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七つの瓶  作者: リコヤ
橙 -記憶は水底、影に沈む遠い思い出-
14/47

6

 泡、だ。足下の自分の影の中から、サイダーみたいに泡が次々に浮かんでくる。その泡の中に、なにかが見えた。なんだろう?


 あら、お父さんだ。お父さんとわたしがかき氷を食べている。おじいちゃんじゃなくて……え、そんなことあったっけ?

 …………ああ……おじいちゃんが亡くなって最初の夏だ。夏の初めにかき氷を見て、泣いちゃったんだっけ。おじいちゃんと氷屋さんへ行くの、好きだったから。


 ふと別の泡に目を向けた。

 誰かと手をつないでいる小さな子供。あれは――五、六歳頃のわたしと、おばあちゃんだ。家の中でくつろいでいる姿しか覚えていないけれど、こうやって外へ出かけたこと、あったんだ。


 別の泡が近くを通った。これは、人形……?見覚えがある。

 ああ、そうだ――小さい頃大切にしていた、眠るときも一緒だった人形だ。なくしてしまって、見つからなくてずいぶん泣いた。いつの間にかなくしたこと、持っていたことすら忘れてしまっていた。


 こっちの泡の中には、赤ん坊を抱いた女の人。この人、

「お母さん……」

 赤ん坊のわたしを抱いた母だ。母は、わたしがまだ小さい頃に亡くなった。絵姿で知っているけれど、覚えていない。なのになぜか、泡の中に浮かんだ女の人が、わたしの母だと直感した。

 赤ん坊のときなんて、当たり前だけどわたしの記憶にはない。でも覚えているんだ……


 しばらくして、立ち上っていた泡はすうっと消えた。

「このサイダーは正しい作法で作ると、記憶を見せてくれるんです。たとえ覚えていなくても。むしろ、覚えていない記憶を見るために、サイダーを求められるお客様が多くいらっしゃいますね」

 シュウさんの声がして、わたしは我に返った。

「ルリさんは、誰かに会えましたか?」

「亡くなった母に……会えました」

 そっか。思い出せなくても、記憶はちゃんと、わたしの中にあるのね。わたしはちゃんと、お母さんを覚えているんだ。……嬉しい。

 これを飲んだおじいちゃんは、なにを思い出したのかな。


「瑠璃ちゃん泣かないの?」

「泣くほど思い出がないんです。本当に小さな頃に亡くなって、ほとんど祖父母に育てられましたから。でも会えたのは、本当に嬉しいです」

「ふーん」

 そう言う門倉さんの目が、ちょっと赤い。あれ?

「門倉さんは?誰かに会えました?」

 ちょっと意地悪だと思ったけれど訊いてみる。

「え?まぁねー」

「泣いたんですね」

「……無視してよ。かっこわりー」

 盛大なため息をついて、門倉さんはテーブルにつっぷした。

「泣くのはかっこ悪いことじゃないと思いますけど」

「ええ~?いやぁ、男のコとしちゃ、女のコの前で泣きたくなんかないよー。ねー?」

 門倉さんは顔だけあげて、テーブルのそばに立つシュウさんに同意を求めた。

「同感です」

 シュウさんはなぜか力強くうなずいた。

「そういうものですか?」

 父は感動屋さんで、けっこう泣いていたけれど。そう言うと、門倉さんはそれは違うーと口を尖らせた。どう違うのやら。


 ふぅ、とため息をつきながら門倉さんは身を起こした。

「まぁとにかく、二本目、手に入ったね」

「はい」

 ダメかと思ったけれど、ちゃんと手に入った。幸運なのか、縁があるのか……たぶん、両方だ。

 あと五本。

「ただここから先は、わからないことが多いんです。祖父もあまりはっきりと書いていなくて」

「ふーん」

 わたしはまたサイダーを飲んだ。ふわふわと立ち上ってくる泡の中に、祖父の姿を見た。好奇心旺盛で、横になっていることが多くなっても本を読む姿を。

 ……ああ、そうか。ここは学問の国なんだ。『賢者の塔』で本を見せてもらって、調べたらいいんだわ。

 サイダーの喉ごしみたいに、頭の中もすっきりした。



 二つ目、橙。『記憶は水底、影に沈む遠い思い出』。

 誰かに会いたい午後に。

第二章橙、これにて完結です。

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