プランG(ゴリ押し)
「あー。暇だなぁ」
「そうですね。2人ババ抜きを始めたらいよいよって感じですね」
どうも。俺の名前は綾瀬井綱。
とある県のとある市内のとある雑居ビル内で何でも屋『ヤオヨロズ』を営んでいるしがない自営業者だ。
「あー。金がねぇと暇を潰しに行くこともできねぇ」
2人ババ抜きクソつまんねー。スロット打ちてー。
「お金がないのは昨日イヅナさんがスロットでボロ負けするからじゃないですかー。なんでクソみたいに引き弱なのにスロット打つのかなー」
この至極正論を述べているのは天使美香。
最近ここへアルバイトにきた物好きな女子高生だ。
「あー。佐瀬さんとこのバアさん来ねぇかな。犬の散歩するだけで3万くれるのに」
ちなみにぼったくっている訳ではないぞ。
佐瀬さん家はお金持ちだから「大切なマルちゃん(犬の名前)のお散歩をしてくれたのに3千円なんて安すぎるわ! せめて桁を1つ増やしてちょうだい」と言って毎回3万円くれるのだ。
あれ?
桁を増やせってことは次3万円って言ったら30万円くれんのかな? 今度試してみよう。
「佐瀬さんはこの間来たばかりじゃないですか。そしてそのお金は昨日イヅナさんが」
美香がジトッとした目で見てくる。
俺だって負けたくて負けたんじゃないんだぜ?
昨日だってあそこでやめておけば勝ってたんだ。
くそっ。昨日の負けを思い出したらイライラしてきた。
「はいはい。私が悪ぅございました。ちょっとタバコ吸ってくるわ」
こういう時はニコ様のお力でリラックスするに限るよね!
「何度も言いますけどここで吸ってもいいんですよ? 」
「そういうわけにもいかないでしょ? 副流煙ナメんな」
「だったら吸わなきゃいいのに」
吸わない人の前だと吸わないのが俺の中のマナーなのさ。
あと禁煙は駄目、絶対。
「あー。うめぇ……しっかし金がねぇぞ。このままだとミカちゃんの給料も払えん。あとタバコも買えん」
こんなことなら可愛い女子高生って理由だけで雇うんじゃなかった。
いや、でも美香可愛いからやっぱり雇ってよかったわ。
「あ、イヅナさん。お客様がお見えです」
俺が一服終えて事務所に戻ると美香がお茶を用意していた。
「あ、そうなの? どれどれ」
応接ブースを見ると中年の小太りなおっさんが偉そうに座っている。
ふむ。
「こりゃボーナス確定ってか? 」
ならばバケないように祈るだけだ。
「すみません。お待たせいたしました。私、『ヨオヨロズ』の綾瀬井綱という者です」
丁寧に礼をして営業スマイルを浮かべながら名刺を渡す。
「おおー。こりゃご丁寧にどうも。さっきの子も可愛かったですが、こりゃまたとんでもない別嬪さんが現れましたな」
おっさんが俺の足元から顔まで舐め回すように見る。
「ははは。よく言われます」
まぁ男だけどね。
「それで、ご依頼の内容を教えていただいてもよろしいですか? 」
おっさんに視姦されても嬉しくないのでさっさと話を終わらせることにしよう。
「そうそう。依頼ね。その前に一つ確認だけど、ここは何でも屋なんだから何でもしてくれるんだよね? 」
「ええ。もちろん法律にのっとりますが」
さすがに殺人の依頼とかは受けられないからね。まぁ来たことないけど。
「ふむ。なら話は早い。実は最近溜まっててね。是非とも私のお相手をお願いしたいんですよ」
「失礼ですが、溜まっているというのは? 」
「そんなの性欲に決まってるでしょうが」
ですよねー。
「かしこまりました。つまり、依頼の内容としては近辺にある風俗店のご紹介ということでよろしいですか? 」
「いやいや。それだったらそういう案内所に行くでしょ。せっかく何でも屋に来て、こんな別嬪さんがいるんだからあんたかさっきのあの女の子に相手をしてもらわなきゃ意味がない」
む。こいつ美香にまで発情してやがんのか。
「そうですか。大変申し訳有りません。当店では性的なサービスの提供は行っておりません」
俺が笑顔でそう言うとおっさんはイライラしたように貧乏揺すりを始めた。
「え? さっき何でもするって言ったよね? 」
なんだよこいつ小学生かよ。
「ええ。法律にのっとるとも申し上げました」
風俗店でもないのに性的サービスをしたら違法だろうが。
「そんなの建前だろうが! ここは何でも屋で俺
は客だぞ!? お客様は神様だろうが! 」
怒鳴って机を殴るおっさん。うるせぇなこいつ。
よし。こうなったらプランGだ。
俺は机にドンと手を乗せて立ち上がる。
「あのよぉ。さっきからてめぇ何様のつもりだ!? 神様ってか!? いいかよく聞け。お客様は神様ですってのはな、とある演歌歌手が客を神様だと思って懇切丁寧に歌うように心掛けているって意味で言った言葉であって客が偉いって意味じゃねーんだよ! あとな、てめーは俺にとっては突然現れてエロいことをしろって喚いてるだけの生ゴミだ! 客でも何でもねーんだよ! ぶっ殺されてぇのか! 」
「ひっ!? ひぃっ」
俺が至近距離で睨みつけるとおっさんは顔を青くして尻餅をついた。
「おい、財布出せ」
「へ? 」
なんだよこいつレスポンス悪ぃな。
「財布! 」
「は、はひっ! 」
おっさんから財布を引っ手繰り中身を確認する。ふむふむ5万3千円か。
「なぁおっさん。今日はいい勉強になったよな? 」
なんせお客様は神様ですって言葉の意味を教えてやったからな。
「へ? 」
「なったよな?! 」
「は、はいっ! なりました! 」
「んじゃ、報酬として5万円いただきまーす」
3千円は残す俺の優しさがヤバい。
「え、いや、それはちょっと」
お客様もあまりの優しさに感動してるみたいだ。
「はい。じゃあこれ契約書ね。ここに署名と母印お願いします」
「いや、だから」
「署名と母印! 」
契約書ごと机を拳で殴りつける。
「は、はい」
「はい。契約が交わされたので今回の取引に違法性は何もありません。じゃ、契約書は当店とお客様双方で保管するので1部どうぞ。あとこれ領収書ね。ではまたのお越しをお待ちしておりまーす」
「ひいいいいいいいいいん!! 」
よし。悪は滅びた。
「イヅナさん」
美香が応接ブースに入ってきた。
「今日は焼肉ですね」
「そうだなー。あ、その前にこの5万円を20万円くらいに増や」
「今日からお金はあたしが管理しますね」
5万円を美香に掻っ攫われた。
くそう、頭の中だと万枚出てたのに。まぁいいや。
「いやー。しかしラッキーだったな。鴨がネギ背負って土鍋担いできたみたいな」
苦労せずにお金が手に入るって素晴らしい。
「やっぱりああいうお客さん多いんですか? 」
「ああいう? 」
「ほら、さっきの」
「さっきの? 」
「だ、だから! この店がえ、えっちなお店だと勘違いしてるお客さん」
はい! 女子高生の口からえっちいただきました!
「そうだなー。まぁ年に何回かはあるな。そういう性欲を持て余してる奴等には俺が女に見えるらしい。ウケる」
あいつら俺男なのにエロい目で必死に見ちゃってるの。
「いや、イヅナさんを見たら10人中11人は女性だと思いますって」
「10人中11人。1人増えるのか。そりゃいいね」
まぁ昔はこの容姿にコンプレックスがあったりしたけどね。
仕事を始めたら便利なことの方が多くて助かるわ。
「お。メールで依頼の予約が入ってるぞ。なんだなんだ? 確変か? 」
自分で言うのもアレだけどこんなペースで仕事が来るなんて非常に珍しい。
「え? メールで依頼って受け付けてたんですか? ここに来て半年経ちますけど初めて知りました」
えー。美香を雇ってからもう半年も経つの? まだ2週間くらいだと思ってたわ。
時の流れの速さを感じながらメールを開く。
「なになに? 彼氏が浮気をする人なのかどうか心配で仕方ありません。調査をお願いします。だってさ」
「おお! これが世に聞く浮気調査ですね! 」
「んにゃ、浮気調査なら興信所に行くだろ。これはそうだな、言うなれば浮気するのか調査だな。ほい、返信完了」
「浮気するのか調査? 」
「そうそう。お、返信早いな。ミカちゃん。お茶の用意しておいて。依頼人すぐ来るってさ」
「はい。分かりました」