誓い
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
タンジーは、兄に返事をしながら思った。
ジョーンズにキスをされた。
なぜ、彼はキスをしたの? でも、ちっとも嬉しくなかった。
同情だろうか。
傷ついた姿を見て、情けをかけたのかもしれない。
そう思うと、やりきれなかった。
同情されるのが、一番嫌だった。
悲しみが胸いっぱいに広がる。こんな気持ちは初めてだ。もう、ジョーンズを追いかけるのはやめる。きっぱりあきらめると決めたのに、彼はなぜか、自分を助けたいと言ってきた。
タンジーはお腹に手を当てた。鍵のありかを確認して、実体化させる。見えないが感じられる。
そばで、ジョーンズが息を飲む音がした。
「それは…どこから出てきたんだ」
「静かに」
タンジーは集中して、鍵の結界を解くと、兄が姿を現した。しかし、タンジーには見えなかった。
「タンジー」
名を呼ばれ、肩を抱き寄せられる。
「どうしてこんな姿に」
タンジーは頬が熱くなった。
「ミモザに…目を奪われたの」
声が震えた。ノアがぐっと肩に力を入れた。
「ミモザが寝返ったのか」
「というよりは、操られているみたい」
「僕のせいだ」
ノアが沈んだ声を出した。
「話が見えないんだが」
ジョーンズが不快な声で言った。
「君がジョーンズだね。初めまして、僕は…タンジーの兄でノアという」
「あなたがタンジーの兄上? 似ていませんね」
「血がつながっていないからかな」
「ノア」
タンジーがたしなめた。
「妹はこの通り、傷ついている。できればもう解放してほしい。それとも、君が守ってくれるというのなら、真実を話してもいいが」
タンジーはぎょっとして目を見開いた。
「兄上、何を言い出すの? ジョーンズには迷惑をかけるつもりはないのよ」
「お前は黙っていなさい」
タンジーは首を振った。まさか、また、話をややこしくするんじゃないでしょうね、と心で毒づく。
「僕は、ずっとタンジーと旅を続けて来ました。彼女にはたくさん助けてもらったのに、冷たく接したことを今は後悔しています。これからは、彼女を守りたい」
ジョーンズの言葉にタンジーは口を挟もうとした。しかい、兄に遮られる。
「命をかけても守ると誓うか」
「ええ」
「兄上っ」
「お前は黙っているんだよ」
ノアが諭すように言った。
「でも…」
「アニスはどうなる? 結婚するんだろ」
ジョーンズは言葉を失ったように思えた。
「忘れていた…」
「忘れていた? こんな重要なことを君は忘れるのか」
「アニスは…」
ジョーンズの声が低くなった。
「アニスについて僕は何も知らない。彼女をもっと知りたいと思っていたのに、やっと会えた彼女は思っていたような女性ではなかった」
「だが、結婚するんだよね」
「婚約しました。彼女と城へ帰ると」
「兄上、もうやめて、ジョーンズを困らせないで」
これ以上話を聞きたくない。ジョーンズは、アニスを選んだのだ。いまさら、やめますなどと言うはずがない。
「少し、時間を頂けないでしょうか。彼女との結婚は先へ延ばします」
「それでは困る。妹か、アニスかどちらか選んで欲しい」
「兄上っ」
タンジーが怒鳴った。
「いい加減にして、ジョーンズが困っているでしょう」
「タンジーを選びます」
「え?」
「僕は、タンジーと結婚します」
タンジーは茫然として声のする方を見た。
「そんな…、ダメよ。どうしてなの? ジョーンズ、そんなことを言ってはいけないわ」
「どうして?」
ジョーンズの優しい声がする。
「あなたはわたしを愛してなどいないのに、アニスはどうなるの? アニスがかわいそうよ」
「さっきと真逆のことを言っている」
ジョーンズがくすっと笑った。
「兄上、わたしは望んでいないのに、どうして、邪魔をするの?」
「妹の幸せを一番に願うのが、家族だよ。アニス」
ノアの言葉にタンジーは胸を打たれた。しかし、どうしても受け入れられない。
「わたしは結婚しません。愛のない結婚は嫌だから」
「ミスター…」
ジョーンズがノアに話しかけた。
「僕のことは、ノアでいいよ」
「ノア。あなたに誓います。僕はタンジーと結婚します。アニスとの結婚は破棄します」
「よかった」
ノアがうれしそうに言った。タンジーは絶望に顔を覆った。
「ダメよ…」
タンジーは言ってから、胸の前で手を組んで祈るような形でジョーンズを見た。
「ジョーンズ、今すぐ撤回して、お願いよ」
「タンジー」
ジョーンズがそっと手を握った。
「心配しないで」
「誓約をしてもらいたい」
ノアの声がした。タンジーは体が震えた。顔を押さえて首を振る。
「誓約ですか」
ジョーンズの戸惑う声がする。
「タンジー、魔法を」
タンジーはきっと目を吊り上げた。
「兄上、わたしを怒らせたいのね。何が愛する家族よ、何もかも自分のためにさせているんでしょう。魂胆が見えてきたわ」
立ち上がり、兄を指さす。指さす方向は全く別だったが。
「魔法なんて、使いません」
タンジーがこんこんと窓に向かって言っている。澄ました顔で、ノアは笑った。
「いいのかな、僕に刃向かうとどうなるか、分かっているはずだろう」
タンジーの眉がピクリとする。ジョーンズは二人の間に入った。
「結婚の誓いをします。それで、許して頂けますか」
「ああ…、お願い、駄目よ」
タンジーが悲壮な声で言った。
「そんなに僕が嫌いかい?」
その逆よ…と小さく答えた。
「……僕を好きなのか?」
「嫌いです」
タンジーの言葉がつれない。
「ま、いいか」
ノアがそばで呟いた。
「結婚の誓いを」
ノアがジョーンズの目を覗き込む。ジョーンズは頷いた。
「タンジー、手を貸して」
「嫌」
「タンジー」
彼女は逃げ出そうとしたが、目が見えないので、どこへ逃げていいのかも分からなかった。
ジョーンズにためらいはなかった。口を開こうとすると、
「待って」
と、タンジーが言った。
「何?」
「アニスに…、きちんと、アニスに結婚を延期すると断ってからにして。でなければ、わたしはあなたとは結婚できない」
「それもそうだな」
ノアが納得する。
ジョーンズは大きな息を吐いた。
「アニスには明日の朝、伝える」
「明日の朝では遅いかもしれない」
ノアが唸った。ジョーンズは首を振った。
「今夜は無理だ。彼女はすでに眠っている」
「仕方ないな…」
ノアは歯がゆそうだった。
「大丈夫ですよ、僕は必ず誓います」
「信じているよ」
ノアが握手を求めてきた。ジョーンズはしっかりとその手を握りしめた。




