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魔法解除



「ありがとう、ずいぶん体が楽になりました」


 ラベンダーは、ナーダスにお礼を言った。


「アニス」


 ラベンダーは立ち上がろうとしたが、ナーダスがすぐに止めた。


「動かないで、無茶はいけない」

「大丈夫です。それよりもアニスの体が先です。一刻を争うのではなくて?」


 ナーダスはちらりとアニスを見た。アニスの体はだいぶ薄れていた。


「ええ。アニス、あなたは自分の心配をしなくてはならない」

(でも…ラベンダーは大丈夫なの?)

「わたしは大丈夫よ」


 ラベンダーが笑ったが、顔はまだ青白かった。


(なぜ、ラベンダーがこんな目にあうの?)

「アニス、これはわたしの問題だから、あなたは気にしなくていいのよ」

(気になるわ。だって、あなたは大切な人だもの)


 アニスは涙ぐんだ。


 一人ぼっちで助けを求めていた時に、ラベンダーは何も聞かず、温かい手を差し伸べてくれた。彼女を助けなければ、生き返る意味などない。


(あなたが元気になるまでそばにいたいわ)


 ラベンダーは首を横に振った。


「それはわたしのセリフだわ、さあ、あなたの肉体の元へ行きましょう」

「ダメだ」


 ローワンが硬い口調で言った。ラベンダーは初めて彼を見た。


「なぜ?」


 冷たい声にローワンは目を吊り上げた。


「約束したはずだ。この娘をアレイスターに送り届けるだけだと」

「嫌よ」


 ラベンダーはそっぽを向くと、アニスの手を取った。


「アニス、行くわよ」


 ラベンダーは一度ふらついたが、しっかりと立ち上がった。その時、ドアが開いて、着替えをすませたリリーオブが現れた。


「ラベンダー、動いたりして大丈夫なの?」

「ええ」


 ラベンダーは答えながらも、目を見開いた。リリーオブは、赤紫色のスクエアカットのロングドレスを着ていた。


「ローズ姫のドレスだから、胸がきつくて」


 大きい胸がはちきれそうにはみ出している。


「これで隠して、リリーオブ」


 ラベンダーがそう言って手を振ると、黒いショールが現れた。


「…ありがとう」


 リリーオブはいやそうな顔で受け取り、ショールを羽織った。


 アニスは、リリーオブを見て、腸が煮えくりかえりそうだったが、ラベンダーが何も言わないので我慢した。


「いいのよ、アニス」


 アニスの手を軽く撫でて、ナーダスを見た。


「あなたなら知っているのよね、アニスの肉体の場所を」

「ええ」


 ナーダスが頷いた。


「急ぎましょう」


 ナーダスが歩き始める。


「わたしは行かないわ。ここで待っています」


 リリーオブが当然のように言った。


「ねえ、ローワンもいてくださるわよね」


 ローワンの腕に手を置いて甘える声を出したが、彼はリリーオブの手を振りほどいた。


「悪いが、俺はこいつらと一緒に行くよ」

「そんな…」


 リリーオブが不満そうな顔をした。


「なら、私も行くわ」

「好きにしろ」

「では、行きましょう」


 ナーダスは部屋を出て回廊を歩き始めると、朝日の方角を見つめた。その遠くでは、黒い影が空を覆っている。


「あれは?」


 ラベンダーが聞いた。


「フェンネルが張った魔法陣の外側です。あの向こうは黒い闇で覆われている。今も、扉から黒い力を持った者たちが侵入しているでしょう」

(すぐに扉を閉めないといけないわ)


 アニスは力強く言った。


「君の体はフェンネルが守ってくれている」

(お師匠さまが…)


 ナーダスの足は墓地の方へと向かっていた。


「アニス、何か感じられるかい?」


 アニスは首を振った。


(いいえ。妖精の国では強く感じたのだけど、今は何も感じないわ)


 一行は墓地へと着いた。


「ここにあるの?」


 ラベンダーが聞いたが、彼女の顔は真っ青だった。


「大丈夫かい?」


 ナーダスが聞くと、ラベンダーは頷いた。


「ええ…」

「無理をしないで」


 優しく言って、ナーダスは濁った池を眺めた。


「フェンネルの知り合いのマーメイドに、アニスの遺体を隠してもらったんだ。夕べ、フェンネルは墓が荒らされていると言って様子を見に来たんだけど…」


 池は静まり返っている。フェンネルの姿どころか、魚すら見えない。すると、ローワンが池の淵に立ち、投げやりに言った。


「魔法を解除すればいいんだろ」


 池に向かって手のひらを向けた。


「全てを解除せよ」

「待てっ」


 ナーダスがぎょっとしてローワンを止めようとした。その時、一斉に周りの墓地から魔法の力が発せられ、無数の矢が飛んできた。


 ナーダスは杖を振り上げた。


「シーダー、我々を守れ!」


 トン、と杖を振り下ろすと、池の周りを囲んでいたシーダーの木から力が放出され魔法陣を描き、飛んできた矢から守られたが、池の中から泡ぶくが溢れだすと、苔に覆われた棺が飛び出してきた。


「何てことだ…」


 ナーダスが茫然と呟いた。


 どんっと地面に落ちてきた棺には鎖がかけられていたが、空気に触れた途端、朽ちてばらばらになった。


 棺は頑丈にできていた。


 アニスたちは何が起こったのか分からずに困惑していると、池の中から女性が現れた。金髪の美女で、一目でマーメイドだと分かった。


 マーメイドは、作動した魔法を見て顔をしかめた。

さっと手を振り上げると、亡霊たちが消えて静けさが戻る。


「一体、何事? 誰が、魔法を解いたの?」

「それどころじゃないんだ…」

「何言っているのよ」


 マーメイドは、ナーダスを睨んでから、棺に気づいてぎょっとする。


「なぜ、これがここにあるのよ」


 マーメイドはすぐさま手を広げた。

 池の中から蔓が伸びてきて棺を池の中へと引きずり込もうとした。しかし、棺に触れただけで、苔が溶けていった。


「まずいわ」

(この時を待っていた)


 しわがれた声がして、アニスたちが振り向くと、老人が立っていた。

 ぼさぼさの白い髪は長くひげに覆われた頬はこけて、ひどく痩せている。落ちくぼんだ目はぎょろりとしていたが、目に力が宿っておりアニスはぞっとした。


(誰?)

(アニス姫、わしをよく見ていろ)


 老人がにやりと笑うと、棺の中へすーっと入って行った。


「アレイスターを復活させてはいけないっ」


 ナーダスが叫んで棺を破壊しようとした。棺に向かって杖を振り下ろしたが、棺に当たったとたん、体ごと吹き飛ばされる。


「何だってんだっ」


 ローワンが棺を壊そうと手を伸ばしたが、触れることすらできなかった。


 ラベンダーはうつろな目でそれらを眺めており、もう指先すら動かせないでいた。


 何もできずにいるみんなの前で棺の蓋が開いた。

 骸骨が体を折り曲げて横たわっている。

 骨組みはしっかりしており、その骨を覆うように細胞の再生が始まっていた。 しかし、人間の姿ではなく大きな肉の塊のようになっている。


(何が起こるの?)


 アニスは恐怖で震えた。リリーオブは白目を向いて意識を失ってしまった。


「初代アレイスターが復活するのよ…」


 マーメイドが呟いた。


「なんで骨が残っているんだ」


 ローワンがいらいらしたように言った。

 ナーダスが起き上がって説明をした。


「アレイスターを破壊することはできなかった。だから、復活できないように、生まれ変わることのできなかった魔法使いたちを囲ませて魔法を仕掛けた」

「それを俺が解除したってわけか」


 ローワンが鼻で笑った。


「全く面倒くさいことをしてくれる」

「まさか、君がそんなに乱暴な男だなんて誰が思う」

「ふん」


 ナーダスとローワンが言い争っている。アニスは、ローズの祖先にそんな秘密が隠されているとは知らなかった。


 ラベンダーが言っていたことは本当だったのだ。


(アレイスターが復活したらどうなるの? それは悪いことなの?)


 アニスが尋ねると、ナーダスが息をついた。


「はっきりは分からないが、アレイスターは、生前に魔女や魔法使いを生産する方法を考えてきた。彼が生まれ変わって、また、たくさんの魔法使いたちを虐殺するようなら、絶対に阻止しなくてはならない」

「復活できる魔法使いは本当に少ないわ」


 マーメイドが言った。


「フェンネルもその一人よ」

(お師匠さまはどこに?)

「あなたの遺体を守っているわ」

(どうしたらいいの?)


 次々といろんなことが起きていく。アニスは自分の復活どころではないと思った。

 迷っているうちに、アレイスターの肉の塊が蠢き始めた。

 アニスは息を呑んだ。

 塊にひびが入り、それを突き破って指が出てきた。白くて小さな指だった。


「あれは一体…?」


 マーメイドが眉をひそめた。人々は、思わず一歩後ずさりした。

 白い小さい指が出た後、白金の薄い髪の毛をした裸の赤ん坊が塊から這い出てきた。

 全員、唖然とした。

 男の赤ん坊は中から這い出てくると、ごろりと地面に横たわった。ぴくりとも動かない。


「殺さなきゃ…」


 マーメイドが呟いた。


「え?」


 ラベンダーがマーメイドを見た。


「今、なんて言ったの?」

「今よ、今なら殺せるわ」

「ダメよ」


 ラベンダーはすぐさま反論した。


「赤ちゃんよ、まだ、目も見えていないのよ」

「だからよ」

「いいえっ」


 ラベンダーは薄紫の衣をさっと出すと、アレイスターの肉の塊から出てきた赤ん坊をくるんで抱きしめた。






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