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ぽたりぽたりと水が落ちる音がしている。反響して聞こえるので近くか遠くかわからない。
トスラ・ジェラシェから歩いて一時間半ほどの山の麓に、洞窟がぽっかりと口を開けていた。旱魃で水がない時、昔はここへ水を汲みにきていたという。
入口から、ゆるい下り階段が奥へずっと続いている。かつてここへ来ていた人達が整えたのだろう。天井はだんだん高くなってきている。
外は乾燥していて気温が高かったのに、洞窟内はひんやりとしている。寒気がするくらいだ。奥から冷気が漂ってきていると感じるのは、気のせいじゃないだろう。
洞窟に入るのは初めてだ。真っ暗で、灯りがないとまわりどころか自分の足下も見えない。
ものすごく、怖い。
ランプをなくしたら絶対に帰れない――そう思うと、緊張でランプを持つ手がじんわりと汗ばんでくる。
おババさん、わたし、門倉さんの順で洞窟を歩いている。門倉さんは手伝えないけれど、仕事を全うするだけだから問題はないだろうということで、結局一緒に来ている。正直、心強い。
クルフさんとミランさんは、ルートゥを探しに行ってくれた。実は収穫はもう少しあとの季節で、今が一番手に入りにくいらしい。それでも早いところはあるはずだからと、馬車を駆ってくれている。
さすがに交易路を行き来するだけあって、どこへ行けば手に入るか、見当がついているみたい。話がまとまると、あっという間に出かけていった。
……ふぅ、それにしても、洞窟って歩きにくい。いや、これだけ暗かったら、室内でも同じかな。
どこまで階段は続くんだろう、そう思い始めた頃、おババさんが歩調を緩めた。
「さあ着いた」
立ち止まったおババさんの横に並んで、ランプをかかげた。
「うわぁ……!」
洞窟の中の湖、地底湖だ。空気がひんやりしていたのは、湖があったからなんだ。
小さなランプだけでは、その広さはまったくわからない。湖面は暗く、のぞき込んだだけで溺れてしまいそうな気持ちになる。
「すーげー」
同じようにランプをかかげた門倉さんも、感嘆している。
「あたし達はウルクルって呼んでるよ」
最近では利用する人も減ったと言うけれど、ここまでの階段も湖の岸辺も、きれいに整えられている。町中に地下水路が整備されても、やっぱり今でも大切にされているんだろう。
「まずは水の落ちてくるところを探しなさい。確か、そっちのほうにあったはずだよ」
「はい」
おババさんの示したほうへ、湖の岸辺をそろそろと移動する。そんなに狭いわけじゃないから、よほどのことがないかぎり落ちたりしないと思うけど、暗さのせいか慎重になる。
うーん……水の落ちる音のするほうへ行けば見つかると思うんだけど、反響しているので音源がさっぱりわからない。ランプをあちらこちらに向け、ようやく見つけた。
「……あった……おババさん、ありました」
高い高い天井から伸びている大きな鍾乳石があり、その先端から水が湖にしたたっている。
「その水を集めなさい。必要な分だけね」
これを……?
わたしは鍾乳石の先端を見つめた。じわりじわりと水滴が大きくなり、重さに耐えられなくなった時、石から落ちる。その間隔は長い。
……これは……一度に採取できる分は『緑』の時の朝露に匹敵する。用意した瓶は昔から奉納するためにこの辺りで使われているもので、小瓶より少しだけ大きい。これに七分目まで……
この間は四人で集めたけれど、今回はわたし一人。どれほど時間がかかるんだろう。一瞬気が遠くなった。
あぁでも、一日中採取できるわけだから、それほどじゃないかも……
門倉さんが湖を指差して行った。
「この湖の水汲むんじゃダメなの?」
「本物がほしいんだろう?」
「あー……そっか」
水を汲むのですませてしまったら、売っている物と変わりはないわけだ。
「が……がんばって?瑠璃ちゃん」
応援してくれる門倉さんの声は、かかる手間を想像してか、弱い。
「夜はちゃんと町に戻って休むんだよ、いいね?」
「ここにずっといなくていいんですか?」
「当たり前だろう。倒れたら元も子もないじゃないか」
バカなことを言うんじゃないと呆れられてしまった。
「わ、わかりました」
こうして、毎日片道一時間半の距離を移動し、水を集めることになった。
朝は日の出前に起き出して出発し、洞窟の入口で朝ご飯。それから洞窟の中に入って水を集める。滴り落ちる寸前に瓶をさしだせばいいわけだから、待つことが作業の大半だ。
お昼にいったん外に出て休憩し、ご飯を食べ終えるとまた洞窟にもぐる。そのあとは日が沈むぎりぎりまで、洞窟の中だ。夕方また歩いてトスラ・ジェラシェに戻る。
朝も早いし、待つだけなんだけど意外と体力を消耗していて、帰り道はいつもフラフラだ。夕飯を食べたあとは、すぐに眠ってしまう。
クルフさん達は四日目にはルートゥを手に入れてきてくれた。早い。
「アタリがドンピシャだったんだよ。俺達もビックリだけどな!」
「日持ちするけど、傷みがきちまったらまた行くからね」
できればそんなことになる前に、水を集め終えたい。
二人は戻ってきてからは、町で仕事をしている。『青』の瓶の完成を見届けたいそうだ。わたしもその時には二人に居てほしいと思っていたので、とても嬉しい。
時々お昼ご飯を差し入れに来てくれたりする。洞窟まで送り迎えをしてくれると言ってくれたけれど、自分で歩いて行くことが重要に思えたから断った。
そうして、あっという間に一週間がすぎた。




