いると便利なお姉ちゃん
大塚みのりは、毎日の夕食の支度が好きだ。
スーパーで食材を買いながら、頭の中に完成予想図を浮かべる。食物繊維が解け、再構成されるさまは譜面から音楽が立ち上る行程に似ていた。
包丁で食材を刻み、鍋に火をかける音まで、みのり独自のリズムが存在している。
それを一時でも邪魔する言葉が、弟の口から放たれるとは思いもしなかった。
「姉ちゃんのこと、貸し出すことにしたから」
弟の無理難題をこれまで嫌な顔一つせずこなしてきたみのりは、今回もまた曖昧に首を傾げ、キッチンに首を戻す。
磨き抜かれたキッチンもまた、みのりの仕事のたまものだ。壁に下げられた銀のおたまを掴み、鍋をかき混ぜる。
「うん、わかった」
「へ、わかったの? マジ?」
姉の平静さに、面食らった弟が席を立った。姉に冗談が通じないのを忘れていたのだ。
「栄ちゃんが決めたのならそれでいい」
みのりは、身長百七十センチ、二十歳の女子大学生だ。伸ばした黒髪を後ろで無造作に束ね、化粧気のない顔は童顔である。口元にほくろがあり、男の注意を頻繁に引いた。
食事を終えてすぐ食器洗いをするのが慣習だが、この日は弟が風呂に入りたいと急かすので、みのりが背中を流す。
弟の薬品で染めた髪にお湯を当てるのもみのりにとっては気が引ける。痛みが顕著でみのりは丁重に扱うことを心がけた。
「俺のクラスにさー、ちっと目障りな奴がいるんだよね。何か熱いっていうかさ」
髪を染めても弟が道を外れたわけではないことをみのりは知っている。悪ぶっていても周りを思いやる心を失っていない。
「そいつの面倒見てやってくんねえか。名付けてシェア姉」
ネーミングを気に入ったのか、弟は狭い風呂場で体を揺らして笑い続けた。背中を流し終えると、弟は湯船に浸かる。
みのりは、気兼ねしながら弟の足の間にちょこんと座る。
湯船の中でお返しとばかりに弟がみのりの髪を洗ってくれる。弟とは違い、パーマすら経験していないまっさらな黒髪だ。つむじに指が当たるのがお気に入りで、弟もそれを知っていて攻めてくる。
「姉ちゃんって、カピバラみたいだな」
「そうかな」
「無駄な動きとかしないし。よく言われない?」
「わかんない。友達いないから」
詮索嫌いのみのりが黙って先に上がり、脱衣所で体を拭いてから下着だけをつけ、弟を呼ぶ。仁王立ちする弟の全身の水気を拭って、水色のパジャマを着せる。
洗面台に置いた青の歯ブラシを手に取り、口を開けた弟のブラッシングを入念にする。
2DKのマンションで姉弟二人で暮らしている。湯冷めしないうちに二人の寝室に駆け込む。洗い物は明日まとめてすることにした。
電気を消し忘れたので、みのりだけリビングに戻る。スイッチ下の鉢植えに注意が向く。
観葉植物のベゴニアが枯れている。水をやりすぎたことによる根腐れが原因だ。植物の世話は昔から苦手だ。何度やってもこれだけは上手くできる気がしない。




