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碧い人魚の海  作者: 古蔦瑠璃
[四] 一座の巡業と貴婦人の旅立ち
53/110

53 王家の末裔

「貴族ですか? その中には奥さま──ハマースタインさまも含まれますか?」

 ルビーは用心深く、そう聞き返した。さっきのやりとりが本当のことなら、ジゼルさまはほどなく女侯爵になるということだ。

 ジグムント・デュメニアはしかし、あっさりと否定した。


「いや、奥方には告げてかまわないよ。すでに奥方はご存じかもしれないがね。ただし、公にはしないように奥方ともどもお願いできるかな? この船はリナール方面に向かうが、できれば相手方に警戒されたくはないのだ」

「リナールへ……」

 またもや返す言葉を失い、ルビーは目を瞠ったまま、軍人に見えるが船医だというその男を見上げた。

 かつて、舞姫レイラが親友とともに囚われていたという国だ。レイラはそのことを知った上で船に乗り込んでいるんだろうか?


「もう一度問う。ここでの会話の内容を、カルナーナの政権奪回をたくらんでいる貴族どもに漏らさぬよう願えるかな?」

「政権奪回? それはアントワーヌ・エルミラーレンのことですか?」

 問い返すルビーに男は頷いた。

「そう。彼だけではないけれどもね」


 さっきから、アンクレットがかすかな熱を持ち、反応している。

 目の前の男が放つ言葉の韻律の中に、それに呼応する不思議なエネルギーを感じながら、ルビーは理解していた。

 "言霊ことだまの魔術"だ。

 ただし、そこに介在するのは命令と服従ではない。あくまでも対等な約束を取り交わすためのものだ。そしてこの約束に込められる魔力は、ルビーが敵だとわからずにいる相手に不用意に情報を漏らすことから、ルビーを守ってくれるものになる。


「ええ」

 ルビーは頷いた。

「約束します。ここで見知ったことを公にはしません。また、カルナーナの現政権を揺るがすものたちに話したりもしません」


「ありがとう、ロビン」

 赤毛の男は破顔して、握手の手を差し出した。

「ハマースタインの奥方は以前からの一座の後援者だと聞いている。一方我々はあくまでも出資者であり、後援者とは立場が微妙に異なりはするが、何かの機会に協力しあうこともあるやもしれない。どうか、よろしく伝えてくれ」


 デュメニア建設大臣の口から語られたのは、予断を許さぬいまの状況だった。先日ブリュー侯爵領内で、政府お抱えの術師が4人倒されたのだと、彼は告げた。そして、現在リナールを睨んでブリュー侯爵領土内に配属されている精鋭の術師(エキスパート)はあと2人。

 といって、首相の近辺に控える術師をこれ以上手薄にするわけにはいかないので、急遽、大臣じきじきにリナール入りすることに決まったのだという話だった。


「アントワーヌ・エルミラーレンの正体がわかったのね」

 ルビーの言葉に大臣は、まだ手がかりの段階だが、と頷いた。

「突然ハマースタイン邸に現れ、かつての求婚者だと名乗った男について、ハマースタイン夫人はアドレイア伯爵の息子のエルダー・アドレイアではないかとおっしゃっていたそうだが。

 しかし、我々の知るところによると、エルダー・アドレイアはくだんの人物とは特徴からして全くの別人でな──」


 デュメニア大臣は、そう切り出した。

 そのあたりの経緯についてはルビーも聞き及んでいる。

 ジゼルさまがそう結論づけるに至ったのは、何も彼女の記憶が戻ったせいではない。当時の書簡を改める目的で、執事がブリュー侯爵城に足を運んで調べた結果である。

 相変わらず彼女の記憶の上では、当時多数いたという求婚者の顔と名前についてはまるで一致しないままだ。


 アントワーヌ・エルミラーレンという名前の人物は求婚者の中にはいなかったが、当時の記録係が往復書簡と、城を訪ねてきた求婚者の特徴を、日付とともに記していた。

 5年前エルダー・アドレイアはブリュー侯爵に招かれて、隣国からやってきて城を訪れている。そのときの彼の特徴として、白っぽい金の髪に淡いグレイの目。細く長い鼻梁にとがった顎……などなどが、記録係によって記されていた。


 しかし、現実のエルダーは似ても似つかぬ容貌である。政府側の見解としては、城の記録係の単なる記録ミスではないかと結論づけるほかなかったのだという。


 一度は、リナールは関係ないのではという話にもなった。

 しかし、処刑された王兄殿下の御子ウィルヘルム・エルミラーレンの奥方の出自が、リナールのアドリアルだということが別筋の調査から判明した。

 処刑当時の記録によると、ウィルヘルム・エルミラーレンもまた奥方ともども処刑されたということになっている。当時、彼女が身重であったということも、記録に残っている。

 彼女は秘密裏に刑をまぬかれリナールに亡命していた可能性が高い。そして、故郷でアントワーヌ・エルミラーレンを産んだのかもしれない。

 術師が"過去視(かこみ)の術"で王族の墓所を調べたのだという。埋葬された当時、一度墓が暴かれ、中の亡骸が運び去られた痕跡があった。

 そのときの彼女は実は生きていて、亡骸ではなかったのかもしれない。あるいは、アントワーヌ・エルミラーレンは死者から生まれたのかもしれない。はっきりとした事実は判明していない。


 当時を知る年長者の話だと、王兄殿下の長男のもとに嫁いだ娘は、輝かんばかりの銀髪に神秘的な紫の瞳の、この世のものとも思えない冷たい美貌の持ち主だったという。

 アレクサンドラ・アドレイア。エルダーの父である現アドレイア伯の、いとこであったらしい。


 それは、隣のドラティア提督にとっても、初めて聞く話であったようだった。

 墓を暴くという言葉に──そもそも墓というものに対してすら──なんの具体的なイメージも持てないルビーと違い、その話のくだりを提督は眉をひそめて聞いていて、難しい顔で感想を漏らした。


「しかし、王族の墓を暴いたという話が民衆の間に広まれば、政府のイメージが悪化するのではないか。いや、わたしは口外はせんがな。それに、そんな暴挙を働いた術師に悪い影響がないとよいのだが……」

「ご心配なく」

 デュメニア大臣は笑って否定した。

「王兄御一家の墓には呪いのような禍々しいものはありませんでした。それに、よしんば墓が呪われていたとしても王家の呪いは私には作用しません」


「なんと……」

 ドラティア提督は、思わず天を──船室の中であったので天井を──仰ぐ。

「大臣自ら墓所に出向かれたのか」

「あなたも危惧されるように、他の術師を寄こして万が一にでも口外されますと、カルナーナ政府のイメージにかかわりますので」


「しかし、多忙な大臣がそこまで自ら動かれていたとは……カルナーナの術師がそこまで不足していようとは」

「どの国にでも、いつの時代も術師は不足しております。建設大臣の職責に関しては、第一秘書に"写影の術"をかけて身代わりを頼んできました。彼はわたしよりも細やかに状況を把握しているので、しばらくは任せておいても問題はないでしょう。

 それに、わたしが今回この船に同乗させてもらったのは、王家の末裔のこととは別に、個人的に決着をつけたい問題もあってのことなんですよ」


「そういえば、見世物一座には、あなたが以前からご執心だとの噂の少女がいるのでしたな」

「彼女はもう、少女ではありませんよ。もっとも3年前の、まだ彼女が17歳のときですら、大の男を圧倒する迫力の持ち主ではありましたが」


 目を丸くして聞いていたルビーに、大臣は話を振る。


「きみは軽業師見習いとして見世物小屋に通っているそうだが、舞姫レイラを知っているか?」


 ルビーは頷いた。


「きみが知っているかどうかはわからないが、わたしは彼女とともにリナールで、あるトラブルに巻き込まれていた。当時のわたしは半ばそれにかかわることになりながら、アララークとの戦争終了時の雑務に忙殺されて国元を離れられず、その問題に最後まできっちり片をつけることができないでいたのだ。やっと、今回国を離れる許可を首相にいただいたので、エルミラーレンの問題と合わせて、片をつけようと思っているところなんだ」


 大臣は、ルビーの目を見て言い加えた。


「いま、王家の末裔の件とは別だと言いはしたが、実はわたしには、アントワーヌ・エルミラーレンの件と、かつてわたしがリナールで行きあった事件が、無関係だとは思えないのだよ」

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