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七つの瓶  作者: リコヤ
黄-沈黙の向こう側-
19/47

5

 図々しくもせっかくだから造るところが見たい、と言ったのはわたしではなく門倉さんだった。でもわたしも見たい。エルフが植物からどんなふうにリキュールを造るのか、興味がある。


 イスラングルさんは少し渋ったけれど、結局は承諾してくれた。

 ただし、大急ぎで見ること。

「あまり長く滞在してしまうと、欠けてしまうからね」

「欠ける?」

「精霊界に体と意識を持っていかれてしまうのだ」


 特に人間は持っていかれやすいのだそうだ。他の種族が精霊界の影響をいくらか受けた姿をしているのに比べ、人間はまったくその影響を受けていないからだと言う。だから精霊界に引きずられてしまうと。

 うーん……わかったような、わからないような。

「立ち入り禁止の区域に入り込んで、どこかしらがおかしくなってしまった人がいるでしょう?あれは精霊界になにかを持っていかれてしまった結果なんです」

「……自分でなくなっちゃう、ということですか?」

 そう、とミゼルさんとイスラングルさんは揃ってうなずいた。


 エル・エルムディアがエルフ以外立ち入り禁止なのは危険な、おかしくなってしまう地だから、ということか。

 ちょっと怖いな……

 好奇心と恐怖心で緊張していたら、念のため結界を張るから大丈夫とミゼルさんが請け合ってくれた。


 まず案内してくれたのは館の庭園。ラナタとシェンナミストはここで育てられているのだそうだ。

「これがラナタ」

 ヨモギに似ているけれどもっと葉の切り込みが深い。銀葉の植物がきれいに見えたのって、初めてかも。

「シェンナミストはこれだ。花の時期は終わってしまっているがね」

 葉が針みたいに細いから、全体的に繊細な感じ。リキュールに使うのは花で、初夏に青、白、ピンクの花が咲くそうだ。葉に触れていたらなんだか甘い香りがした。


「ではレプトシュクリウムをごらんにいれよう」

 庭園を突っ切った先に、濃い霧のかかった森がひろがっていた。この森がエル・エルムディアだ。向こう側の見えないほど濃いこの霧は、うっかり迷い込んでしまわないための目印なんだそう。確かに、踏み入るのはためらう。


 イスラングルさんの後について、森の中に入った。

 あれ、なんだか……うぅん、なんだろう、なにかが違う。静かなような、ざわざわするような。


「あんま考えちゃダメだよー」

 門倉さんに肩を叩かれて、びっくりした。

「気ィとられると、結界あっても持ってかれるよ」

「は、はい!」

 文字通り気をつけないと。


 イスラングルさん自身はそんなに早足で歩いているようには見えないんだけど、わたしは時々小走りになってしまう。木の根に足を引っかけないように進むのはなかなか大変だ。

 あれ、なんだかいい香りがする。お酒っぽいけど……ついさっき嗅いだような、覚えのある香り。


 と、イスラングルさんが立ち止まった。一本の木を示し、

「さぁ、これがレプトシュクリウムだ」

「…………っ!」

 圧倒されて言葉にならない。

 巨木だ。全身が反っくり返るようになって見上げてみても、てっぺんが見えない。真っ白い幹に、黄色い筋の入った濃い緑色の葉。太陽の光をあびて輝くさまを、どう表現したらいいんだろう。きれい、では足りない。


 イスラングルさんが誇らしげに言った。

「美しいだろう?この木がアーテジアを造ってくれるのだ」

「え?」

「木が、酒造んの?」

「ここをのぞいてごらん」

 上ばかり見上げていたので気がつかなかったけど、根元に近いところ、といってもわたしの目線と同じくらいの高さのところに、ぽっかりとうろがあった。いい香りはそこからする。


 言われた通りのぞき込んでみると、中には水がたまっていた。水の中には花と葉が沈んでいる。薄暗いけれど、これは……

「これ……ラナタとシェンナミスト?」

「そうだ」


 二つの植物を麦から造ったお酒に漬けて、それをレプトシュクリウムのうろの中で寝かせる。この巨木は水分を多く含んでいる木で、お酒とその水分がうろの中で混ざることによってアーテジアができあがる。

「そんなに水分が……?」

「つか、お酒薄くなったりしないの?」

「甘みのある水分なのでね、むしろまろやかになっていく」

「できあがるのはいつ頃なんですか?」

「そうだな……五十年頃からか。我々が飲み頃と考えているのは百年以上たったものだが」

 百年……人間だったら、自分が作ったものを飲めずに死んでしまうかもしれない。さすがに最長命のエルフ、桁が違う。

 でもこんな大きな木の中で寝かせるんだもの、それくらい気長に待たないといけないのかも。

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