白の使い魔
「フェンネルっ」
ジョーンズが振り向くと、フェンネルも怖い顔で見ていた。
「アニスは本当に大丈夫なんだろうなっ」
「…ああ」
あの繭は彼女に反応した。必ず中にはアニスの肉塊が入っているはずだった。しかし、今までの復活とは少し違う。
フェンネルは自分の腕にいるアレイスター城主を見つめた。
「答えは彼が知っているのかもしれない…」
「え?」
フェンネルは、くるりと振り向くと妖精の女王を見つめた。彼女は今にも倒れそうで青白い顔をしている。
「ナーダス」
「はい」
「妖精の女王をお助けしよう。だいぶお疲れのようだ」
ローワンがびっくりしてラベンダーを見つめる。その瞬間、糸が切れたようにラベンダーがふらりと傾いた。隣にいたナーダスがすぐに受け止める。
ローワンは自分が助けたかったが、まだ、眠っているリリーオブのせいで何もできなかった。
「おい、乱暴に扱うんじゃねえぞ」
ナーダスは冷たくローワンを一瞥した。
「君に言われたくない」
「ナーダスは城へ戻り、彼女を介抱してさしあげろ。わたしとジョーンズはここに残る」
ラベンダーは、ナーダスの腕の中でフェンネルの声を聞いていた。口を動かしたが、うまくいかなかった。
アニスのそばを離れたくない。
しかし、揺られながら、自分の体は城へと連れて行かれたのが分かった。
「後少しの辛抱だから」
ナーダスが優しく声をかけてくれる。ラベンダーは小さく頷いた。
「少し眠った方がいい」
「重いでしょ?」
「いいや」
ナーダスが笑う。ラベンダーは穏やかな気持ちになれた。
ローワンはどうしたのだろう。いつもなら、他人に触らせないのに。そう思った所で、リリーオブがいるからだわ、と思いだした。
「ありがとう…」
ラベンダーは呟いて目を閉じた。
次に気がついた時には、ラベンダーはベッドの中にいた。
だいぶ気分がいい。
起き上がって周りを見渡した。見知らぬ部屋だったが、清潔に整えられたシーツに、誰かが着替えをさせてくれたのだろう。淡い空色のリネンのナイトドレスを身にまとっている。
ラベンダーはマットレスに手を突いて立ち上がった。窓辺に近寄り、カーテンを開けて外を見ると真っ暗だった。
眠ってしまったらしい。アニスはどうなったのだろう。
気になって仕方なかったが、今、動いてもただの足でまといでしかない。
力が弱っている。
ラベンダーは肩を落として、ベッドに腰かけた。しかし、力がないからといってアニスを放っておくわけにはいかなかった。自分にできる事があれば何でもしたい。
顔を上げると、窓の外をコツコツと叩く音がする。ラベンダーはびくっと肩を揺らした。
「誰?」
おそるおそるカーテンをめくると、白いフクロウが旋回をしている。
「あら」
ラベンダーは声を弾ませて、すぐに窓を開けた。白いフクロウが中へ飛び込んできた。
「なんて綺麗なの。あなたは、誰かの使い魔ね」
すぐに普通のフクロウではないことに気付いた。
「ああ、あの白い魔法使いの使い魔だわ」
フクロウは頷いて、ベッドのヘッドボートに止まった。
――わたしは、エルダー。
彼女の言葉が心に響いた
「初めまして、エルダー」
ラベンダーはにっこりとほほ笑んだ。
――フェンネルの伝言です。
瞬間、ラベンダーは顔をこわばらせた。
――アレイスターの未来は、あなたの選択にかかっています。
「ああ…」
ラベンダーはもう一度、意識を失いそうになった。ふらふらとベッドに座り込む。
――大丈夫ですか?
エルダーがそっと羽ばたいてラベンダーのそばに降り立った。
ラベンダーはかすかに頷いた。
――アレイスターを正しい道へ導くことができるのは、サマークイーンのみ。ですが、あなたには選択することができます。妖精の女王でいるか、サマークイーンとなるか。
「でも、サマークイーンになれば、ウインタークイーンも誕生しなくてはならないわ。誰か候補がいるの?」
エルダーは首を振った。
――わたしにできる事はあなたに伝えることだけです。
エルダーはそれだけ言うと、さっと翼を広げた。空いた窓から再び外へと飛び去る。
ラベンダーは茫然とそれを見送った。
サマークイーン。
恐れていた事を突きつけられた気がした。
ラベンダーの両親は、特殊な結婚をしていた。
ラベンダーの母親が、サマークイーンだったのである。
妖精の王である父は、母を見初め、彼女を妖精の国へと連れ帰った。
母親はラベンダーを生んで間もなく亡くなり、ラベンダーは選択を迫られた。
サマークイーンとなるか、妖精の女王となるか。
選ぶまでもなくラベンダーは、妖精の女王となった。
ローワンがいたからである。
妖精の王となる者は血筋でなく、たぐいまれな力と跳躍する羽、知性と魅力を兼ね備えた者が王となれる。
王の資格を持って生まれた者は他にも数名いたが、その中で一番すぐれていたのが、ローワンだった。
ローワンとは幼いころから一緒に城で育ち、ラベンダーは彼が王になることが分かっていた。
彼をしのぐ者はこの国にはおらず、彼は絶対の力を持って王となった。
幼いころからローワンを見つめ、彼と結婚できる自分が誇らしく幸せだった。しかし、父はいつしか母を忘れ、新しい母親を連れてきた時に幸せは終わった。
リリーオブに、特殊な力はない。
しかし、リリーオブは血が繋がっていないとはいえ、彼女は、父親が連れてきた義理の姉である。
もし、ラベンダーがサマークイーンとなれば、リリーオブが次の妖精の女王となるのだろうか。
ラベンダーは、頭が痛くなってきた。
一人で考えるには大きな問題だった。
サマークイーンとなれば、アレイスターを正しい道へと導くことができるかもしれない。けれど、そうなれば、妖精の国を捨てなければならない。
ローワンと別れる。
ラベンダーは、魂が抜けてしまったかのように肩を落とした。
ローワンとの仲はすっかりとこじれている。
それも、自分が悪い事は理解していた。
嫉妬して、勝手に怒っているのはラベンダー自身なのだ。
ラベンダーは顔を押さえた。
「アニス…」
助けて、とラベンダーは小さく呟いた。
「わたし、どうしたらいいの?」
一人ごちながら、アニスもまた苦境に立たされている事も理解していた。
ラベンダーは、アニスの未来を知っていた。
ラーラの書には、こう書いてあった。
――サマークイーンが復活する時には、ウインタークイーンも復活するであろう。
アニスが、ウインタークイーンとなるのだ。
温かい南の国を支配するサマークイーン。
一方では、光りの入らない氷に閉ざされた北の国を支配するウインタークイーン。
母がサマークイーンとして南を統治していた頃、すでにサマーキングは亡くなられていた。母は一人で南を守っていたのだ。
北のウインタークイーンについては、情報は何ひとつ知らない。
自分がサマークイーンを選べば、アニスは閉ざされた氷の世界へと追いやられてしまう。
彼女には愛する男性がいるようだった。
フェンネルのそばにいたたくましい人間の魔法使いだ。
彼は、真実を知らずにアニスの復活を願っている。
アニスを救い、みんなが幸せになれる道はないのだろうか。
ラベンダーは唇を噛みしめた。




