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七つの瓶  作者: リコヤ
紫-まどろむ雲のみる夢-
43/47

5

 麓は緩やかだったのに、中腹をすぎた辺りから急に険しくなってきた。慣れない山登りですぐに息が切れてしまって、案内してくれているエドさんの足を何度も止めることになってしまった。旅は移動続きだから、それなりに体力ついてきたと思ってたんだけど、山登りはまた別みたい。

「もう少し行くと、座りやすい石があるんだ。そこでまた休憩しよう」

 エドさんはいやな顔ひとつ見せず、それどころか、こまめに休憩にしてくれた。

「はい……」

「がんばれ瑠璃ちゃんっ」

 ちなみにエドさんと門倉さんは、息一つ切らしていない。エドさんはここに住んでいて、ほぼ毎日山を歩いているそうなので、慣れているんだろう。門倉さんは傭兵だしね、当然といったところ。


 ハルシオンには三つの山があり、中でも一番高い山で、エドさんは泉の雲を見つけたのだそうだ。その頂上近くだと言っていたから、こんな途中で息を切らせている場合じゃないんだけど……

「泉の雲、どこかに行ってしまわないでしょうか?」

 モタモタしてたら、雲だもの、風に吹かれて移動してしまうかもしれない。そう不安になって言ったら、

「大丈夫じゃない?風強くないし」

 あははーとエドさんは笑った。まったくそんな心配はしていないみたい。

 あんまりほがらかに笑うから、本当に大丈夫という気がしてきた。なんというか、のんきな雰囲気の人だ。のんびりした印象はないんだけど。


 ようやく、エドさんの言った休憩場所にたどり着いた。木の高さは低くなってきているけれど、まだ木陰を作ってくれている。その下に、確かに座りやすそうな石があった。三人並んで腰を下ろす。

「はい瑠璃ちゃん、お水」

「ちっちゃいタフィーもあるよ」

「あ、ありがとうございます……」

 至れり尽くせりだ。この先もしっかり歩かないと、二人に申し訳ない。


 水だけ飲んだ門倉さんがひょいと身を乗り出して、わたしを挟んだ反対側に座っているエドさんに訊いた。

「なぁ、あんたはなんで毎日山に行ってんの?」

「あっちの中っくらいの山で、ヤギ放してるから、その世話」

「ヤギィ!?居んの!?初耳!」

「そんな数多くないよ。ウシとニワトリとヒツジと、合わせたらそれなりの数になるはずだけど」

「いや、ってゆーか、ホントありえないラピュタだよ……」

 うんうん。わたしも黙ったままうなずいた。ラピュタで動物を飼えるなんて、しかも放牧できるなんて。かつては自給自足ができたという噂が、本当のことだと思えてくる。

「エドさんはここで家畜の世話をしてるんですか?」

「畑もやってるよ。もともと農夫だし!……まぁ一応同盟に所属してるけどね。そーいや最近出てないなぁ」

 家畜の世話に畑の仕事をしていれば、当然だろう。そんなヒマ、ないと思う。

「でも大切な仕事ですよね。ラピュタの農夫なんて、きっとエドさんだけです」

「うん、ありがとう」

 笑ったエドさんは、どこか誇らしげだった。



 休憩を終えて、再びわたし達は歩き出した。少し進んだだけで、環境ががらっと変わった。

 足下は小石と岩だらけで、滑りやすくて歩きにくい。転ばないように進むのに必死で、しゃべることはおろか、周囲の景色を眺める余裕もない。足元ばっかり見ないように、と門倉さんに注意されるけれど、なかなか難しい。

「もーちょっとだよ。ホントにすぐだから」

 ほとんどわたしの背丈と同じ高さしかない木々の間を抜けると、いきなり視界が開けた。

「わ……!」


 ハルシオンの町並みが眼下に広がっていた。

 一番向こうに見える港には、大小の飛空船が泊まっている。町の右手で輝くのは湖の水面だ。畑、森、その間を流れる川。ここがラピュタの上なんて信じられない光景だ。

 町並みの向こうに上から下まで蒼い空が広がり、白い雲が浮かんでいて、それでラピュタにいるのだとわかる。

 飛空船の窓から見た時とは、また違う感動がこみ上げる。

「疲れが全部飛んでいきますね……」

「いい眺めでしょ。珍しい景色なんだろうけど、ここまで来る人ってめったにいないね。まラピュタに来てまで山登りしたい人もいないよねぇ」


 それで、とエドさんが道の先を示す。

「あれ」

 まだ上へと続くはずの道を、白いふわふわとした塊がふさいでいた。そばへ寄ったら逃げられそうな感じがして、近づくのが怖い。

 が、エドさんはすたすたと近づいていく。

「へーきへーき。そんなに軽くはないみたいだよ」

 なんて言って、無造作に塊を叩く。叩かれた塊はわずかに揺らめいただけで、逃げることなくそこにいる。

 わたしはおそるおそる近づいた。

 周囲がひんやりとしているのは、霧と同じかな。ふわふわした雲のその真ん中に、水面をきらめかせて泉があった。わずかにあふれた水が雲の隙間からこぼれているけれど、すぐに散ってしまって地面には届かない。

 これが泉の雲、だ……!


「さわってみなよ。おもしろいから」

 おもしろい?エドさんに勧められるまま、泉に指先を浸してみる。

「えっ?」

「おぁっ……えー?水ある、よねぇ……」

 見た目は確かに、水の中に指先を入れている。冷たい感覚がある。少し指を動かしてみると、水面が揺らめく。なのに、水を感じない。水の抵抗がない。指を出してみると、ちゃんと濡れているのに……

「おもしろいよねぇ。ちゃんとあるのに、ない感じ。こうするとホラ、しぶきもあがるんだよ」

 エドさんはバシャッと水をはね上げた。水滴が宙を舞い、陽の光を反射してきらめく。

「あとこれもおもしろい」

 エドさんは腕をまくり、肘まで泉に沈めると、その場にしゃがみ込んだ。当然腕も下がる。

「えっ、あ、穴があきます……っ!」

「あいた?」

 そーっと泉をのぞき込んでみる。エドさんの腕はすっかり抜けているのに、雲は変わらず水をたたえている。

「あいて、ない……」

「うーわ、なにそれ!」

 あっはっはと笑いながら、エドさんはものすごく遊んでいる。門倉さんもおもしろがって雲をかき回している。


 おもしろい……それはわかるけど、わたしもちょっと遊んでみたいけど、雲が散ってしまわないか、それが心配。

 おろおろしていたら、

「あーごめん、水汲むんだよね」

 と止めてくれた。正直ほっとして、ハルシオンの町の古道具屋で買ってきた瓶を取り出した。おじいちゃんの旅行手帳のスケッチや、ドロシーさんのところにあった物と同じものが売られていたのが、なんとも不思議だったけど。

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