2
2
一通り話し終えると、しゃべり疲れたろう、と言って、おババさんが水をくれた。
「ここはただでさえほこりっぽいからね、よその人は知らんうちに喉を痛めることが多いんだよ」
なるほど。言われてみると確かに、喉がカサカサする気がする。注意してないと危ないかも。
出してくれた水はほんのり甘かった。レモン水かと思ったんだけど、ちょっと違う。予想以上に口の中、喉が潤った感じがする。そうとう乾いていたみたい。
「うまいかい?」
「はい」
すると、おババさんはニヤッと笑った。
「それが『オアシスに映る祈りの姿』だよ」
「――え!?」
「今じゃどこででも手に入る」
「えぇ!?」
「偽もんだけどね」
「えぇえっ!?」
矢継ぎ早にさりげなく告げられて、わたしは混乱した。
今飲んだのは、偽物の『オアシスに映る祈りの姿』?
偽物って、どういうこと?
目を白黒させているわたしの後ろから、クルフさんが身を乗り出した。
「おいおババ、ちょい待った。これサルチェじゃないのか?」
「サルチェだよ」
おババさんはそのとおり、とうなずいた。
サルチェか。『黄』の瓶のときのように、違う名前を持っているようだ。
「ねえルリ、『七つの瓶』ってのは特別なものじゃないのかい?」
「いえ、揃えるのが難しいというだけで、一つ一つはそれほど特別なものではないようです……これまで集めてきたものは、そうでした」
むしろ七種を特定するほうが難しい。だってどれも、『七つの瓶』の一種だとは言っていないもの。そのうえ集めた人も記録として残したりしていないし。
「そうなのか……や、あのな。これは水にルートゥって果物を混ぜるだけのもんで、普段から飲むもんなんだよ。ルートゥは昔からこの辺りで穫れるしな」
「そうなんですか」
でもおババさんは、今ではどこでも手に入る偽物だと言った。普段から飲むもの、なのに偽物?
「おババさん、いったいどういうことですか?」
「もともと寄進もできない貧乏人が、寺院に奉納するもんなんだよ、これは」
「これがー?フツーもっといいもんじゃないの」
「馬鹿者。この辺りでは水は貴重品だったんだよ」
門倉さんをギロリと睨んだおババさんの眼光は鋭い。自分が睨まれたわけじゃないのに、ドキドキしてしまった。門倉さんも顔が引きつっている。
水が貴重品か……今でこそ地下水路がきちんと整備されて、毎日の水源が確保されているけれど、その前はそれこそオアシスの水だけが頼りだったんだ。だからこそ、奉納品になり得た。
「では今いただいたこれが偽物だというのは……?」
「材料が違うんだよ」
「水と果物が、ですか?ですが果物……ルートゥは昔から穫れるものなんですよね?」
どちらも大きく変化してしまうとは考えられない。
おババさんはしみじみとうなずいた。
「そうだよ。変わってしまったのは水のほうなのさ。いや、人が、と言ったほうが正しいかねぇ」
人が?えっと、どういうことだろう。
……まずこのサルチェは、もともとはお金のない人が奉納するために造ったものだった。水は貴重なものだったから、充分その資格があった。
でも今は整備が進んだおかげで、水はどこでも気軽に手に入るようになった。そして……
「納めればいいだけのものになった……?」
「今じゃ手軽に奉納できるってんで、なんの祈りもこもっとらんもんがそこら辺で売られとる」
吐き捨てるように言ってから、おババさんはふぅ、と重いため息をついた。
「悪いね。つい愚痴になってしまった」
「いいえ、『青』の瓶の歴史を知れて、嬉しいです」
でも正直なところ、困ってしまう。『オアシスに映る祈りの姿』を造るのに信仰心が必要だとすると、よそ者のわたしは造れないことになる。ここに根を下ろせば、いつかは造れるのかもしれないけれど……それではダメなのだ。
うつむいていたら、おババさんに肩をたたかれた。
「安心おし。正しいものは誰にでも造れるから」
「え?ほ、本当ですか?――え、でもさっき」
「確かにこれは奉納のための品だけど、必要なのは信仰心じゃないんだよ。これを作るという偽りのない気持ちさ」
これを……『オアシスに映る祈りの姿』を作る気持ち。
それなら。
「はい……!作る気あります、ばっちりです!」
今のわたしほど作りたがっている人はいないと思う。
わたしの両脇から、クルフさんとミランさんが身を乗り出した。はさまれたわたしは小さくなる。
「おババ、手伝いは?あたしら手伝ったらダメかい?」
「手伝う気持ちが本当なら大丈夫だよ」
パチンと指を鳴らしたのはクルフさん。相変わらずの豪快な笑顔で言った。
「そうこなくちゃな!なんでも手伝うぜルリ!」
「そうさ、この間の恩返しだよ!」
狭い室内で、クルフさんとミランさんは大騒ぎだ。
そんな中、門倉さんがぽそっとわたしにつぶやいた。
「俺は今回遠慮すんね?本当の気持ちとかちょーっと自信ないからさー」
……そうか、監視と護衛っていう本来のお仕事があるものね。なんだかちょっと、寂しいけれど。
「はい、わかりました」
門倉さんは好奇心の強い人のようだけれど、こういうときちゃんと線を引く。本当にまじめな人だな。




