表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/69

嵐の予感



 敵はどう来るだろう。

 宿を壊すか、もしくは、自分だけを狙うのか。

 どちらも考えただけで恐ろしい。


 こんな大勢の前でミモザを呼び出すのは不可能だった。


 誰かを操るかと思ったが、人が多すぎて身動きが取れない。では、宿全体に大きな魔法陣を描くか。


 駄目だ。

 

 一人では守りきれない。


「アニス、僕から離れてはいけないよ」


 ジョーンズが体を寄せて、かばうように包み込んでくれる。ジョーンズのぬくもりを感じた。


 彼を巻き込むわけにはいかない。


 先ほどのメイドが隣に座っていた。メイドは細い目でアニスをじっと見ている。アニスはちくちくする視線を感じながら、宿に近づく嵐の行方を探った。

 身構えた時、ドカーンと雷が落ちた。周りから悲鳴が上がる。


 ジョーンズはいっそう強く抱きしめてくれた。ローズは守られているので、落ち着いた顔をしている。


 次に来たのは地震のような大きな揺れだった。ガタガタ横揺れがしたかと思うと、天井が落ちてきた。幸い、人々が避難している場所ではなかったが、玄関が押しつぶされた。同時に、大粒の雨が風に乗って中へ入ってくる。

 全員びしょ濡れになり、耐えられなくなった人々が立ち上がって散り散りに逃げだした。

 ジョーンズも立ちあがり体が離れた瞬間、メイドがナイフを持ってアニスに向かって襲ってきた。


「アニスっ」


 ジョーンズがかばおうと間に入る。右、左とナイフを交わし、メイドの手首をつかんだ。その瞬間、ジョーンズの体が投げ飛ばされ地面に叩きつけられた。


「ジョーンズっ」


 アニスはジョーンズに駆け寄ったが、メイドのナイフが自分のお腹目がけて突いてきた。


 アニスは手を振り上げてメイドを弾き飛ばそうとした。だが、メイドは飛ばされまいと踏ん張っている。


 この子、魔女だわ!


 こうなったらミモザを出さないわけにはいかない。


「ミモザっ」


 呼ぶと、ミモザが姿を現した。アニスの背後にまわり、メイドを投げ飛ばした。飛ばされたメイドはすかさず起き上がり、倒れていたジョーンズの首をつかんだ。


 メイドがナイフをジョーンズの首筋に当てる。


「やめてっ」


 アニスが叫んだ。


 切りつけられたジョーンズの首筋から血が溢れだし、みるみるうちに顔が青白くなった。


「嘘…嘘でしょ? お願い、やめてちょうだい…」

「アニス…」


 ジョーンズのか細い声が耳に届いた。


 アニスは無我夢中でメイドに向かって飛びついた。メイドの両手を力いっぱい押し広げ、ジョーンズから離す。メイドを投げ飛ばすと、彼女は意識を失った。


「ジョーンズっ」


 アニスは、ジョーンズを抱き起こした。

 血が止まらない。ミモザがそばに来た。

 アニスは涙ぐんだ目でミモザに願った。


「助けて…」

(アニス、だめです。助からない)

「助かるわ。死なせてはいけない。わたしたち知り合ったばかりで、これから一緒に過ごす約束をしたのよ」


 ミモザが首を振る。アニスは空を仰いだ。


「お師匠さまっ。お師匠さまっ。どうか、お願いします。わたしの声を聞いてくださいっ」


 アニスは必死で祈った。

 いつもどこかにいる。白い魔法使い。師匠であるフェンネルに聞こえるよう叫んだ。


「お師匠さまっ。何処にいるのっ? 助けてっ」


 ――アニス。


 静かな声が響いた。


 師匠のフェンネルが答えた。アニスはハッとした。


「ああっ、お師匠さま、助けてくださいっ」


 ――その男を助ける価値はあるか。


「お願い、失いたくないのです。わたし、何でもするわ、どんなことも耐えてみせます」


 ――願いは一度だけだぞ。


 フェンネルの声がしたかと思うと、アニスの前に杖を持った白い大魔法使い、フェンネルが現れた。


 背中まである長い髪の先を小さくひとまとめにして、白いローブは光輝いている。若い青年であるが、本当の姿は謎に包まれている。


 フェンネルは、倒れたジョーンズの傍らに膝をつくと、首筋に指先を添えた。すぐに血が止まり、えぐれた皮膚を再生していった。ジョーンズの頬がぴくりと動いて、意識が戻った事が分かった。


「ああ、お師匠様…、感謝いたします」


 空は相変わらずとぐろを巻いた竜巻が近づいていたが、フェンネルが杖を一振りすると、たちまち空が晴れた。


――闇の力はまだ強力ではない。わたしでもまだ抑えることができる。しかし、アニス、今後はそうならない。これから、闇の力は次第に大きくなっていくだろう。その時は、誰がこの世界を守るのか。


 フェンネルがそう言って、アニスの方を見た。

 アニスは、膝の上に横たわっているジョーンズを強く抱きしめていた。

 涙が止まらなかった。


 ジョーンズを失うなんて、考えられなかった。


 ――アニス、ここへ。


 フェンネルの静かな声が響いた。


 アニスはジョーンズをそっと横に寝かせると、フェンネルの足元へ行き、膝を突いた。フェンネルは横たわっていたメイドを宙に浮かせ、正面になるように、アニスの前にひざまずかせた。


 何をさせるの?


 アニスは、不安に駆られフェンネルを見た。

 瞬間、アニスは自由を奪われた。強大な力に抑え込まれ、息ができなくなる。正面にいるメイドも目覚めており、彼女もおびえた顔でアニスを見つめていた。


 ――お前たちは入れ替わる。


「え?」


 ――アニス、お前はまだ見習いの魔女だ。日頃勉強をさぼってばかりいるから、いざという時にこんな目に遭うのだ。わたしは何度も忠告をしたはずだ。よって、この娘と入れ替わり、ぜろから学んでもらう。


「そんな…」


 アニスが呆然としたが、フェンネルは容赦なかった。


 ――何でもする、どんなことも耐えてみせると言ったな。これから先は自分で立ち向かうことが、成長の鍵だ。


「お師匠様、兄上が…」


 ――分かっている。アニス、お前はノアと共に旅を続けよ。そして、何があってもノアを守るのだ。それと、自分がアニスであることを男に告げてはならない。告げた時、男は死を意味する。


「はい……」


 アニスは青ざめた。


 ――ミモザはローズをアレイスターまで無事に届けるのだ。もちろん、アニスとともに。


「ミモザまで奪うのですね」


 ――そうではない。


 フェンネルは小さく答えた。


 ――アニス、わたしは待っているよ。


 アニスは強い力に引き寄せられた。メイドの頭ががくりと垂れる。

 メイドの体がぼんやりと見えた。メイドは意識を失っているように思えた。


「ジョーンズ……」


 名前を呟くと、珍しくフェンネルが口角を上げた。


 ――ほう、さすがだ。意識があるとは。


 薄く笑った後、アニスの意識は途切れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ