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婚約解消




 ジョーンズは、タンジーに寄り添い肩を抱いた。


「何?」

「今夜はここで眠るよ」

「なぜ?」


 タンジーは驚いていたが、疲れているのか、抵抗しなかった。


「わたしはもう逃げないわよ。だって、あなたがノアを飲み込んだんだもの、何があっても離れないわ」


 離れないと言われて、どきりとする。ジョーンズは体が熱くなった。


「なら、なおさら、僕は一緒にいるよ」

「ジョーンズ」


 タンジーが改めた声で言った。


「いいの? 本当に。アニスのこと好きだったのでしょう?」


 ジョーンズは、タンジーの黒髪を撫でた。タンジーが気持ちよさそうに目を閉じる。


「あなたの手は魔法の手かしら」


 すごく気持ちがいいの、とタンジーの声が小さくなった。タンジーは、腕の中で眠ってしまっていた。

 

 ジョーンズは、不思議な気持ちにとらわれていた。タンジーのセリフが、以前のアニスの言葉とかぶる。


「タンジー、君は何者だい?」


 話しかけたが、彼女はすっかり夢の中だった。





 タンジーを眺めていると、彼女の赤い唇にキスしたくなった。吸い寄せられるように顔を近付ける。

 キスをして目が覚めるかと思ったが、彼女は深い寝息を立てている。

 よほど、疲れたのだろう。

 抱きしめて隣に眠ると、自分もすぐに睡魔に襲われた。


 ジョーンズは、タンジーを抱きしめたまま眠ってしまっていた。


 目を覚ました時、彼女はまだ腕の中にいた。


 小さな唇から吐息が聞こえる。まだ、結婚もしていないのに、どうしても触れずにいられない。

 もう一度、軽くキスをした。


 タンジーは目を覚まさなかった。

 柔らかい唇は甘い味がするみたいに気持ちがいい。

 触れたり啄ばんだりしていると、タンジーが目を覚ました。


「何? 何なの?」


 両手で押し返される。


「僕だよ」

「ジョーンズ…」


 驚いた、とタンジーが胸を押さえた。


「わたし、寝てしまったのね」

「ああ」

「何かした?」

「まさか」


 ジョーンズは肩をすくめた。

 タンジーには見えていないだろうが、彼女は安堵したように息をついた。


「そうよね」

「朝食をもらってくるよ。ここで食べるだろ?」

「いいえ」


 タンジーは首を振った。


「みんなと一緒がいい」

「分かった」


 タンジーが起き上がるのを手伝おうとしたが、彼女は一人で起きようとした。


「見えているのかい?」

「見えないけど、耳はすごくいいのよ」


 タンジーは、にっこりと笑った。


「ただ、ドアがどちらにあるか分からないわ」

「手伝うよ」


 ジョーンズとタンジーは部屋を出て、ロビーへと向かった。

 ロビーには、マイケルとロイ、デニスが朝食を食べていた。


「おはよう」

「おはよう。タンジー、ジョーンズ」


 挨拶をしてイスに座る。タンジーをエスコートすると、三人が首を傾げた。


「どういう風の吹きまわしだい?」

「みんなに大切な話がある」

「ジョーンズ、待って」


 タンジーがそれを止めた。


「先に食事をすませましょう。それと、アニスにきちんと話してからにして」


 ジョーンズは今すぐに報告したかったが、タンジーがそう言うのなら、従うしかなかった。


「分かったよ」


 ゆで卵、ベーコン、ソーセージ、トマトにマッシュルーム、マーマレードとスコーンに、プティングにロールパンと、紅茶。テーブルにはいろいろ用意してあった。


「こんなに誰が食べるんだ?」

「当然、俺たちさ、ようやく戻れるんだから、食べておかないとね」


 マイケルがうきうきと答えた。


「おいしそうね、さっきからいい匂いがするもの」

「俺が、選んでやるよ」


 ロイがかいがいしく、タンジーの皿に盛り付けている。


「ほら、フォークを持って」

「ありがとう、ロイ」


 タンジーはロイと仲がいい。ジョーンズは思わず顔をしかめた。


「ロイ、タンジーに近づき過ぎだ」

「は?」


 ロイがきょとんとする。


「ロイ、ジョーンズにもしてあげて」

「いい、自分でするよ」


 ジョーンズは皿を取って、自分の好きなスコーンとベーコンエッグを取り分けた。



 四人が食事を済ませた頃に、テーブルにメイドが寄って来た。


「ミスター・グレイはいらっしゃいますか?」

「僕だが」

「お客様がお呼びです」

「一体誰だ?」


 ジョーンズは紅茶を置いて、あっと思った。きっと、ミモザが呼んでいるのだ。


 ジョーンズはなるべくゆっくりと朝食を食べ終えてから、アニスの部屋へと急いだ。


 タンジーは心配そうな顔をしていたが、安心させるように彼女の黒髪にキスをすると、隣で見ていたマイケルが怪訝そうにしていた。



 二階にアニスたちが借りた部屋があり、ノックをすると、お入りくださいとミモザの声がした。


 二人は部屋で朝食を済ませて、紅茶を飲んでいた。

 ジョーンズが部屋に入ると、アニスが飛びついて来た。


「おはよう、アニス」

「おはよう、ジョーンズ」


 ジョーンズの胸に抱きついて、くんくんと匂いを嗅いでいる。


「なんて、いい匂い」


 えへん、とミモザが咳をした。


「ミスター・グレイ、お呼びたてして申し訳ありません。もう、朝食はお済ですか?」

「ええ」

「結構。では、すぐに出発しますね」

「そのことですが、突然で申し訳ないのですが、アニスとの婚約を解消したいのです」


 それを聞いたとたん、ミモザが無言で立ち上がり、ジョーンズに近寄って来た。


「今、なんとおっしゃいました?」


 ジョーンズはごくりと喉を鳴らした。


「アニスとは結婚しません」


 不意に、アニスがわーんと泣き始めた。

 子供っぽい泣き声にジョーンズは呆れて口を開けた。


「ひどい、なんてひどいの。あんまりよ」


 ベッドに飛び乗り、肩を震わせる。ミモザはその様子を見つめてから、ジョーンズを見た。

 その目は死んだ者のように、無表情でジョーンズはぞっとした。


「理由は? 結婚できない理由は何ですか?」

「彼女は運命の相手ではない」


 ミモザが目を見開いた。そして、ジョーンズを睨みつけると、黙って部屋を出て行った。

 彼がいなくなったとたん、どっと緊張が解けた。

 アニスはしくしくと泣いている。


「アニス」


 声をかけると、彼女は首を振った。金色の髪は、まだ結ってもおらずぼさぼさのままだ。


「おいで、髪を結ってあげよう。僕には妹がいるんだが、見よう見まねで束ねるくらいはできるよ」

「優しいのね、ジョーンズ」


 アニスはベッドに座ると涙を拭いた。鼻が真っ赤だ。


「どうして結婚してくれないの?」


 髪を優しく撫でると、アニスが言った。


「それ、すっごく気持ちいい。もっとして」


 まるで子供のようだ。

 ジョーンズは苦笑した。




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