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振り出しに戻ってしまった。
「なんだよ持ってるのに知らないのー……」
門倉さんはカウンターに突っ伏してしまった。さっきはしゃいだ分、余計に落ち込んでいるみたい。
「悪かったわね。『七つの瓶』を探す人に会うのって、初めてなのよ。先代ならなにか知っていたかもしれないけど……」
「先代さんが集めたわけではないんですね?」
「そうなんだけど、やたら物知りでね。ずいぶん長いこと酒場の主人を務めた人だから、きっと知っていたと思うのよ。残念ながらもう、他界してしまったんだけど」
「そうなんですね……」
本当に残念な話だ。
長く酒場をやっていた人。ハルシオンは生まれて二十年だし、お店が開店したのはもう少し後だろう。そうすると、別の場所でお店をやっていたけれど、ここに移ってきたってことね。
おじいちゃんと会ったことは、あっただろうか。
おじいちゃんは、『七つの瓶』を集めるようになってから、酒場に行くことも楽しみになっていたようで、なにを隠そう、行き先の手がかりとなった寄り道とは、ほとんどが酒場や酒蔵なのだ。
ということは、きっと会っていたんじゃないかと思うんだけど……もう確認しようのないことだ。
ああ、行き詰まってしまった。
おじいちゃんのスケッチ通りの瓶が、目の前にあるのに。中身にはまったく手が届かない。落ち込みそう。
――でもこれで最後なのだ。必ず手に入れられるという確信は、自分でも不思議なことに、まだ揺らいでいない。
大丈夫、ちゃんと次の道は開ける。
突っ伏したままの門倉さんが、呻くように言った。
「……瑠璃ちゃんよくそー思えるねぇ……どこから来てんの?その原動力」
「うーん……どこからでしょうね?祖父の旅行手帳でしょうか」
「あーまぁ、前例があるって、強いよねぇ」
門倉さんはよいしょ、と身を起こした。
「俺も頑張るかぁー……」
「休んでいて構いませんよ?門倉さんのおかげで、あの瓶と会えたんですから」
それもきっと、原動力の一つだ。
さあ、考え直しだ。わたしはおじいちゃんの旅行手帳を開いた。あいまいな表現ばかりの旅行記を読み返してみる。
「ど?瑠璃ちゃん」
「飛空船に乗ってなにか探したようですね……雲の海から見つけ出すのは難しい、と書いてあるんです。なにを探していたのかは、書いていないんですけど」
「雲の海からなんか……?」
「見つけ出すのが難しい、というのは…………雲に紛れてしまいやすいもの、ということでしょうか」
名前も『まどろむ雲のみる夢』、だしね。
でもそれがどんなものか、想像がつかないので、二人そろって首をかしげてしまう。肝心の部分がわからない。おじいちゃんはなにを探したのか……
「あった、あったわよ!」
いつの間にかカウンターから姿を消していたドロシーさんが、なにかを手に小走りでやってきた。
ドロシーさんがかざしたのは、古ぼけたノート。そして声を弾ませた。
「代々受け継がれてきたノートなの。店主が好き勝手書いてるだけなんだけど、もしかしたらと思って見てみたらね!ビックリしなさい、『七つの瓶』について書いてあったのよ!」
えっ……
驚きすぎて、わたしはただ目を見張るだけしかできなかった。代わりに立ち上がって続きを促したのは門倉さんだ。
「すげー!そんで?なんて!?」
「えーと……紫、泉の雲の水、だって」
「泉の雲?」
「水を溜めた雲があるみたいね」
あんなフワフワした雲が、水を溜められるのかな?それとも意外としっかりしてるのかな。
……ん?あれ?おじいちゃんが飛空船に乗って探したのって、それだよね、もちろん。ということは――
『まどろむ雲のみる夢』を手に入れるには、この広い空から、無数に浮かんでいる雲の中から、泉の雲を探さなくてはならない。
「……そういうことになるわね」
ドロシーさんが気の毒そうに言った。
同じ結論に至ったらしい門倉さんも、感情の入り混じった複雑な表情でゆっくりと言う。
「…………え?マジで!?」
一瞬気が遠くなった。
飛空船を借りるか買うかしないと、探すことなんて不可能だ。買うなんてとんでもないし、借りるのだって簡単じゃない。
でも、飛空船を借りるしか手段はない、よね……?
「る、瑠璃ちゃん?どーする?やっぱし飛空船借りる……とか?」
「…………」
人の口から聞くと、途方もないことだと実感する。だってそれがいくらかかるのか、まったく見当がつかないし……!
がっくり肩を落としていたら、ドロシーさんがリンゴジュースを出してくれた。
「落ちついて。焦っているとなにもいいことないわ」
「はい……」
わかってる、わかってるんだけど……最後の一つだという気負いもあって、なんとしても期限内に手に入れたいと思ってしまう。ああ、よくない思考だ。
「こーんにーちは~!」
酒場にそぐわない朗らかなあいさつとともに、わたしと同じくらいの年齢の女の子が入ってきた。ああ、あれくらい復活したい。
「あらエド、いらっしゃい」
「やっドロシー。おもしろいもの手に入れたから、おすそわけに来たんだ」
リンゴジュースをいただきながら、聞くともなしに彼女達の会話を聞いている。エドと呼ばれた女の子は、カウンターに一本の瓶を置いた。
「じゃーん、見えない水~」
…………え?
「……?空っぽじゃないの……ああ、中身はちゃんと入ってるのね」
「あ――あのっ!」
直感がひらめいて、わたしは思わず二人の間に割り込んでしまった。
「それ、どこで手に入れたんですか?」
「ん?山の上。てっぺん近くに雲の塊がひっかかっててね、そこに池みたいに水がたまってて。飲んでみたらおもしろかったから汲んできたの」
それは、
「泉の雲!?」
わたしと門倉さんとドロシーさんの声が唱和し、エドさんを驚かせた。




