到着
「いい加減、泣くのはよせ」
山を越えた所で、懐かしいアレイスター城が見えても、ラベンダーは目を覚まさなかった。
アニスは心配でたまらずローワンに怒鳴られても平気だった。早くラベンダーを助けたい一心だった。
ローワンは、アレイスター城の入り口に来ると、アニスとリリーオブを下ろし、すぐさま城門を叩いた。
「開けろ、今すぐここを開けるんだっ」
今にも扉を壊しかねない勢いだ。すぐに門が開き、執事が現れた。
(チャールズっ)
アニスは、見知った顔を見て声を出したが、彼には見えていなかった。
チャールズは、ローワンを見上げて震えあがった。
「な、何ですかあなた方は?」
ローワンは妖精の姿を隠していたが、普通の人間では有り得ないくらい大柄なので、180センチはあるチャールズも、ローワンを見上げて驚いている。
「今、主人は不在でございまして…」
ローワンは、ラベンダーを抱いたまま強引に城の中に入った。後にリリーオブが続く。アニスも追ったが、危うく扉が閉まりそうになって慌てた。
チャールズは、ローワンのような大男が相手ではどうにもならないと思ったのだろう。入口の呼び鈴を鳴らした。どこからか使用人が現れたが、ローワンは彼らを一瞥しただけで、中へと押し進んだ。
ロング・ギャラリーにある立派なソファにラベンダーをそっと寝かせる。
「医者を呼べ」
ローワンが吠えたが、使用人たちは何が何だか分からずおどおどしているばかりだ。そこへ、のんびりとローズが現れた。
「何事です?」
(ローズっ)
アニスが駆け寄ったが、当然、ローズには見えない。
「まあ、あなた方はどなた?」
「お前らの仲間のアニスを助けたら、こんな目に遭った」
「そんな、アニスは亡くなったのよ? あり得ないわ」
ローズは、手を合わせると悲しそうな顔で言った。
アニスは目の前にいるのに、分かってもらえず悔しくて唇を噛んだ。
(ローズ、ラベンダーを助けてあげて、医者を呼んで)
聞こえないと分かっていたが、叫んだ時、さらに使用人が増えてその中にナーダスが混じっていた。
(ナーダスっ)
アニスが飛びつくと、彼はぎょっとした顔で後ずさりした。
「まさか、アニスっ?」
魔術師には見えるのだ。アニスは、彼のローブにしがみついた。
(ラベンダーの意識が戻らないの、お願い助けてあげて)
「君、その髪型はどうしたんだ」
ナーダスが手を伸ばして、短い髪に触れる。
「ばっさりやられている。何があったんだい? いや、それよりも、君は早く肉体へ戻らなくては」
(いいえ、それよりも、ラベンダーが先よ)
アニスの必死なさまに、ナーダスはようやく事の次第が分かったようだ。
ソファで眠るラベンダーに近寄る。
「なんて綺麗な人だ…」
(妖精の王女様よ)
ナーダスが触れようとすると、ローワンがその手を振り払った。
「触るな」
「あなたは?」
ナーダスが手をさすってローワンを睨む。
「こいつの夫だ。早く医者を呼べ」
「眠っているだけのように見えますが」
(でも、騎馬隊に投げ飛ばされたのよ)
「えっ」
ラベンダーの顔色は真っ白だったが、外傷があるようには見えなかった。
ナーダスは、シスルを呼んだ。
シスルは、ふわふわと飛んできた。
「お呼びになりまして? まあっ」
シスルは、アニスを見ると目を丸くしたが、次にラベンダーを見て仰天した。
「王女様、なんてことっ」
「外傷がないか、調べてほしいんだ」
シスルは体を震わせ、おそるおそる近づいた。アザミの花びらをラベンダーの体に振りかける。しかし、アザミは光らなかった。
「外傷はありませんわ」
「確かかっ」
ローワンが叫ぶと、シスルはびくっと震えあがった。
シスルは傍らに王がいることに気づいて、あんぐり口を開けた。
「まさか、王様まで…」
「おい、質問に答えろ」
ローワンの大声にシスルが小さくなる。
「は、はい、王様、間違いありません」
「そんなはずはない」
ローワンは納得がいかず、シスルに詰め寄った。
「ですが……」
「ローワン、そんなに怒鳴っては皆さまがかわいそうよ」
リリーオブがのんびりと言って、胸の間から小瓶を取り出した。
「彼女はアルコールが抜けたのよ」
「なんだって?」
ローワンが恐ろしい顔でリリーオブを睨んだ。
「今、なんと言った」
「ワインを飲めば目が覚めるわ」
「貸してください」
ナーダスが小瓶に手を伸ばすと、リリーオブはそれを遮った。
「触らないでくださる?」
「意識のない人に飲み物を与えるなんて、ましてやお酒なんてありえません」
「匂いを嗅いだら目を覚ますわ」
「まさか」
ナーダスは呆れたように言ったが、リリーオブは勝手に蓋を開けるとラベンダーの鼻の近くへ持っていく。
匂いを嗅いだラベンダーがうめいた。
(ラベンダーっ)
アニスより先にローワンの方が早く、ラベンダーを腕に抱き起こした。
「ローワン…?」
「ああ、大丈夫か?」
「少し、めまいがするけど…」
ラベンダーは頭を押さえた。
「喉が渇いたわ」
「シスル、アンゼリカ茶を用意して」
「はいっ」
ナーダスの言葉を聞いて、シスルが返事をするや否や飛んでいった。
「リリーオブ、それを俺に渡せ」
ローワンがすごみのある顔でリリーオブに言った。
リリーオブは、さっと小瓶を胸に隠した。
「嫌よ」
しかし、ローワンは、無理強いせず舌打ちをしただけだった。
「いいか、金輪際、こいつにおかしなものを飲ませるんじゃないぞ」
「ただのワインじゃない」
リリーオブは、肩をすくめた。
「ねえ、それより何かドレスを貸してくださらない。わたし、こんな薄着で恥ずかしいわ」
リリーオブは、今頃になってナイトドレス姿でいることに恥らしさを見せた。
チャールズがメイドを呼び、どこか別の部屋へと誘導して行く。
「アニス…」
ラベンダーが手を伸ばし、アニスを呼んだ。
「早く行って、あなたの肉体が呼んでいるのでしょう」
(ええ、でも、あなたをこのままにして行けないわ)
そこへ、シスルがトレーを持って戻って来てナーダスに渡した。
ナーダスがハーブティーに呪文を唱えた。
「太陽のハーブ、アンゼリカ。治癒・治療の力を持って、王女の老廃物を全て取り除いてほしい。さ、これを飲んで」
「おい、何をする」
ローワンがいつものごとく遮ろうとする。
「彼女は、毒を盛られています」
「は?」
「大丈夫、ただの毒消しです」
ローワンはおとなしく引き下がったが、顔は青ざめていた。
ナーダスは、ローワンがおとなしくなった間に、どこからか試験管を取りだした。彼女のひとさし指を取り小さく傷をつけると、指先から溢れだした血を試験管に入れた。
ナーダスが、シスルからアザミの花びらを受け取ると、中に放り込んだ。花びらは溶けてしまった。
「見てください。普通なら花びらは血液で溶けたりしません。毒の濃度がこんなに混じっている。きっと幻覚が見えていたはずです」
ラベンダーは、穏やかに呼吸をしている。
「彼女は治癒能力で必死に戦っていたのでしょう。けれど、限界がきていた」
「そんなバカな……」
ローワンには信じられないようだったが、アニスはそばで、ラベンダーの苦しむさまを見てきた。
(ナーダスの言うことは本当だと思うわ)
アニスが言うと、ローワンに睨まれた。アニスは負けじと睨み返した。
「やめて…アニス…」
ラベンダーの声がして、アニスは口をつぐんだ。




