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遠く見える山々の向うに、ゆっくりと日が落ちてゆく。夕焼けで家も蔵も葡萄畑もわたし達も、みんな驚くほど赤く染まっている。でもこの赤は葡萄酒の色とは違うし、サラマンダーの炎の色とも、きっと違うのだろう。
誰も口を開かず、緊張して夕焼けを見つめていた。日が落ちきって空を星が支配するまで、わたし達はじっとしていた。
そして。
きゅっと瓶の栓を抜く音がして、ふわりと葡萄酒の香りが漂ってきた。振り返ると、オーダンさんが慣れたしぐさで葡萄酒をきれいに磨かれたグラスに注いでいた。
「うわ、濃いなー」
確かに門倉さんの言う通り、グラスからは少し離れているのに、それでも濃厚な香りがする。これは……ちょっと酔いそう……
「いいかい?じゃ……始めようか」
クルフさんの演奏に合わせ、ミランさんが舞う。
不思議だわ。昼間とはなんだか違う気がする。とても幻想的な光景だ。夜だからか、葡萄酒の香りが強いせいなのか……ううん、きっと両方だ。
わたしは両手を組んで祈った。
お願い、現われて……!
「――あ」
今のは誰の声だろう。わたしか、それとも他の誰かか。
空中でパチパチと火花が散った。火花は炎へと変わり次の瞬間、炎はトカゲの姿をとった。
サラマンダーだ……!
感動のあまり、声も出ない。
サラマンダーはグラスの縁に降りたり、そこから葡萄酒の中へ飛び込んだりしている。水音がしないのは精霊だからかしら。やがて舞うミランさんの周囲を飛び回りはじめた。サラマンダーは想像していたよりも小さくて、まるで人なつこい小動物を見ているようだ。演奏と彼女の動きに合わせてくるくると飛んでいる。
ミランさんの腕が蔵を指した。サラマンダーは誘導されたように蔵へ飛び込んでいく。
わたし達は入口からそっと中を覗き込んだ。サラマンダーは蔵の中をふわふわ飛び回っている。もしかして酔っぱらっている?……まさかね。
サラマンダーは花台の上に降りた。しばらくきょろきょろ周囲を見渡していたけれど、おもむろに頭を持ち上げると天井に向かってぼぅっと炎を吐いた。蔵の中が火の海になっている光景が一瞬頭をよぎったけれど、炎は赤い粒――星になって、樽に降り注いだ。
なんてきれい……!
「そうか、これが……『赤い祝福』……星へと変えたサラマンダーの喜びか……!」
クルフさんが感心した様子で言った。
「また……またこの光景が見れるとは思っていませんでした……」
涙声のオーダンさんが膝をついて崩れた。
「ありがとう……ありがとうございます……!」
オーダンさんは何度も何度も、そう繰り返した。