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泡、だ。足下の自分の影の中から、サイダーみたいに泡が次々に浮かんでくる。その泡の中に、なにかが見えた。なんだろう?
あら、お父さんだ。お父さんとわたしがかき氷を食べている。おじいちゃんじゃなくて……え、そんなことあったっけ?
…………ああ……おじいちゃんが亡くなって最初の夏だ。夏の初めにかき氷を見て、泣いちゃったんだっけ。おじいちゃんと氷屋さんへ行くの、好きだったから。
ふと別の泡に目を向けた。
誰かと手をつないでいる小さな子供。あれは――五、六歳頃のわたしと、おばあちゃんだ。家の中でくつろいでいる姿しか覚えていないけれど、こうやって外へ出かけたこと、あったんだ。
別の泡が近くを通った。これは、人形……?見覚えがある。
ああ、そうだ――小さい頃大切にしていた、眠るときも一緒だった人形だ。なくしてしまって、見つからなくてずいぶん泣いた。いつの間にかなくしたこと、持っていたことすら忘れてしまっていた。
こっちの泡の中には、赤ん坊を抱いた女の人。この人、
「お母さん……」
赤ん坊のわたしを抱いた母だ。母は、わたしがまだ小さい頃に亡くなった。絵姿で知っているけれど、覚えていない。なのになぜか、泡の中に浮かんだ女の人が、わたしの母だと直感した。
赤ん坊のときなんて、当たり前だけどわたしの記憶にはない。でも覚えているんだ……
しばらくして、立ち上っていた泡はすうっと消えた。
「このサイダーは正しい作法で作ると、記憶を見せてくれるんです。たとえ覚えていなくても。むしろ、覚えていない記憶を見るために、サイダーを求められるお客様が多くいらっしゃいますね」
シュウさんの声がして、わたしは我に返った。
「ルリさんは、誰かに会えましたか?」
「亡くなった母に……会えました」
そっか。思い出せなくても、記憶はちゃんと、わたしの中にあるのね。わたしはちゃんと、お母さんを覚えているんだ。……嬉しい。
これを飲んだおじいちゃんは、なにを思い出したのかな。
「瑠璃ちゃん泣かないの?」
「泣くほど思い出がないんです。本当に小さな頃に亡くなって、ほとんど祖父母に育てられましたから。でも会えたのは、本当に嬉しいです」
「ふーん」
そう言う門倉さんの目が、ちょっと赤い。あれ?
「門倉さんは?誰かに会えました?」
ちょっと意地悪だと思ったけれど訊いてみる。
「え?まぁねー」
「泣いたんですね」
「……無視してよ。かっこわりー」
盛大なため息をついて、門倉さんはテーブルにつっぷした。
「泣くのはかっこ悪いことじゃないと思いますけど」
「ええ~?いやぁ、男のコとしちゃ、女のコの前で泣きたくなんかないよー。ねー?」
門倉さんは顔だけあげて、テーブルのそばに立つシュウさんに同意を求めた。
「同感です」
シュウさんはなぜか力強くうなずいた。
「そういうものですか?」
父は感動屋さんで、けっこう泣いていたけれど。そう言うと、門倉さんはそれは違うーと口を尖らせた。どう違うのやら。
ふぅ、とため息をつきながら門倉さんは身を起こした。
「まぁとにかく、二本目、手に入ったね」
「はい」
ダメかと思ったけれど、ちゃんと手に入った。幸運なのか、縁があるのか……たぶん、両方だ。
あと五本。
「ただここから先は、わからないことが多いんです。祖父もあまりはっきりと書いていなくて」
「ふーん」
わたしはまたサイダーを飲んだ。ふわふわと立ち上ってくる泡の中に、祖父の姿を見た。好奇心旺盛で、横になっていることが多くなっても本を読む姿を。
……ああ、そうか。ここは学問の国なんだ。『賢者の塔』で本を見せてもらって、調べたらいいんだわ。
サイダーの喉ごしみたいに、頭の中もすっきりした。
二つ目、橙。『記憶は水底、影に沈む遠い思い出』。
誰かに会いたい午後に。
第二章橙、これにて完結です。




