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アンドゥカさんのおじいさんは七十をすぎてから数えるのをやめたため、確かな年齢はわからないという。歩くときに杖は必要なものの、それ以外は元気なおじいさんだった。
木陰でのんびりしているところをお邪魔する。
「おじいちゃん、ハビエルさん、知ってる?お師匠のお師匠」
「おう知ってるよ、友達だったからな。楽しい男だった」
楽しい人か……おじいちゃんもそんなこと書いてたっけ。ハビエルさんて、わたしがなんとなく思い描くまじない師からは、ずいぶんかけ離れている気がする。
だって、まじないと楽しいはあんまり結ばれないよね。
「なんだかずいぶん懐かしい名前だなぁ……なんだ、どうした?アン」
「調べてることがあるの。おじいちゃん、知らないかなって思って」
「ハビエルのことでか?おう言ってみな」
「えっとね、ハビエルさん、朝早くに出かけてたこと、ない?」
「朝早くぅ……?」
アンドゥカさんのおじいさんはしばらく考えるように目をつむってから、うむ、とうなずいた。
「……ああ、あったな。まじない道具で、朝しか採れねぇもんがあるとか言ってたことがある」
朝しか採れないもの――朝露だ。
わたしはアンドゥカさんと顔を見合わせてうなずいた。
「なんだか、聞いたことある?」
期待を込めて答えを待つ。
ところがアンドゥカさんのおじいさんは、重々しく首を横に振った。
「ねぇよ。まじないの道具は聞いちゃなんねぇのよ。力が失われるからな」
「そうなんですか?」
はい、とアンドゥカさんはうなずく。そうだった……と小さくつぶやいたのが聞こえた。
……ん?とすると、おじいちゃん、よくハビエルさんから聞き出せたなぁ。ジンディさん曰く基本の品、だから問題なかったとか?
ふぅーむ、と唸りながら、アンドゥカさんのおじいさんは、あごをさすって目を細めた。元々目の細い方なので、そうするとほとんど目を閉じたような様子になる。
「なんだかは聞いたことねぇが、集めんのが大変だってぼやいてたな。朝しか採れねえし、一回に手に入ンのもちびっとで、でも小瓶一瓶分はいる、とかな。懐かしいね」
小瓶一瓶……それきっと、朝露の必要な分量だ。
「行き先を聞いたことなどはありませんか?」
「さぁなァ……あいつが家を留守にしたことはあんましなかったと思うから、ま、きっとそこら辺だろ」
そこら辺……曖昧すぎる。
うぅん、朝露、どこのなにから採ってきたのかな。それが肝心だと思うんだけど。
「他になにか、朝の習慣などご存知ないでしょうか」
「朝なぁ……体操とかしてたな。準備体操とか言って。ほれ、俺が毎朝やってるやつよ。ありゃアイツから教わったもんなんだよ」
「そうだったんだ」
朝から体操を……とても健康的だ。そういえば、おじいちゃんも時々やってたっけ。おじいちゃんもハビエルさんから教わったのかな?
そのあともいろんな人の間をまわったけれど、アンドゥカさんのおじいさん以上の話は聞けなかった。
お昼時になったのでとぼとぼとジンディさんの元に戻ると、やっぱりな、というバカにした目で迎えられた。なにも収穫がなかったわけじゃないのに。
それでもお昼を用意してくれていたのには驚いた。人嫌いって聞いたし、そんな印象受けたけど、集落の人からは頼りにされているようなので、実際は人見知りなんじゃないかと思う。
お昼ご飯をいただいて、さて、これからどうしようか。
まだ全員に話を聞いたわけじゃないけれど、ハビエルさんを知らない人はきっとなにも知らないだろう。
わかったことは、一回に手に入る量が少量であること、朝露は小瓶一瓶必要なこと。
手がかりはほかにないのかな。あるとしたら弟子だったジンディさんの思い出なんだけど……というかもう、それしかない。
考えるわたしの横で、門倉さんが言った。
「のさ?あんたが作り方を知らないのって、こんだけ?」
「――おそらく」
「なんで?理由でもあんの」
ジンディさんはふう、と重いため息をついた。
「難しいからだろう」
「どこが?」
門倉さんが首をかしげる。確かにわたしにも、難しいことのようには思えない。
するとジンディさんはバカにしたようにわたし達を見て、
「昼間の雨と夕方の薬草を一晩かけて調合する……時間帯の違うものを混ぜるのは難しいことなのだ」
時間帯?雨が昼間というのはわかるけど……
「ユンナの花は夕方に咲くのだ」
なるほど、だから時間帯の違うものというのか。
――あ。
「朝露は明け方のもの、ですよね。だとすると朝……明け方になにかあるものの朝露ではないですか?」
「昼、夕方、夜……おー、確かに朝がない。えーと?つったら植物?朝露に濡れる草、とか言うでしょ」
門倉さんからそんな言葉が出てくるとはちょっと意外……なんて思ってしまった。ごめんなさい。
それはともかく、門倉さんの言葉にジンディさんとアンドゥカさんはなにか思い当たった様子。
「…………セルル……?」
ジンディさんに確認するように、アンドゥカさんが小声で言った。それは?
「朝一番に花が咲く、植物です。お昼頃には、しぼんじゃいます」
「きっとそれですよ!どこに咲いているんですか?近く?」
わたしが勢い込んで訊ねると、ジンディさんはなぜかむっとしたような表情で言った。わたしが気づいたのが気に食わないのかな。
「……その辺を歩けばどこにでも咲いている」
その言葉に、門倉さんが吹き出す。
「ほんっとにそこら辺なのな」
アンドゥカさんのおじいさんの言葉通りだ。




