奪われた瞳
ジョーンズが部屋を出て行った後、タンジーはうなだれていた顔をそっと上げた。
風の歌だ。わたしを励ましてくれている。
窓の隙間から、かすかだが風が入ってくる。
目が見えない分、感覚が研ぎ澄まされていた。
くよくよしている場合じゃない。大変なことが起きているのだから。
なぜ、アニスとミモザは現れたのだろう。
ミモザに聞けない今、どうやって真実を知ればいいのだろう。
そう思った時、ノックをする音に顔を向けた。
「はい、どうぞ」
「タンジー、俺だ、ロイだ」
「ロイ…」
タンジーは、ドアを開ける呪文を唱えた。ロイの姿は見えないが、きっと驚いているだろう。
「入って、ドアは開けたままにして」
「……ああ」
ロイの声が硬い。
「魔法を使ってごめんなさい。見えないものだから」
「調子はどうだい?」
ロイの声が近づいて来る。タンジーは、声のする方へ顔を向けた。
「何も感じないわ。わたしの目はどうなったの?」
ロイは答えなかった。
「言って。わたしは平気だから」
「君の目はくり抜かれている」
「え?」
タンジーは口をぽかんと開けた。
「くそっ。君の目は誰かにくり抜かれたと言ったんだ」
タンジーは自分の手を口に当てた。
「なんてこと…」
「痛みはないのか? 普通なら、意識が戻るか怪しいと医者は言っていたが」
「大丈夫みたいよ」
タンジーは力なく言った。ミモザはそこまで非道なことができたのか。
「犯人は分かっているのか?」
「いいの。もう、いいのよ」
「よくない」
ロイの声が怒っている。
「俺は許さない。犯人を探さないと」
「きっと、もうこの町にはいないと思うわ」
「君は優秀な魔女だったのに、戦わなかったのか」
「相手の方が強かった。それだけよ」
ロイは押し黙った。
「君より、強い者の仕業か」
「ええ」
「見たのか?」
「見てないわ。だから、もう、いいの」
ロイが椅子に座ったのが分かった。
「手を握ってもいいか」
ロイが言う。タンジーは頷いた。
ロイの硬くてごつごつした指がタンジーの手を握りしめた。
「俺には妻がいる。妻なら俺と同じことをすると思うが、タンジー、君のように傷つけられた女性がいたら、誰だって助けたいと思うはずだ」
ロイの温かい気持ちに、タンジーはうれしくてくすっと笑った。
「ありがとう。あなたは優しいのね」
「人間として当然のことだ」
タンジーは遠くを眺めた。存在しない瞳で遠くを。
「タンジー、君の魔法でその目を元に戻す方法はないのかい?」
ロイの問いに、タンジーは首を振った。
「瞳を取り戻せば、元に戻れるかもしれない」
「じゃあ、犯人を捜そう」
「無理よ、顔を見ていないし、もういないわ」
タンジーが力なく言ったが、ロイは諦めなかった。
「探さなくては」
「ロイ、ありがとう。気持ちだけで十分よ」
タンジーは口を噛んで、それから呟いた。
「ひとつだけ方法があるの」
そう言うと、ロイが明るい声を上げた。
「そうなのか。なら、それを試そう」
「簡単じゃないわ」
タンジーはため息をついた。
「わたしたち魔法使いは力をより強くするために、ある儀式を行えるの。自らの身体を傷つけて、甦るのよ」
ロイは返事をしない代わりに、指先が食い込むほど強く握った。
タンジーはその手を握り返した。
無理もない。恐ろしい話だからだ。
タンジーは、ロイに向かって話をした。
「恐れないで聞いて、わたしはそんなことするつもりもないし、死にたいと考えたこともない。それに、リスクが大きすぎる。甦る事ができるのは、ほんの一握りの魔法使いだけ。ほとんどの魔法使いは成功した試しはないし、わたしはまだ魔女見習いよ。正式な魔女じゃないから。平気よ。目が見えなくてもなんとかなるわ」
「その…傷つけるというのは、自分で自分を傷つけるのか?」
「え? ええ、そうよ。こんな風に他人に傷つけられても仕方ないの。おそらくわたしを襲った相手は知っていたのよ」
「卑劣な奴だ」
「ロイ、怒らないで。わたしは生きている。大丈夫よ」
「どうしてそんなに強いんだ」
ロイが不思議そうに言った。
「わたしは強くない。ただ、この先も生きなきゃいけないから。こんなことでは負けないわ」
「ジョーンズはいいのか?」
「え?」
いきなりジョーンズの話になり、タンジーは動揺した。
「どうして?」
「アニスという姫と結婚してしまうぞ」
「それは…」
嫌だった。でも、タンジーの姿でいる限り、ジョーンズは自分を愛してはくれないだろう。
愛されたがっている?
わたしはジョーンズを愛しているの?
タンジーが黙り込むと、ロイが気にして、肩を叩いた。
「諦めるなよ」
「え?」
「外見だけが全てじゃない。あいつはいい奴だよ。きっと、タンジーの良さを理解してくれる。諦めるのは早い」
「ロイ…」
ありがとう。
タンジーはお礼を言った。
ロイは、少し休んだ方がいい、と言って部屋を出て行った。
タンジーは、ロイの優しさに感謝した。元気を出さなきゃ。
問題は山積みになったままだ。落ち着いて考えたい。
タンジーはマットレスに手をついて立ちあがった。足は少しふらついたが、大丈夫だ。動ける。
風は歌っている。
彼らならわたしの目となり、真実を教えてくれるはずだ。
タンジーは壁を伝い窓を開けた。風が吹き込む。優しい風だった。見えないはずの星が見える。
ああ、今夜は星が降っている。
星降る夜は、敵も手出しはできまい。わたしたち魔法使いの魔力は高まり、清められるからだ。
星がタンジーのそばまで飛んで来て、きらきらと踊り始めた。タンジーはほほ笑んで、星たちに手を伸ばした。
輝きにより、体が温まる。
「教えて、星たちよ。なぜ、ミモザはわたしを裏切り、二人は戻って来たの?」
小さい星たちは答えた。
――精霊は闇に支配された。アニスの身体は、自分の魔力に勝てず、そのうち朽ちてしまうだろう。
タンジーは目を見開いた。
「どういう事?」
――アニスの身体は選ばれた白い魔女だが、お前たちが入れ替わった事により、タンジーには操れないでいる。アニスの身体が朽ちれば、お前は運が良ければ生まれ変われるだろう。
タンジーは首を振った。
「わたしはそれを望んではいない。彼女を巻き込むつもりはなかったの」
――お前はなぜ入れ替わったのか考えたか?
「お師匠さまが…」
――フェンネルは先を見越して考えている。タンジーの身体もまた選ばれた黒い魔女だ。お前の考えひとつで、少女の人生は大きく変わる。
「わたしが選ぶのね」
――その通り。
星がきらきらと踊り、楽しそうに飛び跳ねている。
星たちにとって、わたしたちの人生は、またたきのようなものだ。
「歌を聴かせて」
タンジーは願うと、星と風の歌が聞こえた。
見えないものを 見ようとしても 何も示しはしない
見えないものに とらわれて 失うものは多いだろう
見えないからこそ 価値があり 意味がある
見えないものは 神秘をはらみ 心惹かれる
形あるものばかりが 真実じゃない
安心してはいけない
あるはずのものが――
歌が途切れ、星たちがぱあっと散らばった。タンジーの肩に誰かの手がそっと乗せられた。
タンジーは穏やかな気持ちのまま振り向いた。
星の歌に心を奪われたままだった。




