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店先と同じように狭いおババさんの家の台所。五人も居ると窮屈だ。
テーブルの上に、七分目くらいまで水の入った瓶と、五つのルートゥが置いてある。ルートゥは見た目は緑色で熟す前の柑橘類を思い出すけれど、こういうものなんだそうだ。
それらを眺めながら、ミランさんがしみじみと言った。
「お疲れさまだねぇ、ルリ。二週間もかかっちゃってさ」
「でも二週間かければ集められるってことですから」
「よく途中で飽きなかったなぁ!」
ぐりぐりとクルフさんに頭を撫でられる。あ、相変わらず力が強くて、なんだか頭がもげてしまいそう。
「マジで瑠璃ちゃん尊敬するよ。俺だったらぜーったい無理」
そんなことないと思うけどなぁ。だって会話が少なくて退屈だったろうに、ずっとつき合ってくれたんだもの。
「さてじゃあ仕上げだね。といってもかまえることはない。他の果物を搾る時と同じように、ルートゥを搾ればいい」
「はい」
わたしは貸してもらった包丁で、ルートゥをまっぷたつに切った。わ、甘酸っぱいいい香り。それに淡い橙色の果肉がきれいだ。おいしそう。
「へぇー、ホントに熟してんのかなって思ってたけど」
「食ってもうまいぜ、ルートゥは。余分に買ったから、あとで分けてやるよ」
「お、ありがとな」
風変わりな料理は手が出しづらいけれど、果物だったらそんなことはない。むしろ嬉しい。
それよりもまずは、『オアシスに映る祈りの姿』を完成させないと。
絞り器にかけて力いっぱいぎゅうぅっとねじりながら押すと、果汁が流れ出てきた。香りがさらに強くなる。
でもこれ、堅い……これをあと四つか。
ふぅ、と息をついたら、横から腕が伸びてもう半分のルートゥを取り上げた。
「ルリ、俺がやってやるよ。これけっこう力仕事なんだよな。コツもいるし。ほれ、アンタはどんどん切る」
「え、ありがとうございます、クルフさん」
体の大きいクルフさんは、それだけ力もあるようだ。次から次へ軽々とルートゥを搾ってくれた。
「よし、これで全部だ。もー搾ってもなンも出ねぇぞ」
五つのルートゥから、コップ一杯分の果汁がとれた。わたしじゃこれだけ搾れないだろうな。
「あとは混ぜるだけなのかい、おババ?呪文とかないのかい?」
ミランさん、わくわくしてる。
「あるわけないだろう。言っただろう、元々は寺院に奉納するためのものだったんだって。いったい何を期待してるんだい、アンタは」
たぶん『赤』の瓶のときみたいな、サラマンダーの炎が降り注ぐようなすてきな光景を期待しているんだと思う。でも『橙』みたいに、飲んでから不思議なことが起こる場合もあるからな。
あれ、でもいただいたのでは何も起こらなかったっけ。偽物だったから?
「……じゃあ、混ぜますね」
漏斗を使って、採取した水にルートゥの果汁を注いだ。見た目にはなんの変化もないけれど、これでできあがり。
なんの変化も起こらないせいか、つまらなさそうにミランさんはおババさんにつめよった。
「ねぇおババ、ほんっとーに偽物と本物の差は材料だけなのかい」
するとおババさんは、にやりと笑った。この笑い方は、なにかある。
「飲んでごらん。そうすりゃわかるよ」
わたし達は顔を見合わせる。
「分けてもらってもいいかい?」
「もちろんです」
量はそれほどないから、小さなコップに一口分ずつ。
口に含むと、ルートゥの香りが爽やかに広がる。それでも、この二週間ちょくちょくいただいたものと変わりはない。
…………?
特になにも起こらない。
門倉さんやクルフさん達は……やっぱり同じなのかな、目をぱちくりさせている。
「なにも……なかったですね」
失敗してしまったのかもしれない。沈んだ気持ちでそう言うと、
「えぇっ!?」
と驚かれた。
もしかしてわたしだけ、なにも起こらなかったの?
「俺今なんか、瑠璃ちゃんが見えたよ!?えーと見えた、って言うのかな……?」
「あたしもさ!ルリがすっごい真剣に水とにらめっこしてんの!」
「あとなんだかこー、ゲンシュクな気持ちだったような気がすんぜ」
三人はそうそう、と盛り上がった。わたしだけ、仲間はずれだ。
「……?わたしにはなにも見えませんでしたけど……」
どうして?がんばったと思うんだけど……
意気消沈したわたしに、おババさんがにこにこして言った。
「ルリ、あんたは本物を作れたようだね」
「そう……なんですか?」
わたしにはなにも見えなかったので、実感がわかない。
「これを受け取った寺院はね、納めた人の分も込めて祈りを捧げるんだよ。飲むと作り手の思いが伝わるんだ。今の場合、あんた達はルリの思いを受け取ったんだ」
「なーるほどねー。瑠璃ちゃんがこの飲み物を作りたいって気持ち、自分の考えと錯覚するくらい、ハッキリ伝わってきた」
「瓶をかかげてる姿なんて、確かにお祈りしてるみたいだったよ」
「そ、そうですか……」
作り手の思いが伝わる水……寄進の代わりに差し出すのは、惜しまぬ手間ひま。量産なんてできるものじゃない。奉納するためのものだというのは、納得がいった。
でも……でも。ちょっとそれって……恥ずかしいよね。
五つ目、青。『オアシスに映る祈りの姿』。
水を通して伝わる思い。




