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七つの瓶  作者: リコヤ
緑-澱みに落ちた満ちる月の雫-
26/47

6

 夕日が沈みきる前に月は姿を見せていたけれど、太陽が完全に見えなくなるまでわたし達は待った。ジンディさん曰く、あいまいな時間は危険だから。意味は違うんだろうけれど、故郷にもそういう言葉はあるから、なるほどと思った。

 暗くなり、月の光だけが地上を照らしている。月光を川面が反射しているので、想像以上に明るい。


 ジンディさんが緊張した声音で静かに言った。

「始める。一言も声を出すな」

 わたしはうなずいて返事をする。


 ジンディさんは円くて平らなお盆を、直接岩の上に置いた。そのまわりをぐるりと線で囲む。なんだろう、まじないの作法なのかな。それからお盆にセルルの朝露、雨の蒸留水、ユンナの蒸留酒の順に流し込む。どれも透明で、お盆に入っている水かさが増したようにしかみえない。

 これから、なにが起きるんだろう。

 どきどきしながら、じっとお盆を見守った。


 変化が起こりはじめたのは緊張の糸が切れそうになるころだった。お盆の水が、きらきらと輝きはじめた。

 ――――?違う。水が輝いてるんじゃない。わたしは目をこらした。なにか輝くものが、水の中に注ぎ込んでいるんだ。

 天を仰げば、こうこうと白く輝く満月。今は真上にある。

 もしかして、月光?月光がまるで雪の結晶みたいに見えているの?


 きれい……!

 うっかりすると感動で声がもれてしまいそうなので、あわてて自分の口をおさえた。呼吸を忘れそうだ。ふと見るとアンちゃんも同じように口元をおさえている。


 月光が流れ込んでいたのはそんなに長い時間じゃなかった。でもわたし達は誰も身動きをしなかった。ううん、しなかったというより、動けなかった。それに作り方に一晩かけてとあったんだから、変化が見えなくなっても動くべきじゃない。

 月が沈み、星が空を支配する。星の光も、必要な材料だったりするのかな。

 遠くでなにかの鳴き声がする。動物か妖魔か、それはわからない。でも例え妖魔だとしても、不思議と怖いとは思わなかった。雰囲気に飲まれているせいだろう。


 東の空がほんのりと明るくなり、そこでようやくジンディさんが動いた。お盆を取り上げ、

「完成した……」

 と呟いた。



 太陽の光が当たるのはよくないかもしれないとのジンディさんの意見で、大急ぎで川から村へ戻ってきたわたし達。行きは半日かけたけど帰りは急ぎに急いだので、それよりもずっと早くたどり着いた。それでも昼になってしまったけれど。


 それにしても……疲れた。くたくただ。

 まだ十一歳のアンちゃんなんて、途中から半分寝ながら歩いていた。わたしも似たようなものだ。徹夜明けにご飯抜きでジャングルを移動、なんてしたらダメだと思う。

 さすがに門倉さんとジンディさんにもきつかったようで、簡単なご飯を食べたあと、一眠りすることになった。体力的なこともそうだけど、できあがったことで全身の力が抜けてしまったのだ。

 気持ちは高揚してるんだけどね……

 横になったら、あっという間に眠りに落ちた。



 目が覚めたのは夕方近くになってのことだった。

 板の上にそのまま寝てしまったので、全身が凝っている。うんと伸びをしてみるけれど、あんまりほぐれてくれない……

「くぁーっ、まだ眠いー!」

 大あくびしつつ、門倉さんも同じように体をばきばき鳴らしている。

「でもちょっとスッキリしました」

「まぁね~。でも本調子に戻るには一晩きっちり寝ないとダメそだね」

「そうですね……」

 苦笑いしつつ言ったのに、

「……そうでもない」

 と、先に起きていたらしいジンディさんが否定した。どういうこと?


 『澱みに落ちた満ちる月の雫』は、小瓶三本に分けて詰められていた。透明なのは変わらないんだけど、ちょっととろっとしている。

 ジンディさんはそのうちの一本をわたしの前に置いて言った。

「タチァバンナ、カッドクラ。礼を言う。おかげで先祖代々の技を取り戻すことができた……」

 深々と頭を下げるジンディさん。その横でアンちゃんも同じようにおじぎをしている。

「いえ、わたしの都合もあったんです。お礼なんて言わないでください」

「……我らの技は言葉で伝えるもの。伝わらなかった時点で技は途絶える。だからわたしは諦めていた。だが記憶をたよりに取り戻すことができるとは思わなかった。文字を持つお前達のほうが、よほど思い出を大切にしていたようだな」

 な、なんだかジンディさんの言い方が大げさな気がする。わたしの都合で強引に始めたことだ。こう感謝されると恥ずかしいというか居心地が悪いというか……


 気まずい思いを振り払うために、わたしは言った。

「あの、さっきのそうでもないって言葉は、どういう意味ですか?」

「うむ」

 うなずいたジンディさんが用意してくれたのは、おちょこくらいの小さなカップ。そこにほんのわずか、一口分の量だけ、『澱みに落ちた満ちる月の雫』を注ぐ。ビックリするほど少ない。アンちゃんの分はもっと少ない。なんで?


 カップをのぞき込んだ門倉さんが口を尖らせた。

「……試し飲みでも、もーちょっとくれてもよくない?」

「いや、ダメだ」

「なんで」

「四つの時が混ざり、満月にさらされた。この中にその魔力が凝縮している。毒にも薬にもなるのだ」

「毒にも薬にも……」

「え、ちょっと」

 門倉さんが顔色を変えてわたしの前のカップを遠ざけた。

 それを見て、ジンディさんはにやっと笑った。ごめんなさい、その表情はちょっと怖いです。

「案ずるな。それだけならば毒にはならん」

 ジンディさんがそう断言するなら、大丈夫だろう。わたしは思い切ってカップを傾けた。

「あっ瑠璃ちゃん!」

 門倉さんが慌てたように叫ぶけど、一口分しかないので時すでに遅し。


 ………………!

 あぁあ、甘い――ものすごく甘い!材料の中に、なにか甘いものってあったっけ!?

 目の前がくらっと揺れた。甘さのせい?思わず目をつぶる。

 自分の中から、なにかがすうっと抜け出るような感覚があって。


 あれ……?

「……大丈夫瑠璃ちゃん?気持ち悪くない?」

 …………悪いどころか。

「なんだかスッキリしてます」

 一眠りしても回復しなかった疲れが、とれている気がする。眠いとか体が重いとか感じない。

「マジで?」


 門倉さんが悩んだ様子を見せたのは一瞬。えいやとばかりに、カップを煽る。ジンディさんとアンちゃんも。

「……………………うっ……わー………」

「むぅ…………」

 あのとんでもない甘さに、男性二人は沈黙した。

「ふぁ、甘ーい!」

 アンちゃんは笑顔だ。量の違いかな。

 それでも同じような効果は現われたみたいで、表情から疲れが消えた。

「おー……すっげ。嘘みたいだね」


 まるで昼間の豪雨がさっぱりと晴れ上がってしまうように、体の中に沈殿していた疲れが拭い去られた。

 効果はすごい。途轍もないと言ってもいい。

 でも。

「祖父はこれを魔酒と評価してましたけど、わたしもそのとおりだと思いました」

「ユンナはもともと滋養に使う薬草だ。その効果が高まったのかもしれんな。しかし……」

 厳しい顔つきで、ジンディさんは棚の奥に瓶をしまった。

「用量はお間違いのないように、だねぇ」

 うん、まったく。



 四つ目、緑。『澱みに落ちた満ちる月の雫』

 時間の取扱いは慎重に。

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