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七つの瓶  作者: リコヤ
赤 -陽気な踊り子は大地の鼓動を知る-
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初めまして、よろしくお願いします。

 一つ目は赤。精霊と踊り子の葡萄酒。名は『陽気な踊り子は大地の鼓動を知る』。

 大変陽気な酒である。否、陽気になる酒である。赤と云う色がそうさせるのか、酒の効果か。愉快なり。

 ――橘昌二郎の旅行記より



 葡萄畑がどこまでも続く、ここは葡萄酒の生産で有名なリブーリルヌ共和国サンヴォロックの町。葡萄酒を訪ねるならば、ここしかない。そして『七つの瓶』の一つ、『赤』はここで生産されている。

 しかし、探し当てた醸造所の主オーダンさんは、寂しそうな表情でありませんと言った。

「ない……?」

「ええ……申し訳ないのですが」

「在庫も、ですか?」

「在庫も、です」

 さーっと血の気がひいたのが、自分でもわかった。そんな。


 赤の瓶は、かつては流通していた物のうちの一つだ。生産量が低下したから流通しなくなったのだともっぱらの噂だった。そうしたものは、生産地まで行けばたいてい手に入る。わたしも醸造所へ行けばと、多少楽観視していたこともある。だからよけいに、衝撃は大きい。

 でもどうして在庫すらないのかしら。周りは葡萄畑で、今でも葡萄酒は造っていると町では聞いたのに。


「懐かしいですねぇ……」

「えー?他の葡萄酒は造ってんでしょ?これだけが造れないの?」

 護衛役の門倉さんも同じことを思ったみたい。わたしより先に質問した。その口調はどうかと思うんだけれど。

 するとオーダンさんは意味ありげに笑った。

「この葡萄酒は、葡萄だけじゃ造れんのです。サラマンダーと踊り子が揃わなければ、造れんのですよ」

「サラマンダーと、踊り子」

「はい。踊り子の舞でサラマンダーを捕らえ、その炎を仕込むのです」

 ――驚いた。さすがに入手困難と言われる『七つの瓶』、材料から不思議だわ。


 オーダンさんは遠い目で葡萄畑に目をやった。ああ、そんな表情をするとよけいに寂しそうだ。全体的に細い人だから、さらに。

「二十年前の《魔の氾濫》から、踊り子を務めてくれる《ウルファ》が来なくなってしまって」

「あー、交易路はどこもけっこー、めちゃくちゃにされたらしいもんねぇ。一番被害を受けたのは《ウルファ》、か。そンでそれが巡ってあの葡萄酒が造れなくなった、と」

 世界中を走る交易路を、縦横に旅する放浪の民《ウルファ》。彼らが開いた交易路がなければ、今の商業は成り立たない。実家の橘貿易も、もちろんその恩恵にあずかっている。赤の瓶が流通していたのも、彼らが取り扱っていたからなのだろう。

 なら。すべきことは一つしかない。


「では踊り子を――《ウルファ》を捜します」

 捜し出して、連れて来て。その踊りでサラマンダーを捕まえてもらう。そうしたら、葡萄酒はまた造れるのだから。


「ええ!?」

 門倉さんとオーダンさんの声がきれいにそろった。

「むちゃくちゃ言うねー」

「いえいえいえ、ムリですよ!手がかりは――」

「あるはずです。オーダンさんの記憶の中に」

「わたしの、記憶?」

 オーダンさんはいぶかしげな表情をした。

「《ウルファ》は一族ごとにそれぞれ違う紋章をかかげますから、その紋章がわかれば捜し出せると思います。馬車や馬具に、共通した印はありませんでしたか?」

「そう……言われても……」

 オーダンさんはぎゅっと眉をよせ、あちこちに視線をさまよわせた。きっと、思い出の中の《ウルファ》に会っているんだろう。

 やがて、ポンと手を打ち、

「ああ!」

 と、意外と軽快な動きで蔵の中に駆け込んでいった。なにか思い当たるものがあったのだろう。


 開け放されたままになった扉から、ガタゴトと重いものを動かしているような重たい音が聞こえてくる。出て来たオーダンさんは、一枚の布を持っていた。……もしかして、馬車にかかげる旗かしら。

「これ……」

 やっぱり旗だった。深い藍色の布に、星が一つ刺繍されている。とても古いものだ。

「ずうっと昔に、もらったもんです。葡萄を収穫して仕込みを始める頃、この旗を家の前にかかげて彼らが来るのを心待ちにしておりました」

 そして訪れた《ウルファ》の踊り子が舞い、サラマンダーを捕らえて、葡萄酒が造られていたんだろう。


「お嬢さん……タチバナさん、でしたね」

「はい」

「わたしだって捜さなかったわけじゃあ、ない。大きな町の市場で、同じ頃この辺りに来る《ウルファ》に彼らの消息を尋ねたが、彼らもわからないと言ったんです。十年続けて、諦めました。それからまた十年たっているんです。捜せると思いますか」

「捜せます」

 わたしは強い決意を持って、きっぱりと答えた。捜し出さなければならない。なんとしても。

「では……これを預けます。わたしもまた彼らに逢いたい……あの葡萄酒をまた造りたいのです。お願いします」

「……はい」

 わたしは、両手で古い旗を受け取った。それは少し、埃っぽかった。


 橘瑠璃、十七歳。本来なら学校に通っているところを、わたしは故郷から遥か離れた町まで来ている。

 大人の意地の張り合いの、とばっちりで。

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