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瓶の口のぎりぎりまで水を詰めた。ちゃんとある……よね?確かに重くなったし、振ってみるとチャポ、と揺れるので間違いはないようだけど、ぱっと見では空き瓶にしか見えない。
「あ、瑠璃ちゃん、飲んでみよーよ」
「そうですね」
見た目にはあるのに、触れると感じない水は、どんな味がするのか。手ですくって飲んでみた。
「………………」
「………………」
二人して沈黙してしまった。
水はちゃんとすくった。それは確か。両手が濡れているしね。
「なんか、飲んだ気しないね?」
飲み込んだ感覚はある。が、口の中でとけて消えたような感じもある。味がどうこう以前の話だ。
「も一回」
門倉さんにつられて、わたしももう一度飲んでみる。今度はもっと慎重に。
「………………」
ダメだ……ぜんぜんわからない。せいぜい冷たいくらいしか感じない。
「おいしい、まずいもないんだよねぇ」
エドさんも首をひねりながら、水をすくっては飲んでいる。
「……雲を口の中に入れたら、こんな感じなんでしょうか……」
「ああ。どっかに霧だったっけ?を食べる法士がいるって聞いたことあるなぁ」
「仙人のこと?ま確かにそれっぽいっちゃそうだけど」
正確には霧ではなく霞なんだけど。
これまでの飲み物もいろいろと不思議だったけれど、これは極めつけだ。今わたしは、いったいなにを飲んだのだろう?
泉の雲も不思議だ。泉が、ふわふわただよう雲にあるなんて。雲が形を保ったまま、湧き出た水で崩れてしまわないなんて。
もしかして、そんな不思議な雲がまだあったりするのかな。
そんなことを思って上を見上げて、
「あ……?」
目を見張った。見間違いかと思って何度もまたたきしたけれど、それは消えなかった。
「なに瑠璃ちゃん」
「上……見てください。雲……!」
「んー?……雲になんか映ってんね……?」
「あ、ホントだ」
浮かんでいる雲に、なにかが見える。屋根が並んで、広場があって、湖のそばに森が広がって……どこかの風景を飛空船の上から見ているみたいだ。どこだろう?
「どこだろね……俺知ってるよーな気がすんだけど」
「……ハルシオンだ」
断定したのはエドさんだ。
「町と湖と畑と森と山。逆向きになってるけど、全部同じ位置にある。間違いないよ」
「……ああ~。鏡みたいだな」
門倉さんもわかったみたい。よくいる場所だから、すぐに気づいたのね。
今日初めてここへ来たわたしは、何度も下と上とを見比べて確認した。雲に映っているのは、確かにハルシオンだ。
「あ瑠璃ちゃん、あっちは違うの映している」
言われて他を観察してみると、雲はいろいろな風景を映し出していた。
「雲から見える風景……みたいですね」
はっきりと、よく見えるわけではない。形を変え続ける雲に映っている風景は、まるで水面のように揺らめいている。ぼんやりとした夢のように。
わたしは泉の雲を振り返った。
「この水を飲んだから……ですよね、きっと。見えるようになったのは」
「だろうねぇ。そんで、これがこの水の効果っと」
確かにあるのに、触れた感覚を感じられない水。現実が曖昧になったような感覚だった。まるで夢のように。
ほとんどの雲は地上に降りることはなく、ずっと高いところから眺めているだけだ。だからもしかしたら、雲にとって地上は、夢なのかもしれない。
「雲は地上には降りれないしね。うん、夢か……そうかもねぇ」
そうエドさんはうなずいてくれたのに、
「……瑠璃ちゃん詩人~……」
門倉さんはむずがゆそうな顔をしている。まあちょっと、恥ずかしいこと言ってるかもしれないけど、そう思ったんだもの。
わたしはまた雲を見上げた。地上を映して、雲はなにを思っているんだろう。
しばらくすると効果が切れたのか、雲に風景は見えなくなった。夢が終わった、そんな印象を覚える。
少し強い風が吹き、泉の雲がふぅわりと動いた。お別れの時が来たみたい。
「他の雲にまぎれたら見つかんなさそー……うわ、瑠璃ちゃんすごい運よかったね!」
「はい……」
でも、単なる運のよさだけなのかな。それだけじゃ、あの行き詰まったところからここまで、来れなかったんじゃないかな。
縁があった――そうだったらいいと思う。
「そうなんじゃないかなぁ。あなたに会いに来てたのかもよ?」
エドさんがわたしを振り返った。
「けっこう長くラピュタで暮らしてるけど、あんなの初めて見たよ。なんだっけ『七つの瓶』だっけ?最後なんでしょ?ここにいるよって、来たのかも」
「そう……そうだとしたら、すごく、嬉しいです……!」
会いに来てくれたのだとしたら、とてもすてきだ。こんな嬉しいことは、なかなかない。
なんだか泣きそうだ。
わたしは水を詰めた瓶をしっかりと抱きかかえて、風に運ばれる泉の雲を見送った。また会うことができるんだろうか?
七つ目、紫。『まどろむ雲のみる夢』。
見えるけれど触れない。




