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再び舟をこいで、ディスイリスが群生しているという辺りに移動する。
「ああ、いくつか浮いてきていますね。わかりますか?」
あの辺り、とシュウさんが指し示す。
わ、わからない。水面がきらきらまぶしい。
ぱしゃ、と水音がしたので顔を上げると、シュウさんがヘリアヌスからなにかを手のひらに落としていた。
まさか、もしかして。
「これが泡玉です」
今の一瞬ですくったの!?
シュウさんの手のひらにある泡玉の大きさはブルーベリーくらい。透き通っていて、あるとわかっていなければ見落としてしまうだろう。見ているうちに、泡玉は白くなっていった。
「わぁ……」
これをレモン水に溶かすのね。どんな味なんだろう。
「コツはこの目の分かれ目に泡玉を引っかけることです」
シュウさんの泡玉すくい教室。
……て、この粗い目に、あの小さな泡を引っかける!?それがコツ!?
無理だ。即座にそう思ってしまうほど、ヘリアヌスの目は粗く、泡玉は小さい。
水面と植物を交互に見ているわたしの隣で、門倉さんがうなずいた。
「ふーん。なーるほど……こうかっ」
ぱしゃん、と水音。
「おっ。採ーれーたー!」
「スジがいいですね」
ぱちぱち拍手するシュウさん。
門倉さん、ずいぶん簡単そうにやってのけたなぁ。きっと金魚すくいも得意に違いない。
うん、よし。『七つの瓶』を揃えるためだ。それにとにかく飲んでみたい!
尻込みしている場合じゃないっ。
わたしはたすきがけをすると(乗る前にやっておくんだった!)、舟の縁をつかんで恐る恐る身を乗り出した。まずは浮いている泡玉を見つけなくちゃ。
必死で水面に目をこらした。
透明な水面下に、ゆらゆらしている水草が見える。あれがディスイリスだろう。大きさははっきりわからないけれど、幅広で長い葉っぱ、細い茎が中心から水面に伸びてきている。
「ルリさん、この先です……わかりますか?」
いつの間にか横に来たシュウさんが、腕をのばして示してくれた。その指の先に、
「…………あ、あった!」
確かに透明なものが浮いている。がしかし、わたしでは腕をのばしてもちょっと届かない。シュウさんがそろりと舟を動かして寄せてくれた。
よぅし。
わたしはヘリアヌスを持って、水の中に手を入れた。うぁ冷たいっ!でも我慢。
多分、この位置なら引っかかってくれる、はず。
ドキドキしながら、そっとヘリアヌスを持ち上げる。
「……あ~~……」
ダメだった。
泡玉は持ち上げるときにずれて、湖に落ちてしまった。落ちた泡玉ははじけてしまい、水の中に消えてしまった。
うぅ、もう一度、泡玉探しからやり直し。
「瑠璃ちゃん、俺これで三つ目ー」
門倉さんが泡玉を乗せた手のひらを自慢げに、こちらにつき出してきた。
なんだか悔しい。はたいて泡玉を湖に落としてやりたいところだけど、ぐっと堪えた。
門倉さんにかまうよりも、泡玉をすくうことが優先だ。
「……そろそろ日が落ちきってしまいますね」
「えっ」
見上げた空は、確かにもう夕焼けの赤が暗くなってきていた。
「暗くなったら泡玉はもう浮いてきませんから。見えなくなってしまいますし」
そうか、夕方にしか採れないならなおのこと、夏の間のほうがいいよね。
秋は夕方が短い。きっともう、あと数十分しないうちに暗くなってしまうだろう。
急がなくちゃ――でも、焦るとうまくいかない。何度も失敗してしまう。
一つ、一つでいいから、自分で採りたい。
わたしは暗くなった水面を見つめ、浮いている泡玉を見つけた。時間がない。きっとこれが最後。
深呼吸して、焦る気持ちをどうにか抑える。
ヘリアヌスを水中に沈める。水の抵抗を受けながら、泡玉の下へ。ここなら。
「大丈夫、採れますよ」
「がんばれっ、瑠璃ちゃん!」
二人の声援を受けて、もう一度小さく深呼吸。
……よし。
一、二の、三っ!
ばちゃっと水音も高く、ヘリアヌスを持ち上げた。
「…………!」
ヘリアヌスの網目に、透明な泡玉が乗っている。手のひらに転がすと、とてもひんやりとしていた。みるみるうちに、泡玉は真っ白になった。
「やーった、瑠璃ちゃん!」
「おめでとうございます」
「と……採れた……採れたぁ……っ!」
あんまり嬉しくて、声が震えていた。涙もにじんできた。
白い泡玉は、暗くなった空の下では輝いて見えて、まるで真珠だと思った。




