡人作成機』ひょろっと細く長い戦闘機です。
爆装して:ドッグファイトシミュレーションゲームという設定ですので、戦術爆撃機や戦略爆撃機は、プレイヤーの選択肢にありません。
遠間に:彼等にとって、空対地ミサイルの射程内は間合いですので"遠間"と表現しました。
雷撃:本来ならば対潜(爆雷)のことを指しますが、劇中"地上空母"と称しております。故、その話の雰囲気で彼等が使う言葉です。