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七つの瓶  作者: リコヤ
緑-澱みに落ちた満ちる月の雫-
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 四つ目は緑。魔酒『澱みに落ちた満ちる月の雫』。

 これを毒とするか薬とするか、用いる際にはよくよく考えねばならない。

 ――橘昌二郎の旅行記より



 空があっという間に黒くあつい雲で覆われ、昼間だというのに薄暗くなる。ぽつんぽつんと雫が落ちてくるのに気づいた次の瞬間には、視界が白くけぶるほどの雨が降り注ぐ。雨粒が当たると痛いと感じるほどだ。

 それが小一時間もするとぱたりと止み、黒い雨雲はあっさりと拭われて真っ青な空が広がる。雨の名残りは屋根から滴り落ちる水滴や、地面の水たまりにしか見られないが、それも数十分もすると乾いてしまう。


 熱帯地方の町ウラナムに着いて四日、昼すぎのほとんど同じ時間におこるこの嘘みたいな天気に、わたしはまだ慣れない。

 拠点にしている宿の一階の食堂で外を眺めながらそう言うと、襟元を思いきり開けてだらしなく椅子にのびている門倉さんが、うめくように言った。

「うーそーだぁ……こんっなに暑いのに着物着てられるんだからさ」

「確かに暑いですけど……真穂呂の夏と似たようなものでしょう」

 むしむしと湿気た暑さ。そっくりだ。

「似てないよ……こっちのがきつい。瑠璃ちゃんの着物が信じらんない」

 ああ、見た目が暑苦しいということか。さすがに髪は上げているし、夏生地の着物なんだけど。

 でもウラナムの人達もそれほど薄着ではない。風通しのいい生地で作られているみたいだけれど、袖が肘くらいまであって少しゆったりした感じの服装だ。

 わたしだって暑いことは暑い。でも今はそのことに気をまわすほど余裕がないのだ。


 緑の瓶がない。

 酒場に喫茶店に市場――思いつくところ、目に付いた店、片っ端から訪ねてまわったのに、緑の瓶『澱みに落ちた満ちる月の雫』の存在を誰も知らなかった。おじいちゃんの旅行手帳には間違いなくウラナムで手に入れたと書いてあるのに、五十年の間に失われてしまったようなのだ。

 エル・エルムディアに行く方法など易しい悩みだった。


 バタバタと団扇で風を送りながら、門倉さんが言った。

「……そんで?どーするか決まった?」

「あ、はい。ジャングルの中にナキリ族と呼ばれる人達の集落があるそうなんです。そこへ行ってみようかと思います」

 おじいちゃんはウラナムで緑の瓶を手に入れたけれど、もしかしたらそれはナキリ族の品なのかもしれない。この辺りを案内してくれたのも、ナキリ族の人ということだったし。


 ガタ、と椅子を鳴らして、慌てたように門倉さんは身を起こした。顔がこわばっている。

「え、それどれくらいかかるの」

「歩いて二時間くらいだそうです……なにごとも起こらなければ。大丈夫です、明日の朝行くことにしていますから」

「あーよかった。恐竜から瑠璃ちゃんを護れる自信はちょっとない」

 思いっきり脱力して、安心したようにまた椅子に伸びる。


 恐竜――熱帯から亜熱帯地域に棲む大型爬虫類。草食類は人に飼われていることがまれにあるけれど、肉食類はひどく凶暴で、空腹時は妖魔だって襲う。

 その恐竜も、物の本によれば、巨人族にとってはごちそうとなるらしい。体が大きい巨人族なら、狩るにも食用にするにもちょうどいいのかもしれない。巨人族とは会ったことはないけれど。

 故郷の町では夏になると、たまにはぐれ恐竜が海に出没する。なんでも海流に乗ってやってくるらしい。その姿を遠くから見たことがあるけれど、あのびっしりと生えた鋭い歯は怖かった。


 わたしだって恐竜と遭いたくはない。だから比較的安全だという、朝の早い時間に移動するつもりだ。

 なぜなら、恐竜は気温が低いと動かないから。

 熱帯から亜熱帯は昼間はもちろん気温が上がる地域なんだけど、夜が意外と冷える。夏の高原の朝とか、秋の早朝くらいかな。この辺りに着いてみて、わたしも初めて知った。

 だから恐竜は、草食も肉食も、夜の間に冷えた体が温まるまで、じっとしている習性があるのだそうだ。そう言うわけで、ジャングルの早朝は恐竜に遭う可能性がとても低い。

 恐竜の棲息地域を移動するには早朝がいいとは、こういう理由からだ。

 ちなみに夜移動しないのは、妖魔が出るから。体の小さい種類らしいけれど、数が多くてやっかいだそう。それだけじゃなくて普通の虫なんかも危険なのがいて、とにかく夜のジャングルは危ないから絶対やめろと、宿の人にも言われている。

 言われなくても、真っ暗なジャングルになんか入りたくない。


「じゃ明日はいつもよりずっと早起きするんだね?」

「そうなりますね」

 とりあえず、次の方向は固まった。すると今日これからの時間はぽっかりと空いてしまうことになる。どうしようかな?


 すると、離れたところから声をかけられた。

「タチァバンナさん、客だよ」

 この辺りの発音ではタチバナはタチァバンナ、になってしまうらしい。でもお客さん、わたしに?

 振り返ると宿の主人が入口をあごで示した。視線をそちらに向けると、十歳前後くらいの少女が立っていた。町の人達と褐色の肌に黒い髪の容姿は似ているけれど、服装がだいぶ違う。


 少女はナキリ族のまじない師見習い、アンドゥカと名のった。年齢は十一歳。普段はジャングルの集落から出てこないんだけれど、今日は師匠のおつかいで来たのだと言った。その行き先で、わたし達のことを聞いたのだそうだ。

 ナキリ族のまじない師……それって、おじいちゃんが出会った人だったはず。もしかして……?

 ドキドキしてきた。これは、いい話が聞けるかもしれない。


「わざわざ来てくれたんですか?ありがとう」

 隣の席に座ってもらう。

「それで……なにかご存知ですか?」

 訊くと、なぜかアンドゥカさんは、今にも泣きそうに顔を歪めた。うつむいてしばらくもじもじしていたが、やがて少し顔を上げて、小さな声で言った。


「満ちる月の雫は、あの、あたし達が使うまじないの道具の一つ……で。あの……あの、もう、ないんです」

「…………」

 ない。

 赤の瓶のときも、橙の瓶のときもそう言われた。でもそれは、作るための材料が手に入らなかったり、時期が遅かったりしたから。けれど、結局は手に入った。

 今回もなにかしらの問題があるだろう。それはもう、半ば覚悟していた。けれど、きっと解決できる。

 そう思ったのに、アンドゥカさんが続けた言葉は衝撃的だった。

「作り方が、わからなく、なっちゃって」

「――――え」


 作り方がわからない?

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