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ちゃんと、落着いて考えよう。
今《ウルファ》のミランさんが踊ったけれど、なにも起きなかった。
葡萄酒を造るにはサラマンダーの炎が必要で、そのサラマンダーを捕まえるには《ウルファ》の踊り
が必要で、サラマンダーは……
あれ?そういえば――サラマンダーって、どうしたら姿を現すの?
「門倉さん、サラマンダーの習性を知りませんか?」
「へぇっ?知らないよー法士じゃないしー」
胸の前で腕を交差させて、やけに大げさな動作で門倉さんは知らないことを表現した。が、すぐにわ
たしの言いたいことに気づいてくれたらしい。腕を交差させたまま、ぱちんと器用に両手の指を鳴らし
た。
「そーか。まずサラマンダーを呼び寄せないと、捕まえらんないってコトかー!」
そう、いないものを捕まえることはできない。当たり前のことなのに、《ウルファ》がいれば、その
踊りがあればって思い込んでいた。
でも、どうやって呼び寄せるのか。わたしはもちろん、オーダンさんも、《ウルファ》のクルフさん
とミランさんも、魔法なんてまったく知らない。オーダンさんは、法士……魔法使いの存在を一言も匂
わせなかった。ということは魔法じゃない、別の手段でサラマンダーを呼び寄せているということだ。
動物をおびき寄せるときはエサを囮にするけれど、精霊たるサラマンダーにその方法が使えるのか、
使えるとしてもエサがなんなのか。
……エサにつられる精霊というのも、なんだか情けないような気がするけど……
「俺らはホント、歌と踊りしか伝えられてないんだよ。だからさっぱりだ」
「呪文とかこん時しか使ってない道具とかー、オーダンさん覚えてないー?」
「うぅーん……呪文なんかはなかったと思いますねえ……道具……道具」
唸りながら、オーダンさんは蔵の中に入っていった。わたし達もなんとなくついて蔵の中に入る。
外から見るより、中はずっと狭い。壁が厚いのかしら。小さな灯りでは薄暗くて、樽がきちんと並べ
られているのがぼんやりとわかる程度だ。オーダンさんは中央の通路を歩いて、正面奥の灯りをともし
た。ああ、ずいぶん明るくなった。
オーダンさんが灯りをつけたところに、なんだか神棚を思い出させるものがあった。
壁がくぼんで暖炉のようになっていて、作り付けの棚のよう。そこにはひどく古そうな樽が一つ置か
れている。周りの樽より少し小さいかな。あ、樽の上にグラスが置かれてる。これも古そうだ。棚の両
側には花台。棚と花台にお揃いの葡萄の意匠が入っている。
棚の上の壁に四角く変色した部分があって、たぶんわたしが預かった旗はここから外されたんだろう。
「古そーな樽~」
「中身は入っていませんよ。かつてサラマンダーがいたときは、ここにいつもおったのです」
「こっちのグラスも?」
よく見ると葡萄とサラマンダー、踊り子と星が彫刻されていてとっても見事な品なのだけれど、グラ
スは埃だらけで灯りを受けても輝かない。今のオーダンさんの心境が、踊り子とサラマンダーに見捨て
られた醸造家という姿がここに現われているような気がする。
「ええ、サラマンダーがいるときはいつも葡萄酒を注いであったんです」
「へっえ~。サラマンダーってよーっぽど好きなんだ、葡萄酒ー。そんで、今はいないから埃だらけな
わけね」
え?
門倉さんの言葉が、引っかかった。サラマンダーの好きなもの……
クルフさんが歌った歌の詩。
そして旗とグラス、ラベルに共通する星の意匠。
もしかして……
「瑠璃ちゃん?どした?」
「サラマンダーを呼ぶ方法が、わかったと思います……!」
「ええっ!?」
全員の声が重なった。
「ほ……ホントかい!?」
わたしはうなずいた。正直なところを言えば、自信は五分。
預かりっぱなしの旗を取り出して、わたしは説明を始めた。
「まずは時間です。ラベル、ケルミーアの旗、そしてこのグラス、すべてに星が描かれています。歌の
中にも『空には星』とありましたよね?」
「おう」
「つまりきっと――夜に行わなければいけないんだと思うんです」
「……確かに……」
オーダンさんが考え考え呟くように言った。
「昔は……夜にサラマンダーを捕まえていました。たまたまだと思っていましたが……!」
どうやら合っているみたい。
「それからサラマンダーを呼び寄せる方法ですが……オーダンさん、葡萄酒を用意してください。でき
れば香りの濃いものを」
「ああ、詩の『大気には甘い香り』って部分だな!」
「はい。きっと葡萄酒の香りでサラマンダーを呼び寄せるんじゃないかと思うんです」
「わ……わかりました」
「っていうことは、このグラスを使うわけだね?ルリ」
「たぶん、そうだと思います」
「よし、じゃコレはあたしが洗ってこよう」
ミランさんは慎重な手つきでグラスを取り上げ、そのまますたすたと蔵を出ていった。
「そーするとー、場所はもちろん外だよね。グラスはどこに置くんだと思う、瑠璃ちゃん?」
えーと、そこまではまだ考えていなかった。でも、周りと違うこの小さめの樽を見ていたらピンとき
た。
「この樽を外に出して、その上に置くんじゃないかと思います」
「うし。それで行こう!」
中身は入っていないし、力持ちなら一人で運べそうな樽だけど、大切なものなので門倉さんとクルフ
さんの二人がかりで外に運び出した。
「ここでいいかー?」
蔵の入口近くに、そっと降ろされた。クルフさんが馬車からブラシを持ってきて、樽の埃を払う。門
倉さんもそれを手伝った。
……あ。わたし、しゃべっただけでなにもしてない。
謎解きって難しい……