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『藍』の番になり、その生産地への旅路を調べているとき、わたしはこれまでになく気楽だった。だって安定して流通している品だったから。
ここラハティに着くまでに情報収集のために立ち寄った酒場で、『藍』の瓶を何度も見た。棚に当たり前に並んでいた。
なのにどうして、ここまで来て雲行きがあやしくなるの!?
「瑠璃ちゃん顔がひきつってるよー」
そう言う門倉さんも苦笑いを浮かべている。
気持ちを落ち着けるために、ココアを一口すする。やっぱり寒いときには温かくて甘いのがいい。故郷だったらおしるこだ。
覚悟を決めて、わたしは訊ねた。
「あの、オレンフルに行くのになにか問題があるんでしょうか?」
「うん?いや問題はないよ」
問題はないのに、どうしてそんな曇った表情を見せるのだろう。
「いやね、納品が一週間遅れてるんだよ。在庫はあるからしばらくは問題ないけどね」
「なにかあったんでしょうか。雪が深いから来れない、とか……?」
「はは、まさか!そうそう行き来ができなくなったりはしないよ。もしそうなったら大事だ」
「だろーねー」
門倉さんはすっかり温まったらしい。さっきまで暖炉にかじりついていたのに、むしろちょっと離れようとしている。
「じゃあ行けるんですね?」
「……行くのかい?」
「はい」
おばさんはなにか考え込むように黙り込んだ。
「よしわかった」
ぱん、と両手を打ち合わせて、おばさんが言った。
「ウチの息子を案内につけるから、戻ってきたら状況を教えておくれ。わざわざ様子を見に行くほど心配してなかったけど、来週来なかったらさすがに在庫の尽きるところも出てくるだろうしね」
「え、案内ですか?」
「ああ。標識はあるけど、よその人は見落として遭難することが多いんだよ」
そうよね、この雪だもの。街の中でだって、通りの案内が見づらくなっていた。
「ソリも出してあげるからね。準備するからその間に上着を用意しな。そんなんじゃ凍死しちゃうからね。そうだ、荷物はウチで預かっておこう。泊まるだろう?ちょうど、いい部屋が空いてる。少し安くしてあげるよ」
次から次へとまくしたてると、おばさんは誰かの名前を叫びながら奥へ行ってしまった。
ち、ちょっと待って……!
ああ、止めようと伸ばした手がむなしい。
「あははー、すんごい押しだぁ」
「笑い事じゃないですよ」
「まあまあ、俺達が準備するよりずっと確実だよ。ここはありがたく受け取ろう~」
「……そう、ですね」
遭難なんてことになったら、目も当てられない。
話がまとまったところで、誰かと言い合いをしながらおばさんが戻ってきた。後ろに連れているのは、さっき言っていた息子さんかな。なんだか出かけるのが嫌そうだけど。
「アンタ達……、そういや名前を聞いてなかったね」
「あ、橘瑠璃です」
「門倉理人、瑠璃ちゃんの護衛」
「ああっ?なんだ、かわいいコがいるじゃんか!おふくろ、このコ案内すんの?」
「そうだよ、お客さんを案内しろって言ったろう」
「かわいい女のコって言ってくれりゃいいんだよ!喜んで行くって」
男の人がおばさんを押しのけて前に出てきた。門倉さんと年齢は同じくらいかな。身長も同じくらい。ニコニコして言った。
「俺リックスっての。よろしく!」
「よろしくお願いします」
おばさんとリックスさん、目元がそっくりだ。
「道案内だけ、しっかりよろしく」
わたしを少し後ろに下がらせ、割り込むように門倉さんが前に出てきた。なぜか最初の言葉だけ強調して聞こえたけれど。
門倉さんとリックスさん、ちょっとにらみ合っているような……気のせいだよね、初対面なんだから。
オレンフルまでは順調に行けば一時間で着くという。今は十時すぎ、なにごともなければ今日中に帰ってこれるようだ。それでも急いだほうがいい。
「上着と靴、買いに行っといで。大通りの店のほうが品揃えはいいからね」
「買い物?ならそっちも案内するよ」
「大通り行けばわかるんでしょ?じゃーいらないよー」
「なんだよ、いい店紹介してやるのに。見た目良くてもロクなもんしか並んでない店あったりするぜ?」
「そのへんはダイジョーブ。瑠璃ちゃんてばやたら目端が利くからね」
「へぇ?」
うーん……妙なものを買わされたって経験はないから、そういうことでいいのかな。商売人になりたいから、目端が利くって言われるのは嬉しいけれど。
「じゃ俺、ソリの準備してるから。支度できたら声かけてよ」
「わかりました」
わたしと門倉さんは食堂を出て、買い物へ向かった。ちらほらと雪が降ってきている。これは、ソリでの移動は厳しいことになりそうだ。急がなくちゃ。
急ぐけれども、慎重に。
結局、出発したのは十一時すぎだった。大丈夫、まだ行って帰ってこれる時間だ。
オレンフルで、なにが起こっているんだろう。




