表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七つの瓶  作者: リコヤ
紫-まどろむ雲のみる夢-
44/47

6

 瓶の口のぎりぎりまで水を詰めた。ちゃんとある……よね?確かに重くなったし、振ってみるとチャポ、と揺れるので間違いはないようだけど、ぱっと見では空き瓶にしか見えない。


「あ、瑠璃ちゃん、飲んでみよーよ」

「そうですね」

 見た目にはあるのに、触れると感じない水は、どんな味がするのか。手ですくって飲んでみた。

「………………」

「………………」

 二人して沈黙してしまった。

 水はちゃんとすくった。それは確か。両手が濡れているしね。

「なんか、飲んだ気しないね?」

 飲み込んだ感覚はある。が、口の中でとけて消えたような感じもある。味がどうこう以前の話だ。

「も一回」

 門倉さんにつられて、わたしももう一度飲んでみる。今度はもっと慎重に。

「………………」

 ダメだ……ぜんぜんわからない。せいぜい冷たいくらいしか感じない。


「おいしい、まずいもないんだよねぇ」

 エドさんも首をひねりながら、水をすくっては飲んでいる。

「……雲を口の中に入れたら、こんな感じなんでしょうか……」

「ああ。どっかに霧だったっけ?を食べる法士がいるって聞いたことあるなぁ」

「仙人のこと?ま確かにそれっぽいっちゃそうだけど」

 正確には霧ではなく霞なんだけど。

 これまでの飲み物もいろいろと不思議だったけれど、これは極めつけだ。今わたしは、いったいなにを飲んだのだろう?

 泉の雲も不思議だ。泉が、ふわふわただよう雲にあるなんて。雲が形を保ったまま、湧き出た水で崩れてしまわないなんて。

 もしかして、そんな不思議な雲がまだあったりするのかな。

 そんなことを思って上を見上げて、

「あ……?」


 目を見張った。見間違いかと思って何度もまたたきしたけれど、それは消えなかった。

「なに瑠璃ちゃん」

「上……見てください。雲……!」

「んー?……雲になんか映ってんね……?」

「あ、ホントだ」

 浮かんでいる雲に、なにかが見える。屋根が並んで、広場があって、湖のそばに森が広がって……どこかの風景を飛空船の上から見ているみたいだ。どこだろう?

「どこだろね……俺知ってるよーな気がすんだけど」

「……ハルシオンだ」

 断定したのはエドさんだ。

「町と湖と畑と森と山。逆向きになってるけど、全部同じ位置にある。間違いないよ」

「……ああ~。鏡みたいだな」

 門倉さんもわかったみたい。よくいる場所だから、すぐに気づいたのね。

 今日初めてここへ来たわたしは、何度も下と上とを見比べて確認した。雲に映っているのは、確かにハルシオンだ。


「あ瑠璃ちゃん、あっちは違うの映している」

 言われて他を観察してみると、雲はいろいろな風景を映し出していた。

「雲から見える風景……みたいですね」

 はっきりと、よく見えるわけではない。形を変え続ける雲に映っている風景は、まるで水面のように揺らめいている。ぼんやりとした夢のように。

 わたしは泉の雲を振り返った。

「この水を飲んだから……ですよね、きっと。見えるようになったのは」

「だろうねぇ。そんで、これがこの水の効果っと」


 確かにあるのに、触れた感覚を感じられない水。現実が曖昧になったような感覚だった。まるで夢のように。

 ほとんどの雲は地上に降りることはなく、ずっと高いところから眺めているだけだ。だからもしかしたら、雲にとって地上は、夢なのかもしれない。

「雲は地上には降りれないしね。うん、夢か……そうかもねぇ」

 そうエドさんはうなずいてくれたのに、

「……瑠璃ちゃん詩人~……」

 門倉さんはむずがゆそうな顔をしている。まあちょっと、恥ずかしいこと言ってるかもしれないけど、そう思ったんだもの。

 わたしはまた雲を見上げた。地上を映して、雲はなにを思っているんだろう。


 しばらくすると効果が切れたのか、雲に風景は見えなくなった。夢が終わった、そんな印象を覚える。

 少し強い風が吹き、泉の雲がふぅわりと動いた。お別れの時が来たみたい。

「他の雲にまぎれたら見つかんなさそー……うわ、瑠璃ちゃんすごい運よかったね!」

「はい……」

 でも、単なる運のよさだけなのかな。それだけじゃ、あの行き詰まったところからここまで、来れなかったんじゃないかな。

 縁があった――そうだったらいいと思う。

「そうなんじゃないかなぁ。あなたに会いに来てたのかもよ?」

 エドさんがわたしを振り返った。

「けっこう長くラピュタで暮らしてるけど、あんなの初めて見たよ。なんだっけ『七つの瓶』だっけ?最後なんでしょ?ここにいるよって、来たのかも」

「そう……そうだとしたら、すごく、嬉しいです……!」

 会いに来てくれたのだとしたら、とてもすてきだ。こんな嬉しいことは、なかなかない。

なんだか泣きそうだ。

 わたしは水を詰めた瓶をしっかりと抱きかかえて、風に運ばれる泉の雲を見送った。また会うことができるんだろうか?



 七つ目、紫。『まどろむ雲のみる夢』。

 見えるけれど触れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ