シスルの糸
ローワンは、アニスの手の中にある羽を見て大きく目を見開いた。
「ラベンダーをどこにやりやがったっ」
怒鳴り声が辺り一帯を包んだ。
アニスは羽を守るように抱きしめてからローワンを睨んだ。
「今さら何をしに来たのっ」
「そいつはラベンダーのものだろうっ」
ローワンが近寄ってくる。ジョーンズがアニスの前に立ちはだかった。
「妖精の王、落ち着いて話を聞いてくれ」
「そこをどけっ」
ローワンは怒り心頭に発しており、聞く耳を持たない。
アニスは、ローワンに向かって手をかざした。
「止まらないと、後悔するわよ」
「なんだとっ?」
ローワンはアニスの様子が以前と違うことに気づいて、真顔になった。
「お前は、まさか、サマークイーン…?」
「ええ。その通り。あなたのラベンダーはもういないわ」
「アニス、やめるんだ」
ジョーンズがアニスを止めようとした。
「いいえ。やめないわ。誰かが言わなきゃ、彼は気付かない。ローワン、傷ついたラベンダーは、アレイスターを育てるために、自ら妖精の女王の座を捨ててウインタークイーンへと復活したの。北の領地を守るために一人で向かったわ。あなたには、次期女王となるリリーオブと結婚するように言っていたわ」
「なんだって…?」
茫然と呟いて、ローワンは頭を押さえた。
「俺が、リリーオブと結婚? あの妖魔と?」
「今頃言っても遅いのよっ。けれど、わたしがそんな事許さない。あなたから妖精の王となる資格を剥奪しますっ」
「えっ?」
ジョーンズがぎょっと目を見開いた時、アニスは呪文を唱えた。
「妖精の王、ローワンよ、あなたが最も憎んでいる、なりたくない動物に変化せよっ」
アニスが両手いっぱいに魔法を放出する。
ローワン目がけて魔法がかかり、彼は息ができないほどの力に圧倒されて吹き飛んだ。
後ろに吹き飛び、ローワンが苦しそうに悶え始める。やがて、彼の体は変化していった。
ジョーンズは身動きできず、呆然として見つめている。変化を終えたローワンが起き上がった時、彼の体は毛むくじゃらの獣になっていた。
ぼさぼさの毛並みの痩せた薄汚い黒い狼だった。言葉も話せず、ローワンはその場で硬直している。
「なんてことを…」
ジョーンズが呟いた。
アニスの目から涙があふれ出した。
みじめで悲しくて何がどうして自分をここまで追い詰めたのか、アニスは苦しさに息ができなかった。
だが、どうしても憎しみから逃れられなかった。
「アニス、今すぐに魔法を解くんだ」
「いいえっ」
アニスは抵抗した。
「アニスっ」
「できないわ。彼だけが幸せになるなんて、わたしが許さない。わたしが間違った事をしていたとしても、許せないのっ」
アニスが悲痛に叫んだ。
「アニス、せめて、彼に言葉を、言葉を与えてくれ」
ジョーンズが説得をする。
アニスは、羽を抱きしめてから、唇を噛んだ。
「では…アザミの妖精、シスルよ。ここへ参りなさい」
アニスが呼び寄せると、城から呼ばれたシスルがすっと現れた。
彼女はきょとんとして辺りを見渡している。
「ここはどこ? アニス…その姿は一体…?」
混乱しているシスルの言葉を無視して、アニスは呪文を唱えた。
「シスルの糸を織って作ったシャツを身につければ、一時的に魔法が解けて彼は人間の姿に戻る事ができます。しかし、シャツ一枚につき、一度だけしか魔法は解けません。そしてローワン、全て、自分で行うのです」
「彼は狼だぞっ」
ジョーンズが冗談じゃない、と大声を出す。
「知ったことじゃないわっ」
アニスは言い返した。
ローワンは小さく震えるようにうずくまった。
「この狼は?」
シスルが困惑している。
「わたしは南へ行きます。魔法は彼が反省したらいつか解けるでしょう」
「アニスっ」
アニスがふわっと飛び上がると、一瞬で姿が見えなくなった。
ジョーンズは、この別れ方はあんまりだ、と叫んだ。




