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七つの瓶  作者: リコヤ
橙 -記憶は水底、影に沈む遠い思い出-
10/47

2

 簡単に手に入ると思ったのに、大間違いだった。

 サイダーはない。サイダーの元となる『泡玉』は今年はもう採れない。でも来年までは待てない。


「リュベル!テーブル空いたぞ」

「はーい。お客様ー?とりあえずお席にどうぞー」

 わたしはウエイトレスに案内されるまま、席に着いた。頭が働かないよ。


「瑠璃ちゃん、途方に暮れてる時間、ないんでしょ?なんか甘いものでも食べて、考えなきゃあ」

 呆然としているわたしに、門倉さんはメニューを広げて見せた。絵付きのとてもすてきなメニュー表だったけど、わたしはそれをぼんやりと眺めるだけで、選ぶ余裕なんてない。

「しっかりー瑠璃ちゃーん」

 門倉さんの声も素通りする感じ。

 ああ、ダメだ、しっかりしなきゃ。考えなきゃ。

 わたしはなんとか顔をあげた。


 考えるには甘いものよね、とメニューを読む。

 ……えぇと、あんまり見なれない単語が並んでいて、正直どんなお菓子かわからない。

 悩んでいたら、門倉さんがウエイトレスにおすすめを訊いた。

「今日のおすすめは、ラング・ド・シャ三種類とダルモーナ産セイロンのロイヤルミルクティーのセットですー」

「ラン……?」

「猫の舌という意味のクッキーですー」

「瑠璃ちゃん、それでいい?……じゃーそれ二つ」

「かしこまりましたー」


 しばらくしてから運ばれてきたそれらは、とても甘い香りがした。クッキーも紅茶も、こんな沈んだ気持ちで食べるのが申し訳ないほどにおいしかった。ああ、もったいない。深いため息が出る。

「お口にあいませんかー?」

 心配そうに、ウエイトレスにのぞき込まれてしまった。しまった、お店の人の目の前でため息なんて、なんて失礼なことをしてるの、わたし。

「い、いえっ、そうじゃないんです……」


「いかがなさいましたか?リュベル?」

 慌てて両手を振って否定したけれど、ウエイターまで来てしまった。

 するとウエイトレス、リュベルさんが思い出したように言った。

「あ、そうだシュウさんー?泡玉って、まだ手に入るかしらー?」

「泡玉?まあ、少しなら……サイダーをお求めのお客様ですか」


 え。

 わたしは勢いよく二人のほうに向き直った。

「で、でもさっきは……」

「あ、紹介しますー、当店のウエイターのシュウですー。泡玉に関しては一番詳しく知ってますー」

 リュベルさんはにこっと笑って、左の泣きぼくろが特徴的な男の人を示した。それから他のお客さんに呼ばれて行った。


 それを見送りつつ、訊ねる。

「あの、アワダマって……?」

 シュウさんはちょっと笑って、泡玉について説明してくれた。


「泡玉というのは、王都近くにありますリューイ湖の、ディスイリスという水草が吐き出す泡です。たいていは水面にあがるとはじけてしまうのですが、たまに結晶化するものがあって、それをレモン水に溶かしたものが、当店でお出ししているサイダー『記憶は水底、影に沈む遠い思い出』です」

 結晶化した、水草の泡?

 どんなものなのかな……ぱっと連想したのはビー玉だった。


「たまにって、でもサイダーって売り物でしょ?」

「はい。夏の間はたくさん採れますので、お客様にお出しできるのです。冬になりますと湖が凍ってしまいますので、採取そのものができなくなるのですが」

 それじゃあ、この季節は。

「夏ほどではありませんが、採取できます」

「ほ、本当ですか!」


 わたしは思わず立ち上がった。

 確率が低くても、ゼロじゃないなら。

「お願いします、採取の方法教えてください!」

 結晶化して水面に浮いているものをすくうだけなら、そんなに難しくはないだろう。そう考えて言ったのだけど、シュウさんは首を横に振った。


「難しいですから、私が採ってきますよ」

 特殊な道具を使うので、コツがいるのだそうだ。そうよね、そんな簡単じゃないよね。

「…………でも」

 せっかくだから自分でやってみたい。

 迷惑は承知でそう言うと、シュウさんはうーん、とうなった。あ、そうか、お仕事を抜けてもらわないとならないんだ。こんな忙しいお店なのに。

 図々しいよね、やっぱり。でもこんな機会二度とないだろうと思うから、辞退も言いだせない。


 いったん離れていたリュベルさんが戻ってきた。

「シュウさんー、アリアさんに訊いたら、そういうことなら抜けていいってー」

「アリアさん?」

「当店のパティシエですー」

 ということは、さっきのラング・ド・シャってクッキーを作った人ね。それに店長でもあるんだろう。

 ありがとうございます、アリアさん!心の中でお礼を叫ぶ。


 シュウさんがうなずいて言う。

「……わかりました。では申し訳ないのですが、夕方の閉店までお待ちいただけますか?どちらにしろ、泡玉は夕方にしか採れませんから」

 こちらに否やはない。

 わたし達は夕方もう一度ここで会う約束をして、店を出た。今晩泊まるところをまだ確保していないのだ。大きな旅行鞄を持って動き回るのは、ちょっと大変だしね。

「よかったねー瑠璃ちゃん」

「はい」

 ほっとした。これで、サイダーが手に入る。


 それにしても夕方にしか採れない、か。おじいちゃんはだから、夕暮れサイダーと書いたのね。

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