再会
逆上したアニスは小鳥を傷つけた相手を探していた。
自分の持っている力を全開にする。
たちまち獣に姿を変えて、小鳥を口に放り込んだ。
小鳥の体から微かに臭う、別の臭いを探りあてようと鼻をひくひくさせる。
親鳥の元へ小鳥を返してあげるのが先決だったが、唸り声を上げて森の中を駆け抜けた。突然、目の前に罠が仕掛けられ、獣となったアニスは宙ぶらりんになった。
「誰っ」
歯を剥き出しにする。
小鳥は失神してしまっていた。
その時、ふっと術が解けてタンジーの姿になった。罠が消えて、茫然とその場に立ち尽くしていると、杖を持った魔法使いが現れた。
アニスは身構えた。
年老いた魔法使いはアニスに手を差し出した。
「小鳥を返しなさい」
厳しい声にびくっとする。素直に小鳥を手渡した。
魔法使いは小鳥を優しく包み込んで呪文を唱えた。小鳥がむくっと起きる。そして、どこからか同じ種類の鳥が飛んできた。
親鳥だろう。二羽の小鳥は羽ばたいていった。
アニスはそれを見届けて涙が出た。
「よかった。生きていた」
魔法使いが立ち去ろうとする。
「待ってくださいっ」
アニスは慌てて駆け寄った。
「助けてくださってありがとう。わたし、取り返しのつかないことをするところでした」
「もう遅い。見ろ」
アニスが振り向くと、森の中はめちゃくちゃになっていた。茫然としている間に、魔法使いはいなくなっていた。
取り残されたアニスはあたりを見渡した。かなり深い森に入って来たようだった。
小鳥を傷つけた相手を見つけてどうするつもりだったのだろう。
かみ殺すつもりだったのだろうか。
自分の理性を抑えられなかったことに愕然とした。
今までこんな事はなかった。
兄が殺されそうになった時でさえ、冷静に判断出来たのに。
森の木々はアニスの爪痕を残している。痛々しい木々に手を伸ばした。呪文を唱えたが、わずかに苔が生えただけでなんの効果もない。
アニスは途方に暮れた。これ以上力を使うと、ジョーンズたちを探せないかもしれない。
「どうしたらいいの…」
アニスは自分のたどって来た道を戻り始めた。
ひたすら歩きながら考えた。
敵の目的は何なのか、今なら分かる。
わたしたちをバラバラにするのが目的だったのだ。
早くみんなの元へ戻らなきゃ。
アニスは立ち止った。
「誰か、お願いです。助けてっ」
森は何も答えなかった。アニスはにじみ出した涙をぐいっと拭いた。
黒い目が輝き始める。
「自分の力で探すわっ」
アニスは飛び交う一匹の昆虫をとらえた。小さな灰色の昆虫に息を吹きかける。
――今すぐジョーンズの元へと向かい、彼を安全な場所へ導きなさい。わたしが追いつくまで、そこで足止めするのです。
命令をすると、昆虫は空高く上がって羽を震わせて飛んでいった。
アニスは再び獣の姿へ変わると、勢いよく昆虫を追いかけた。
全ての力を使い果たしても、わたしはジョーンズの元へたどり着ける。
自分を信じてアニスは走った。
魔法が馴染んできている。タンジーの姿でいることに自分自身が受け入れ、彼女になろうとしているのかもしれない。
アニスは軽やかに森の中を走りながら、神経を研ぎ澄ました。タンジーとアニスは同じくらいの魔力を持っているようだ。
初めて魔法を使った時よりも、たやすくできるようになった。
×××××
アニスが、ジョーンズの元へ走りだした時、彼は森の中をさまよっていた。
ここはどこだ?
やみくもに馬を走らせて、自分はどこへ向かっていたのか。
仲間とはぐれたことに気づいた途端、いらいらした感情から解き放たれた。
ジョーンズは我に返り、一人だけはぐれたことに愕然とした。あの美しい少女が現れてから心をかき乱され、いらいらした感情にとらわれていた。
タンジーの言った通り、あれは人間ではなかったのだと今さら気がつく。
どちらに行けば町へと出られるのか。そして、他の者たちはどうしたのか。
ジョーンズは迷っていると、空から羽音がして灰色の昆虫が飛んできた。昆虫は手で追い払っても自分に目がけて突進してくる。
「なんだ、こいつはっ」
ジョーンズは毒づいた。
これも何かの魔法なのか。
タンジーに出会ってから大変な目にばかり合っている。
ため息をつくと、昆虫は目の前で羽を震わせてその場にとどまった。
「ついて来いってことか?」
昆虫に話しかけるなんて馬鹿げていると思ったが、灰色の昆虫は言葉に反応してくるりと背を向けた。
藁にもすがる思いで、ジョーンズは昆虫を追うことにした。
しばらく馬を走らせると、だんだんと明るい景色が開けて森を抜けた。
草原が広がっている。
よかった。
町は近くだと安堵した時、背後で気配がした。振り向くと、黒いビロードのような毛をした獣が立っていた。
ジョーンズはあまりの出来事に驚いて落馬しそうになった。すると、獣の手足が人の手となり、むくりと起き上がった時、タンジーの姿に変わった。
ジョーンズは唖然とした。
「君か…」
「ジョーンズ…っ」
タンジーが目をうるませて手を広げて駆け寄って来た。ジョーンズは馬に乗ったまま、後ずさりした。
タンジーがショックを受けたような顔で手を下ろした。
「そんな化け物を見るような顔をしないで、傷つくわ」
ジョーンズはうまく謝れなかった。彼女を恐ろしいと感じた。
「君は何者だ。どうして、我々について来る。なぜ、災いが降りかかる」
タンジーは唇を噛んで、下を見つめたが、すぐに顔を上げた。悲しそうな表情だった。
「話はきちんと説明します。でも、まずは町へ出て宿を借りるまで。あなたの安全が保障されるまでは話せない」
ジョーンズは安全な場所などあるのだろうかと思った。
森の中で襲われた後、仲間たちとバラバラにさせられた。
タンジーが何か知っているのに、話そうとしない。
「マイケルたちはどうした? 一緒じゃないのか」
「はぐれたの。わたしがいけないの」
目を逸らしてぼそぼそ言う。ジョーンズは大きく息をついた。
「今、話して欲しい。君がいてはどこにも安全な場所などないからな」
タンジーは傷ついた目でジョーンズを見た。首を小さく振って頷く。
「分かったわ。でも、せめて進みながら話したいの」
「マイケルたちと連絡がつくようにしてほしい」
タンジーは頷くと、先ほどと同じ灰色の昆虫を呼び寄せた。何やら囁いて息を吹きかけると、昆虫は空高く飛んで行って消えた。
「あなたと合流するように言いつけたわ」
「言いつけた、ね」
ジョーンズは鼻で笑った。
「魔女はなんでもできるんだな」
タンジーは答えなかった。
よく見ると顔色が悪い。タンジーは今にも倒れそうだったが、ジョーンズはあえて何も言わなかった。
「君を馬に乗せるのはやめた。歩いてついて来るんだ」
「分かったわ」
タンジーは歯を食いしばって答えた。
「話すんだ」
ジョーンズが馬上から言うと、タンジーが話し始めた。
「狙われているのはたぶん、わたしだと思う」
「君が?」
「ええ」
「じゃあ、僕たちは巻き添えを食らっているということか」
タンジーが相手だと、どうしても嫌な言い方になってしまう。
ジョーンズは、相手がまだ若い女性であるのに辛辣な言い方をして、返って嫌な気持ちになった。
「悪かった。こんな皮肉を言うつもりはなかったんだが…」
「いいんです。わたしが悪いの。迷惑をかけるつもりはないんだけど、あなたを守らなくてはいけないから」
ジョーンズは首をひねった。
「どうして僕が君に守ってもらわなければいけないのか。頼んだ覚えはないのだが」
「精霊たちが言うの。あなたを守れって、だから、わたしはあなたのそばを離れるわけにはいかない」
タンジーは毅然と言い放った。
しかし……。
ジョーンズは心の中で、迷惑だからついて来ないでほしい、と非情に思う自分がいた。