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七つの瓶  作者: リコヤ
橙 -記憶は水底、影に沈む遠い思い出-
11/47

3

 そろそろ閉店かという頃、約束通り喫茶クローバーをのぞいてみたら、リュベルさんが迎えてくれた。お客さんは少なくなっていて、ぽつんぽつんと数人いるくらいだ。

「リュベル、じゃああとは頼む」

「はーい、お任せあれー」

 出てきたシュウさんは、動きやすそうな、汚れても平気そうな服に着替えていた。というか、わたしの格好が不相応かもしれない。たすきは持っているけど。


 リューイ湖まで距離があるそうで、お店の小さい馬車に乗せてくれた。時々お菓子の配達注文があって、その時に使うのだそうだ。うん、荷台に甘い香りがしみついてる。小さな荷台に座っていると、荷物の気分。


 王都から出てしばらく進むと、木立の中に入った。道がきれいに整備されているので、馬車の揺れ方は町中とほとんど変わらない。すごいな。町の外、しかも林の中の道って、たいていでこぼこの悪路なんだけど。

「さすがに手入れが行き届いてるねぇ」

 同じく荷台に乗った門倉さんが、周囲を見渡しながら言った。日が傾いてきているので、林の中は薄暗い。

「やっぱり妖魔は出ないの?」

 やっぱり?

「この辺りはほとんど出ませんね。もともと砂海からは離れていますし……」

「主要街道は結界の構成要素だし?」

「よくご存知ですね!さすが同盟所属の方ですね」

 振り返ったシュウさんは、感心したようすだった。

「ま、ねー」

 言われた門倉さんは当然、といった様子。


 でもわたしは、二人が話していることがいまいちよくわからない。

「あの、なんの話ですか?」

 つい話しに割って入ってしまった。

 妖魔が出ないのは、発生源たる砂海さかいが遠いから。そこまではわかったけれど。


 すると門倉さんがあぁ、とわたしを振り返った。

「瑠璃ちゃん、魔法陣は知ってる?わかる?」

 なんとなく。確か、文字とか絵が描いてあることで効果を発する術……だったはず。

 そう言うと、だいたいそんなトコと門倉さんはうなずき、説明してくれた。


「この国はね、王都を取り囲んで六つの町があるの。で、その町同士を街道が結ぶでしょ。その道がなんと、対妖魔防御の魔法陣を描いてるんだよ。さっすが古い国だよねー」

 町と町を結ぶ道で、魔法陣を作っている?だから道がきれいなのか。

「……ものすごく大きな魔法陣、ということですか?」

「そー。なんでかっていうと、『魔の森』があるからなのさっ」


 『魔の森』……学校の授業で聞いたことがある。世界にただ一ヶ所しかない特殊な森で、普通の生き物を妖魔に変えてしまう、恐ろしい森だと。どんな生き物も例外はないそうだ。しかも妖魔が森に入ると、力を得てより凶悪になるとか……

「近いんですか!?」

 青くなって訊くと、

「いえいえ、遠いですよ。それに騎士団が見張ってますからね、少なくとも妖魔化する生き物はあまり出ません」

 シュウさんは笑って手を振った。


 つまり、その森から来るであろう妖魔から人々を護るために、そのものすごく大きな魔法陣がある、というわけね。さらに森を見張ることで被害を減らす努力をしているわけだ。

 つくづくすごい国だなぁ。

 ほぅ、と安心やら尊敬やらいろいろ混じったため息が出る。


 それからまたしばらく進んだところで、シュウさんが言った。

「さあ、湖が見えてきますよ」

 荷台に膝立ちになって前に目をこらすと、木立の間からきらきらまぶしく光る水面が見えた。すぐに視界が開け、湖が広がった。

 これがリューイ湖。小さな湖だ。たぶん岸辺を一周するのに一時間かからないだろう。

 馬車を降りて、岸辺に立つ。

 静かだ。遠くで鳥の声が聞こえるし、時おり風が吹いて木々がざわめいているけれど、とても静かだ。


「ルリさん、リヒトさん、こちらです」

 小さな桟橋に立ったシュウさんが手招きしている。桟橋には小舟が繋がれていた。

「まずは、泡玉をすくうための道具を採りに行きます」

 特殊な道具、と言っていた物ね。なにかな、と考えてみる。

 すくう、ということなら……

「……網とか?」

「はい。ヘリアヌスという、葉が網状になっている水草があるんです。泡玉はそれでないとすくえません」

「手作りできないんですか?」

「できませんでした。どれだけ目の細かい網を、どんな素材で作っても」

 絹糸はもちろん、世界でもっとも細いという小人族の紡いだ糸でもダメだったという。ヘリアヌスという水草自身に、なにかがあるのね。


 あ、もしかして、このサイダーが王都の喫茶クローバーでしか飲めない理由も、その辺りにあるのかな。

 そのとおり、とシュウさんは言った。


「実はディスイリスとヘリアヌスはそれぞれ珍しい水草ではないんですが、同じ場所に生えることはめったにないんです。ヘリアヌスは乾いてしまうと網の部分が破けてしまうので、よそから摘んで来て使うことはできないんですよ」

「でもそんだけなら、他の店が出さない理由には足んないよ。ここに来りゃ泡玉?……が手に入るんだったらさー」

 するとシュウさんはふふふ、といたずらっぽく笑った。

「それはヘリアヌスを見ればわかりますよ。さぁ、行きましょう。日が落ちてしまいますよ」

 いけない、話し込んでしまうところだった。


 こういう小舟には乗ったことがないので、ちょっと足がすくむ。門倉さんの手を借りて、どうにか桟橋から乗り移った。

 うっ……ゆらゆら揺れるの、ちょっと怖い、かも……

「だーいじょーぶだよ瑠璃ちゃん。怖くないって」

 門倉さんはけらけら笑うけれど、小舟のまん中の席に座ったわたしは緊張でかちんこちんだった。

 わたしってばよく自分で、なんて言ったな……もっとも、こういう風に採取するって知っても、行きたいって言い張っただろうけれど。


 最後にシュウさんが櫂を持って乗り込み、小舟は桟橋を離れた。

 キコキコと櫂を動かす音だけが、湖面に響く。

 やがてこの辺り、と小舟を泊めて、シュウさんは水の中に手をつっこんだ。

「って、冷たくない!?」

 ぎょっとした門倉さんの言葉に、

「さすがに冷たいです」

 苦笑いでシュウさんは答えた。夏でないとダメだという理由は、ここにもあるだろう。


「これがヘリアヌスです」

 摘み取った水草を見せてくれた。

 大きさはうちわを二回りほど小さくしたくらい。緑色の楕円形の葉で、確かに全体が網状になっている。金魚すくいのあの網を、植物で作った感じ。

 でも思ったより目が粗いような。


「これで……泡をすくうんですか……?」

 無理じゃなかろうか。

「あーこりゃ、ひょいひょいと採りに来ようとは思わないかもー」

「ええ、そうなんです。ですからあのサイダーは当店だけなんですよ」

 にこにこして言うシュウさんはちょっと自慢げだ。

 なるほど。


「コツを掴んで慣れてしまえば、実はそんなに難しくはないんですが」

「ホントかよ」

 わたしはじぃっとヘリアヌスを見つめた。水にぬれている水草はやわらかく、なんとも頼りない。

 ……うまくできるかしら。金魚すくい、苦手なのよ……

 思いっきり不安になった。

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