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七つの瓶  作者: リコヤ
緑-澱みに落ちた満ちる月の雫-
25/47

5

 ……眠い。夕べは早くに横になったけれど、緊張のせいかどうも眠りが浅かったみたいで、ものすごく眠い。


 夜明け前、まだ薄暗いジャングル。細くても背の高い木々がほとんだから、ジャングルの中にまで日が射すのは太陽がもっと高くまで昇ってからだ。

 夜行性の動物はすでにねぐらに帰り、でも鳥達はまだ眠っている。恐竜も動き出さない。そんなぎりぎりの時間、ジャングルはものすごく静かだ。わたし達の足音が大きく聞こえる。

 ジンディさんもアンドゥカさんもきびきびした足取りだけど、眠くないのかな。わたしの後を歩いている門倉さんは、さっきからあくびを繰り返している。


「あった」

 先頭を歩いていたジンディさんが立ち止まり、一本の木を指した。

 緑の苔が細い木にびっしりと生えている。さわってみるとひんやりしているんだけど、ふかふかして気持ちがいい。その苔の上に、わたしの手くらいの大きさしかない、小さな植物が生えている。二枚の葉の間から茎がすっと伸びて、その先に一、二輪の小さな小さな白い花が咲いている。

「これが、セルルです」

 かわいい花だ。まわりをよく見ると、同じように苔むしてセルルを咲かせている木が何本もあった。


 ジンディさんが小さな花を観察して言った。

「この下の花びら。ここについている朝露を集める」

 場所まで指定するの?


 セルルは四枚の花びらがある。そのうちの一枚、下向きについている花びらだけ形が違い、スプーンのようなくぼみのある形をしている。よく見ると、そこに水滴がついているのがわかった。

 白い花は本当に小さい。爪くらいしかない。だから花びらはもっと小さい。


 思わず無言で、手に持った小瓶とセルルとを見比べる。

 よみがえるアンドゥカさんのおじいさんの話。

『なんだかは聞いたことねぇが、集めんのが大変だってぼやいてたな。朝しか採れねえし、一回に手に入ンのもちびっとで、でも小瓶一瓶分はいる、とかな…………』

 えーと……

「これ、そーとーキッツいよね?」

 眠気もとんだ様子の門倉さんの顔が引きつっている。

「そうですね……」

 ジンディさんとアンドゥカさんも、さすがに固まっている。


 しかし呆然としてはいられない。この地では朝露はあっという間に蒸発してしまう。

「……っ、と……とにかく集めましょう、朝露!始めなければ、集まりません!」

「うむ……そうだな」

「がんばらなくちゃ……」

 一人門倉さんは、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「え、どうしたんですか門倉さん?」

「うぅ、がんばるよー……でも俺細かい作業苦手なんだよーぅ……ちょっとしかできなくても許してね?」

「というか怒ったりなんてしませんよ。さ、始めましょう」


 わたし達は作業を開始した。うっかりぶつかってしまうのを防ぐため、それぞれ別の木で取り組むことにする。

 花びらに小瓶を近づけ、指先でとんとんと軽く花を叩く。

 初めのうちは、朝露を弾いてしまったりして、小瓶に入れることすら難しかった。数を取り組むうちにだんだんとうまくいくようになったけれど、それでも失敗する回数のほうが多い。

 一つの花から得られる朝露なんて、ほんのわずかだ。四人がかりとはいえ、小瓶一瓶分なんてどれほどかかるのだろう。

 セルルはたくさん咲いているから、それだけが慰めだ。失敗しても大丈夫って思える。これで花の数も少なかったら、精神的にも苦痛だっただろう。


 その朝採れた分は、全員分合わせても小瓶の五分の一もなかった。

「気ぃ遠くなるー」

 ジンディさんの家で、だらっと床に寝そべった門倉さんがぼやく。相当疲れたんだろう、表情が半分寝ている。

 わたしも疲れた。ちょっと一眠りしたいくらい。

「お茶煎れました。どうぞ」

「わぁ、ありがとう。でもアンドゥカさん、疲れてない?大丈夫?」

「……必死だったから、ちょっと疲れました」

「ちょっとどころか~……俺ホント、あーゆー神経使うのダメー…………」

 本当に神経を使う作業だった。小さいし、姿勢は中腰のままだし、そのうえ花と花が近いと、どちらかの朝露しか採れないのだ。ハビエルさんがぼやいていたのも無理はない。

 大変だけど、でも満月まで十日ある。四人でやればきっと大丈夫だ。



 同じところに十日もいるのは初めてだ。『赤』も『橙』も一日足らずだったし、『黄』は『賢者の塔』に三日ほど滞在したけれどエル・エルムディアには半日程度だった。移動に時間がかかるからしかたないけれど、うーん、もったいないことをしている。


 十日の間、わたしはアンドゥカさんのお家にお世話になった。着物もさすがに暑いので、服を貸してもらってしまった。着慣れないのでちょっと落着かなかったけれど。

 朝は朝露を採りに。昼間はお家の仕事をお手伝いしてすごした。食事の支度とか掃除とか。

 門倉さんは、男手ということで昼間は村の外での仕事に駆り出されていた。力仕事もそうだけど、どちらかというと妖魔撃退を担当していたらしい。同盟所属の戦士だものね、そのあたりの仕事はお手の物だろう。


 それと、アンドゥカさんのことをアンちゃんと愛称で呼ぶようになった。彼女のおじいさんがそう呼んでいるのを聞いてから、かわいいのでわたしもそう呼んでいいか訊いたら、うなずいてくれたのだ。妹ができたみたいで、嬉しい。ちなみにわたしのほうはルリちゃんと呼んでもらっている。



 今晩が満月という日の朝、ようやく小瓶一瓶分のセルルの朝露が集まった。ギリギリだった。感慨深いものがあるけど、本番はこれからだ。


 三つの材料を混ぜ合わせる配合は、ジンディさんが知っていた。答えは、均等。ハビエルさんが神経質にきっちり量っていたのを思い出したのだ。やっぱり思い出が手がかりになった。

 ジンディさんの提案で、村の中では月がさえぎられてしまうので、開けたところへ行くことになった。半日かけてジャングルを進み、川に出る。この地域の地形は下流のほうだと岸辺がないんだけど、山に近い上流はごろごろした岩が岸をつくっている。確かにここなら月がさえぎられることはない。


 それにしても……妖魔避けのお香を焚いて、恐竜避けのまじないをかけてもらっての移動だったけど、正直怖かった。だって避けるっていっても、姿が見えたりするんだもの。

 その場にも妖魔に襲われないように、ジンディさんがお香を焚いてまじないを施す。夜は恐竜は出ないから、対妖魔だけでいいのだ。門倉さんが対処すると言ったけれど、騒がれて邪魔が入るのは困るから、とジンディさんは断った。


 持ってきた荷物――セルルの朝露、雨の蒸留水、ユンナの蒸留酒――を、平らな岩の上にひろげた。

 あとは、月が出るのを待つばかり。

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