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わたしは図書館の庭のベンチで頭をかかえた。次の手が思いつかない。エル・エルムディアに行くには、どうしたらいいのか。
「は~……」
ため息をこらえられない。
エルフの知り合いなんていない。でもきっと、エル・エルムディア以外では黄の瓶は手に入らない。
エルフの品はどう流通していたんだったかな。橘貿易でも少し扱っていたけれど、お父さんが買い付けに、なんて話は聞いたことがない。
そうだ、手紙のやり取りをして仕入れていたんだ。でもその肝心の仕入れ先を知らない。となれば速達を使ってお父さんに問い合わせるしかないけれど、それだと時間がかかってしまう。うぅん、問い合わせてもわかるかどうか……だってうちで扱ってないってことは、情報もないってことだもの。
ああもう、通信札くらい用意しておけばよかった。
「は~……」
またため息をついてしまう。
「のさ瑠璃ちゃん、噂なんだけどね?」
うつむくわたしの頭をぽんぽん叩いて、門倉さんが言った。
「喫茶クローバー、あそこ、女王親衛隊とつながりがあるらしいよ」
「……?それが、なにか?」
わたしはのそのそと顔を上げた。エルフの国と女王親衛隊がどうつながるの。
「えーとね、ティマ・サガナの女王は半エルフでしょ?だから女王と女王親衛隊は出入りできるらしいの」
「じゃあ、頼み込んだら、連れて行ってもらえるかもしれない……?」
「噂がホントだったらね」
わたしは思わず笑ってしまった。噂がホントだったらって。
「なに言ってるんですか。『七つの瓶』だって幻の品なんですよ?祖父が集めていたおかげで二つ手に入りましたけれど、本当なら噂を追いかける旅だったはずです」
「ああ……そいえばそーだったね」
「噂でかまいません。喫茶クローバーへ行きましょう!」
時計塔の時刻は三時近くを指している。都までは定期馬車で一日。普通夜間運行はしないから、途中の停留所で一泊ってことになる。喫茶クローバーを訪ねるのは明日だ。
都に着いたのはまだ朝もやの濃い早朝。停留所のサービスで朝ご飯を食べてから、開店早々の喫茶クローバーを訪ねた。さすがにまだお客さんはいないだろうと思っていたら、すでに一人、お茶を飲んでいる人がいた。早いなぁ……
「ルリさん、リヒトさん、お待ちしてましたー」
出迎えてくれたリュベルさん。待っていたって、どういうこと?
「橙の次は黄、ですからー」
お茶を飲んでいたお客さんが立ち上がって、こちらにやってきた。精悍な顔立ちの男の人だ。両手に篭手をはめていて、足下も頑丈そうなブーツ、着ている黒い服は上等な仕立物のようだ。全身統一された装飾で、制服のようだけれど。何者だろう。
「紹介しますー、」
「おはようございます、かわいいお嬢さん。アルカ・ブーケのミゼル・モートレイドと申します」
そう言って優雅な仕草でおじぎをした。
「え……?アル……?」
ってなんだろう?きょとんとしたわたしの横で、門倉さんが驚いた。
「じ、女王親衛隊……ッ!?」
「うんそう」
さらっとうなずいたミゼルさん。
……ええっ!?わたしはあわてて頭を下げた。
「お、おはようございます。橘瑠璃ですっ」
「ルリさん。いい名前だ」
「……ありがとうございます」
ナンパな人なのかしら。
「アリア達から話は聞いてます。『七つの瓶』を求める旅の途中だと。次は黄の瓶ですね」
わたしはうなずいた。でも、と言いかけるのをミゼルさんがさえぎり、
「エル・エルムディアへの案内でしょう?大丈夫、そのためにここで待っていたんですから。もっともお二人が入れるのは入口のみですけれどね」
「――ちょ、ちょい待って」
門倉さんが腕をのばして割り込んできた。
「喫茶クローバーが女王親衛隊とつながりがあるって噂はホントなんだ?」
「つながりもなにも、アリアもリュベルもアルカ・ブーケの一員だ。シュウは少し違うけどね」
「えぇえぇえッ!?」
わたしと門倉さんは声を揃えて叫んだ。うそ!お二人が親衛隊!?パティシエとウエイトレスじゃないの!?
「同時にパティシエとウエイトレスである、ということです」
「秘密にしてたわけじゃないんだけどー」
町の人はみんな知ってるから、とリュベルさんははにかんだ。まあ確かに、通りすがりの旅人にわざわざ言う話でもない。
「言ってくれたらわざわざ『賢者の塔』にまで行って本とにらめっこする必要なかったよ」
ぶつぶつと門倉さんがぼやいた。そうとう厭だったのね……
「でもあの植物のことがわかったからエル・エルムディアに行くことになったんですし、たぶん教えてもらっていても『賢者の塔』には行ったと思いますよ」
他にも収穫はあったのだし。
「つーかさ。『七つの瓶』のこと全部知ってんじゃないの?」
「え?……そんな」
言いかけて、はた、と気づいた。
ここに来てから、わたしはまだ一度も用件を告げていない。リュベルさんに迎えられたとたんに「待っていた」と言われた。橙の次は黄だから、と。そして噂が本当かどうかを訊く前にミゼルさんを紹介され、行き先を告げる前にエル・エルムディアへ案内すると言われた。
すべて先回りされている。
わたしはリュベルさんとミゼルさんを振り返った。
「ご存知……なんですか?」
「……ええ、知ってますー。本当に知りたかったら、教えてさしあげますー」
そんなの、知りたいに決まっている。だって期限は一年しかなくて、すでに四ヶ月すぎている。あと八ヶ月で残り四つ。その四つのうち三つは詳細不明だ。
「それじゃあー、まずは黄の瓶をもらいに行ってきてくださいー」
帰ってきたらゆっくり話します、とリュベルさんは言った。なんだろう、リュベルさんの笑顔にふくみを感じるんだけれど。
でもまずは。
ミゼルさんがうなずく。
「ではお二方、準備はいいですか?エル・エルムディアへご案内しましょう」




