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七つの瓶  作者: リコヤ
橙 -記憶は水底、影に沈む遠い思い出-
12/47

4

 再び舟をこいで、ディスイリスが群生しているという辺りに移動する。

「ああ、いくつか浮いてきていますね。わかりますか?」

 あの辺り、とシュウさんが指し示す。

 わ、わからない。水面がきらきらまぶしい。

 ぱしゃ、と水音がしたので顔を上げると、シュウさんがヘリアヌスからなにかを手のひらに落としていた。

 まさか、もしかして。

「これが泡玉です」

 今の一瞬ですくったの!?

 シュウさんの手のひらにある泡玉の大きさはブルーベリーくらい。透き通っていて、あるとわかっていなければ見落としてしまうだろう。見ているうちに、泡玉は白くなっていった。

「わぁ……」

 これをレモン水に溶かすのね。どんな味なんだろう。


「コツはこの目の分かれ目に泡玉を引っかけることです」

 シュウさんの泡玉すくい教室。

 ……て、この粗い目に、あの小さな泡を引っかける!?それがコツ!?

 無理だ。即座にそう思ってしまうほど、ヘリアヌスの目は粗く、泡玉は小さい。


 水面と植物を交互に見ているわたしの隣で、門倉さんがうなずいた。

「ふーん。なーるほど……こうかっ」

 ぱしゃん、と水音。

「おっ。採ーれーたー!」

「スジがいいですね」

 ぱちぱち拍手するシュウさん。

 門倉さん、ずいぶん簡単そうにやってのけたなぁ。きっと金魚すくいも得意に違いない。


 うん、よし。『七つの瓶』を揃えるためだ。それにとにかく飲んでみたい!

 尻込みしている場合じゃないっ。

 わたしはたすきがけをすると(乗る前にやっておくんだった!)、舟の縁をつかんで恐る恐る身を乗り出した。まずは浮いている泡玉を見つけなくちゃ。


 必死で水面に目をこらした。

 透明な水面下に、ゆらゆらしている水草が見える。あれがディスイリスだろう。大きさははっきりわからないけれど、幅広で長い葉っぱ、細い茎が中心から水面に伸びてきている。

「ルリさん、この先です……わかりますか?」

 いつの間にか横に来たシュウさんが、腕をのばして示してくれた。その指の先に、

「…………あ、あった!」

 確かに透明なものが浮いている。がしかし、わたしでは腕をのばしてもちょっと届かない。シュウさんがそろりと舟を動かして寄せてくれた。


 よぅし。

 わたしはヘリアヌスを持って、水の中に手を入れた。うぁ冷たいっ!でも我慢。

 多分、この位置なら引っかかってくれる、はず。

 ドキドキしながら、そっとヘリアヌスを持ち上げる。

「……あ~~……」

 ダメだった。

 泡玉は持ち上げるときにずれて、湖に落ちてしまった。落ちた泡玉ははじけてしまい、水の中に消えてしまった。

 うぅ、もう一度、泡玉探しからやり直し。


「瑠璃ちゃん、俺これで三つ目ー」

 門倉さんが泡玉を乗せた手のひらを自慢げに、こちらにつき出してきた。

 なんだか悔しい。はたいて泡玉を湖に落としてやりたいところだけど、ぐっと堪えた。

 門倉さんにかまうよりも、泡玉をすくうことが優先だ。


「……そろそろ日が落ちきってしまいますね」

「えっ」

 見上げた空は、確かにもう夕焼けの赤が暗くなってきていた。

「暗くなったら泡玉はもう浮いてきませんから。見えなくなってしまいますし」

 そうか、夕方にしか採れないならなおのこと、夏の間のほうがいいよね。

 秋は夕方が短い。きっともう、あと数十分しないうちに暗くなってしまうだろう。


 急がなくちゃ――でも、焦るとうまくいかない。何度も失敗してしまう。

 一つ、一つでいいから、自分で採りたい。


 わたしは暗くなった水面を見つめ、浮いている泡玉を見つけた。時間がない。きっとこれが最後。

 深呼吸して、焦る気持ちをどうにか抑える。

 ヘリアヌスを水中に沈める。水の抵抗を受けながら、泡玉の下へ。ここなら。

「大丈夫、採れますよ」

「がんばれっ、瑠璃ちゃん!」

 二人の声援を受けて、もう一度小さく深呼吸。

 ……よし。

 一、二の、三っ!

 ばちゃっと水音も高く、ヘリアヌスを持ち上げた。

「…………!」

 ヘリアヌスの網目に、透明な泡玉が乗っている。手のひらに転がすと、とてもひんやりとしていた。みるみるうちに、泡玉は真っ白になった。


「やーった、瑠璃ちゃん!」

「おめでとうございます」

「と……採れた……採れたぁ……っ!」

 あんまり嬉しくて、声が震えていた。涙もにじんできた。

 白い泡玉は、暗くなった空の下では輝いて見えて、まるで真珠だと思った。

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