おせっかい
ジョーンズは、アニスの後ろ姿をじっと見つめて大きく息をついた。
生意気だが目を離せない。
謎に満ちた女性だ。
突然、ぼろぼろの馬車が現れて、しかも、中には女性が二人だけ。
初めてアニスの姿を見た時の衝撃は忘れられなかった。
濡れネズミの彼女は半裸状態で、目のやり場に困ってしまった。
ほっそりした手足と金髪は乱れて、白い体が震える姿を見れば、手を差し伸べずにはいられなかった。
ところが彼女は自分たちを見た瞬間、険しい顔になり愛らしい口が開いたかと思うと、無礼な言葉が飛び出した。
あれでは、誰もが不快に感じるのは当然だった。
とにかく、あの時のアニスは生意気で、一瞬、かかわるまいと思ったのだが、追いすがってきた顔を見ると、自制するのも辛いほど体が熱くなった。
とにかく体のラインだけでも隠してもらおうと本人に伝えると、あまりに恥ずかしかったのだろう、急におとなしくなった。
しおらしくなったり、怒り出したりと感情に起伏はあったが、おそらく彼女はローズを守ろうと必死だったのだろう。
彼女は何者だろう。
精霊、悪い者、使い魔と言った単語を聞いていると、魔法の国から来たのかも知れない。
とにかく、アニスの事をもっと知りたい。
女性に対してこんなに興味を持った事はなかった。まだ、結婚相手もいないジョーンズは久々に心が燃えた。
明日の朝が楽しみだった。何としても、アニスをカッシアまで連れて帰りたいと思った。
翌朝、ジョーンズは早めに起きて、アニスのテントをのぞきに行った。
まだ、寝ているだろうと思っていたが、アニスはすでに起きていて外の空気を吸っていた。
「あら、おはよう。ジョーンズ」
ジョーンズは、女性がこんなに早く起きるのはあまり見たことがなくて内心、驚いていた。
「おはよう、アニス。君はずいぶん早起きなんだね」
「まあね、夕べはありがとう。何時頃出発するの?」
アニスは大きく背伸びしている。コットンのドレスに身を包んだ姿は、男もののシャツよりずっと似合っている。風が吹くとすそがなびいて、彼女の細い足首がのぞいた。当然、裸足のままだ。
ジョーンズは、アニスの足元から視線を外した。
「せめて、皆が朝食を食べてからだな」
「お日様が昇ってしばらく経ったわ。皆、寝ぼすけね」
「起きているはずだよ」
「わたしが一番だったもの」
アニスは澄ました顔で答えた。ジョーンズはどう答えていいか分からなかった。
「見張りがいなかったか?」
「寝てたわ」
「そんなはずはない」
怪訝な顔をしたが、アニスは肩をすくめた。
「ローズはまだ起きないから、彼女の朝食はいらないわ。朝は弱いのよ」
「君の馬車に馬をつないでいこうと思う。それに乗って移動しよう」
「ああ、ジョーンズ、本当に助かるわ」
アニスが駆け寄って来て、ジョーンズの体をそっと抱きしめた。
突然の事で、ジョーンズは驚いた。
あっけにとられてから、アニスを叱った。
「君は誰にでも抱きついたりするのか」
「しないわよ」
アニスがむっとする。
「あら、でも、あなたにはしたわね。今後、気をつけるわ」
手をひらひら振ってなんでもない顔をする。ジョーンズは顔を険しくさせた。
「若い女性が、誰にでも抱きつくんじゃない」
「だから、しないって」
昨日会ったばかりの年下の女性から、こんな扱いを受けるのも初めてだった。しかし、悪い気はしない。
アニスは、にっこり笑うと大きく息を吸い込んだ。
「とっても気持ちがいいわ。空気が新鮮ね」
朝日に照らされた彼女は美しかった。
頬は薔薇色になり、腰まである白金の髪はさらさらと風に揺れている。
ジョーンズは何も言えず、黙って彼女を見つめていた。その時、アニスが顔をしかめた。
「やだ、夕べあんなに食べたのに、お腹空いたわ」
「大したものはないんだが…。それよりも」
「え?」
ジョーンズはアニスに近寄ると、すっとしゃがみ込んだ。
「足の裏を見せてみろ」
「またなの? しつこい人ね」
アニスが後じさりするのをつかまえる。
「きゃっ」
「やっぱり」
ジョーンズは呆れて言った。
「ここは砂利ばかりで、君のやわな足にはかなりの負担がかかっていたはずだよ」
「平気だってば」
ジョーンズは有無を言わさず、アニスの足の裏を確かめた。
昨日とは打って変わって赤くなり、薄皮が向けている部分があった。さっと自分のブーツを脱いで彼女に履かせた。
当然のことながら、ぶかぶかだった。
彼女は文句を言わなかった。
「おせっかい…」
と、小さな声が聞こえた。