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簡単に手に入ると思ったのに、大間違いだった。
サイダーはない。サイダーの元となる『泡玉』は今年はもう採れない。でも来年までは待てない。
「リュベル!テーブル空いたぞ」
「はーい。お客様ー?とりあえずお席にどうぞー」
わたしはウエイトレスに案内されるまま、席に着いた。頭が働かないよ。
「瑠璃ちゃん、途方に暮れてる時間、ないんでしょ?なんか甘いものでも食べて、考えなきゃあ」
呆然としているわたしに、門倉さんはメニューを広げて見せた。絵付きのとてもすてきなメニュー表だったけど、わたしはそれをぼんやりと眺めるだけで、選ぶ余裕なんてない。
「しっかりー瑠璃ちゃーん」
門倉さんの声も素通りする感じ。
ああ、ダメだ、しっかりしなきゃ。考えなきゃ。
わたしはなんとか顔をあげた。
考えるには甘いものよね、とメニューを読む。
……えぇと、あんまり見なれない単語が並んでいて、正直どんなお菓子かわからない。
悩んでいたら、門倉さんがウエイトレスにおすすめを訊いた。
「今日のおすすめは、ラング・ド・シャ三種類とダルモーナ産セイロンのロイヤルミルクティーのセットですー」
「ラン……?」
「猫の舌という意味のクッキーですー」
「瑠璃ちゃん、それでいい?……じゃーそれ二つ」
「かしこまりましたー」
しばらくしてから運ばれてきたそれらは、とても甘い香りがした。クッキーも紅茶も、こんな沈んだ気持ちで食べるのが申し訳ないほどにおいしかった。ああ、もったいない。深いため息が出る。
「お口にあいませんかー?」
心配そうに、ウエイトレスにのぞき込まれてしまった。しまった、お店の人の目の前でため息なんて、なんて失礼なことをしてるの、わたし。
「い、いえっ、そうじゃないんです……」
「いかがなさいましたか?リュベル?」
慌てて両手を振って否定したけれど、ウエイターまで来てしまった。
するとウエイトレス、リュベルさんが思い出したように言った。
「あ、そうだシュウさんー?泡玉って、まだ手に入るかしらー?」
「泡玉?まあ、少しなら……サイダーをお求めのお客様ですか」
え。
わたしは勢いよく二人のほうに向き直った。
「で、でもさっきは……」
「あ、紹介しますー、当店のウエイターのシュウですー。泡玉に関しては一番詳しく知ってますー」
リュベルさんはにこっと笑って、左の泣きぼくろが特徴的な男の人を示した。それから他のお客さんに呼ばれて行った。
それを見送りつつ、訊ねる。
「あの、アワダマって……?」
シュウさんはちょっと笑って、泡玉について説明してくれた。
「泡玉というのは、王都近くにありますリューイ湖の、ディスイリスという水草が吐き出す泡です。たいていは水面にあがるとはじけてしまうのですが、たまに結晶化するものがあって、それをレモン水に溶かしたものが、当店でお出ししているサイダー『記憶は水底、影に沈む遠い思い出』です」
結晶化した、水草の泡?
どんなものなのかな……ぱっと連想したのはビー玉だった。
「たまにって、でもサイダーって売り物でしょ?」
「はい。夏の間はたくさん採れますので、お客様にお出しできるのです。冬になりますと湖が凍ってしまいますので、採取そのものができなくなるのですが」
それじゃあ、この季節は。
「夏ほどではありませんが、採取できます」
「ほ、本当ですか!」
わたしは思わず立ち上がった。
確率が低くても、ゼロじゃないなら。
「お願いします、採取の方法教えてください!」
結晶化して水面に浮いているものをすくうだけなら、そんなに難しくはないだろう。そう考えて言ったのだけど、シュウさんは首を横に振った。
「難しいですから、私が採ってきますよ」
特殊な道具を使うので、コツがいるのだそうだ。そうよね、そんな簡単じゃないよね。
「…………でも」
せっかくだから自分でやってみたい。
迷惑は承知でそう言うと、シュウさんはうーん、とうなった。あ、そうか、お仕事を抜けてもらわないとならないんだ。こんな忙しいお店なのに。
図々しいよね、やっぱり。でもこんな機会二度とないだろうと思うから、辞退も言いだせない。
いったん離れていたリュベルさんが戻ってきた。
「シュウさんー、アリアさんに訊いたら、そういうことなら抜けていいってー」
「アリアさん?」
「当店のパティシエですー」
ということは、さっきのラング・ド・シャってクッキーを作った人ね。それに店長でもあるんだろう。
ありがとうございます、アリアさん!心の中でお礼を叫ぶ。
シュウさんがうなずいて言う。
「……わかりました。では申し訳ないのですが、夕方の閉店までお待ちいただけますか?どちらにしろ、泡玉は夕方にしか採れませんから」
こちらに否やはない。
わたし達は夕方もう一度ここで会う約束をして、店を出た。今晩泊まるところをまだ確保していないのだ。大きな旅行鞄を持って動き回るのは、ちょっと大変だしね。
「よかったねー瑠璃ちゃん」
「はい」
ほっとした。これで、サイダーが手に入る。
それにしても夕方にしか採れない、か。おじいちゃんはだから、夕暮れサイダーと書いたのね。




