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白鷺の群れ





 エヴァンジェリンが魚を捕えて、頭上へ上がったのを追いかけたジョーンズは、警戒しながら辺りを窺った。

 そして、顔を出したとたん、鋭い攻撃を受けた。


 黒い矢が目の前を通過していく。


 実体でなければ、胸を貫かれていたかもしれない。

 気がつけば、魔法使いに池は取り囲まれていた。


 全て幽霊だ。


(エヴァンジェリン!)


 ジョーンズは使い魔の名を呼んだが、彼女の姿が見えない。


(待ってくれ、僕はアレイスターを復活させる気など…。わっ)


 容赦なく攻撃が始まり、ジョーンズは再び池の中にもぐりこんだ。しかし、足元にも無数の骸骨がジョーンズの足首をとらえ引きずり込もうとしている。


 ジョーンズは外へ飛び出し、地面へと回転しながら転がり出た。


 実体に戻るべきか逡巡する。


 戻ったとしてもすぐに攻撃され、今度こそダメかも知れない。

 光る魚をくわえたエヴァンジェリンはどこへ行ったのだろう。

 あの魚こそ、アニスの居場所を握る鍵なのに。


 とにかく、ジョーンズは自分の肉体へと向かった。いつまでも肉体から離れていると、なんとなく疲れやすいような気がしていた。


 背後には魔法使いたちの手が伸びてくるが、実体ではないので何とか交わす事ができた。


(ここだ、ここ)


 アレイスターが手招きしている。ジョーンズは夢中で自分の肉体の上に寝転んだ。目を閉じて集中する。


 肉体に戻って目覚めた時、くらくらした。

 鉛のように体が重くてうまく動けない。


 その時、鋭い剣先が目の前をかすった。


 驚いて体を回転させる。膝をついて立とうとしたが、うまく立てなかった。


 気がつけば、幽霊たちに羽交い絞めにされていた。


「くっそう…っ」


 もがけばもがくほど力が込められる。手足を拘束されて動けない。

 何か魔法が使えればいいのに、呪文の言葉など何ひとつ知らないのだ。


 目の前に、青白い幽霊の魔法使いが現れた。表情は怒りを押し殺したような顔をしていた。


(心臓をくり抜かれたいか)


 男の低い声が耳元で聞こえた。いつの間にか背後に立っている。背筋が震えた。


「いや…」

(そうだろうな。まだ、未熟者らしいから、お前が死んでも復活は不可能だ)

「聞いてくれ。僕はただ、アニスの肉体を探すために池の中に潜っただけだ。アレイスター城主とは全くの無関係なんだ」

(みんな、そう言う)


 くっくと男は笑った。


 話しにならない。


 ジョーンズは背中がぐっしょりと濡れているのを感じた。


 息をするのもやっとで、周りを見渡せば、恨みのこもった目で見つめられていた。


 しかし、ここで死ぬわけにはいかない。なんとしてでもアニスを復活させるのだ。


 アニス! 


 彼女をこんなおぞましい場所で復活させるのか。


 幽霊に取り囲まれ、腐敗した自分の肉体から新たに生まれてくるのか。

 彼の迷いが幽霊たちに通じたのだろうか。


 魔法使いは顔を近づけると、冷たい息をジョーンズに吹きかけた。


 体が凍るように冷たくなる。唇が震えだし、手先に力が入らない。


 ジョーンズはぐったりして、意識を失いそうになった。


(殺せっ)


 左右から声がする。


(手足を引きちぎれっ)


 両手が引き延ばされ、片方の腕が脱臼して、あまりの痛みにジョーンズが悲鳴を上げた。


(色男の目玉はあたしがいただくよ)


 女のかすれ声がして薄目を開けると、白い髪の女が指を伸ばし、ジョーンズの目をくり抜こうとニヤニヤしている。


 ジョーンズは必死で顔を背けた。すると、ぎゃっと悲鳴が上がって魔女が後ずさりした。


 頭上で、ガアーガアーっとけたたましい声が無数に聞こえたかと思うと、羽音が聞こえた。


 目を開けると、白鷺が自分を取り囲んでいる。


「エヴァンジェリン…」

 一羽の白鷺の白い羽には鋭い矢じりが刺さって血に染まり、真っ赤だった。しかし、彼女はジョーンズを守るように羽を広げて魔女たちを威嚇している。


 顔を上げると、空が真っ白になるほどの数の白鷺が飛んでいて、ジョーンズの周りにも数十羽はいた。


「仲間を呼んでくれたんだね」


 鋭いくちばしで魔女たちを威嚇して、突いて交戦する。すると、すうっと魔法使いが消えて、たった一人だけが残った。


「フェンネル…」


 ジョーンズは、アニスの師匠、白い魔法使いを見つめた。


 フェンネルは険しい顔をしていたが、ジョーンズの肩に手を置いて、脱臼した肩を元に戻した。


 ジョーンズは顔をしかめ、ケガをした腕を抱いて立ち上がった。


「君は、なんてことをしてくれたんだ」


 フェンネルが硬い声で言った。


「僕は間違ったことはしていません…」


 きっぱりと答えた。


「アニスは死んでいないんです」

「君は見ていないからそんな勝手が言えるんだ」

「ええ、見ていないから、信じられないんです。僕のアニスを返してください」


 ジョーンズが言うと、フェンネルが眉を吊り上げて、せせら笑いをした。


「君のアニス? アニスが入れ替わっていたことにも気付かなかったのに」


 ジョーンズは握りこぶしをした。


 何を言われてもアニスのためにじっと我慢した。すると、血で赤く染まった白鷺がすっと出てきて口にくわえていた魚を差し出した。


「エヴァンジェリン…」


 差し出された魚は動いていない。


「死んでいる?」

「それはアニスじゃないよ。間違いなく」


 フェンネルが見下したように呟いた。

 ジョーンズが魚を手のひらに乗せると、ぴくりと魚が動いた。


「では、アニスはどこにいるんです。会わせてください」


 ジョーンズは、魚をじっと見つめた。うろこが一枚だけ光っている。汚れでもついているのだろうか。

 目を凝らして青い光を放つ鱗をそっとこすると、魚が飛び跳ねた。


「わっ」


 ジョーンズが驚くと、魚は池の中へ飛び込んでしまった。

 フェンネルの顔がこわばり、後ろに下がる。


 池の中から泡ぶくが出てきて、ぬーっと頭が現れた。


 金髪の若い女性が顔を出し、緑色の大きな瞳でジョーンズを見つめた。


 黒い池の中から現れた美女は、上半身裸だった。健康的な肌をしていたが、人間ではなかった。

 胸元には、しずく型の無色透明のクォーツクリスタルのネックレスをつけている。


「扉を叩いたのは誰?」


 女が言う。甘く柔らかい声だった。


 フェンネルが素早く答えた。


「この男だ」


 ジョーンズを指さし、自分はそっぽを向く。

 女の体が岸辺に寄り、両手をついて体を起こした。ジョーンズは息を呑んで彼女の姿を見つめた。


 初めてマーメイドを見た。

 下半身の尾びれは青く、鱗が昇って来た朝日に反射して光っている。


「名前は?」

「僕は…ジョーンズ・グレイ」

「わたしは見ての通りマーメイドよ」


 人魚はにやりと笑った。


(そうか、魔女をマーメイドの棲みかに隠したな)


 アレイスターが現れて、にたにたと笑った。フェンネルが悔しそうな顔でアレイスターを睨んだ。


「やはりあなただったか、アレイスター卿」

(お前らが何もせんから、手伝ったまでだ)


 にやりと笑うアレイスターに、何も言えずフェンネルは息を吐いた。


 ジョーンズは、マーメイドを見て驚いた。


「あなたの所にアニスはいるのですか?」

「魔女のことね。ええ、いるわ」


 マーメイドはじろじろとジョーンズを見た。


「あなたはあの魔女のなんなの?」

「僕は…」


 ジョーンズはためらった。今さら、彼女の婚約者などとは言えない。


「アニスの友人です」

「ふうん…」


 マーメイドは顎に手を当てて、何やら考えていたが、頷いた。


「いいわ、連れて行ってあげる」


 ジョーンズの顔がぱっと明るくなった。


「感謝します」


 ジョーンズがお礼を言うと、マーメイドはにっこりと頷いた。


「案内するわ」

「待ってくれ」


 フェンネルが慌てて止めに入った。


「魂が戻っていない」

「魂が戻っていないとはどういうことですか?」


 ジョーンズが険しい顔でフェンネルを睨んだ。フェンネルはバツの悪い顔で大きく息を吐いた。


「肉体が朽ちた後、アニスの魂はどこかへ飛んでしまったらしい。今、復活するのは無理なんだ」

「どうしてそれを早く言ってくれないんですか」

「あの時、君はただの人間だった。それに、なかなか目覚めなかった」


 ナーダスは、アニスは死んだ、もう生き返らないの一点張りだった。


「では、あなた方はアニスを復活させる気はあったのですね」

「当たり前だ」


 フェンネルがむっつりと答える。ジョーンズはあやうく怒鳴りそうになった。


「どうでもいいけど、早くしてよ」


 マーメイドがしびれを切らして急かす。


「アニスの魂は必ずここへやってくるはずだ。一緒に行かなければ意味がない」

「いつまで待てばいいの?」


 マーメイドは短気らしい。腕を組んでフェンネルを睨んだ。


「わたしは待つのが嫌いなの」

「貴様のせいだぞ」


 フェンネルは、マーメイドには勝てないらしい。大きなため息を吐いた。


「分かった。行こう」


 ジョーンズは、傍らにたたずむ傷ついた白鷺を見た。


「少しだけ待ってください、エヴァンジェリンのケガを先になんとかできませんか?」





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