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碧い人魚の海  作者: 古蔦瑠璃
[一] 怪物の島と南の国 
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02 上陸者たち

 先頭の人間は長い柄のついた鎌のようなもので草むらを刈り取りながら進んできた。そのあとを、何人もの人間の、長い列が続く。


 ルビーは大きな岩にその後ろ側からよじ登り、少しだけ頭を出して、列の後方を眺めた。

 沖に大きな船が3せき停まっていて、そこからたくさんのボートが砂浜に向けて漕ぎ出してきていた。いましがた自分が上陸した砂浜に、もうすでに幾そうかのボートが乗り上げられている。

 ボートから降りた男たちが、わらわらとこちらに向かって登ってきていた。彼らは浅瀬でボートから降り、海の中を歩いてボートを浜辺に押し上げてから、ボートの中からそれぞれ何かの道具を担ぎだして、こちらへ向かう。

 何人かで大きな鉄の塊のようなものを担いでいる者らもいた。


 みな同じような服を着ている。きっちりと襟の詰まった、肩にボタンのついた黒っぽい服で、ルビーが海辺でよく見かける猟師や村の人たちの服とは全然違った。

 これから何が始まるのだろうと思いながら、もう少しだけよく見ようとルビーは身を乗り出した。


 列の中の一人がこちらを指さしながら、声を上げた。

「女だ!」

 ルビーの赤毛は海の中でだけでなく、緑の森でも悪目立ちする。うっかりとそのことを忘れていた。

 あっという間に人の列が乱れ、岩に押し寄せてきた。ルビーは何人かにとり囲まれ、岩から引きずり降ろされた。


 列の後ろの方から背の高い若い男が近づいてきて、ルビーの前に立った。

 同じような黒っぽい服を着ていたが、他のものたちより上着の丈が長く金糸で縁取りがしてあってボタンの数が多い。腰に長剣を下げ、膝丈まである黒いブーツを履いている。

 黒い髪に黒い目、浅黒い肌に精悍な顔つきをしている。

 彼は聞いた。

「おまえは誰だ?」


 ルビーが黙っていると、年配のでっぷり肥った男が、その若い長身の男の傍らにやって来て言った。

「粗末な服を着ております。緑樹りょくじゅさまの婢女はしためではないでしょうか」

 太った男はルビーの服を粗末だと言ったが、そういう自分もボタンのついた黒い服は着ておらず、草木染の茶色のチュニックの腰を革ひもで縛っただけの上着に、同系色の木綿地の下履きという、街で見かける普通の服を着ている。


 長身の男はルビーに向き直った。

「おまえの主人はこの島のぬしか?」

 ルビーには主人などいないので、やはり黙っていた。

「口が利けないのか? それとも言葉がわからないか?」

 返事をしないルビーを、話すことができないのだと思ってしまったらしく、彼は傍らに控えているもう一人の痩せた年配の男に向かって言った。

「船に連れていって、閉じ込めておけ」

 男は無言で頷いた。痩せた男の方は、ほかの者とよく似た雰囲気の黒い服を着ている。


「塔まで同行させた方がよくはありませんか?」

 太った方の男が、そう口をはさんだ。

「緑樹さまとの取り引きに有利に使えるかもしれません」

「塔は壊す」

 若い男はそう答えた。

「取り引きは不要だ」

「閣下、どうか塔を壊すのはお控えください。海に嵐を呼ぶものが棲むと言われておりますゆえ」

「そのために術師グレイハートを連れて来たのだ。塔に封じてあるものは、グレイハートが島より持ち帰り封じ直すだろう」


 その言葉を受けて、傍らにいた3番目の男が軽く頭を下げた。ボタンのない黒ずくめの服を着て、頭と顔も黒い布で覆った小柄な男だった。顔が全然見えないから歳はわからない。

 太った男は背の高い男を閣下と呼んでいた。閣下の意味をルビーは正確には知らなかったが、長老とか村長とか、長の字のつく者と似たような意味だろう。つまり彼が人々の列を山に向かわせているのだ。


 ルビーは少し考えた。

 船に連れて行かれてしまえば、これから彼らが山に分け入って何をしようとしているのかを見届けることができない。つかまれた腕をふりほどいて背の高い草の波の間に走り込むことも考えたが、こうも人がわらわらといて、皆に追いかけられたらややこしい。

 “閣下”と彼を取り巻く数人を残して、他の人間の列はなおもどんどんと山に向かって進んでいっていた。ここはおとなしく連行されるふりをして、人の列の途切れたところで逃げ出そう。

 逃げ出して、海に戻る代わりにこの列の行く先を追いかけるのだ。

 “閣下”と太った男は、塔を壊すだのなんだのと、なんだかぶっそうな話をしていた。さっきの女の子も塔のことを口にしていた。塔に何があるんだろう。


 “閣下”に命ぜられた痩せぎすの男がルビーの腕をつかんで引っ張った。彼らは山へと向かう人の波に逆らって、浜辺に向かって歩いた。

 最後のボートが浜辺に乗り上げるのをルビーは見た。男が4人、こちらに向かってやってきたが、ルビーの腕を捕えた男は彼らを呼び止めた。

「おまえたちは行かなくていい。この娘を連れて船に戻れ。娘は船室に放り込んでおけ」


 ルビーは腕をつかまれたまま、5人の男を見回した。

 誰から料理しよう。やっぱり一番強そうなのから?


 彼女の捕われていない方の小さな手に、見えないつむじ風が宿る。カマイタチで彼らの皮膚に裂け目をつくることだってやろうと思えばできた。でも、騒ぎを起こしたいわけではなかったからそれはやめた。空気の流れをほんの少し操り、痩せた男の鼻と口の周りに見えない膜をつくって空気が行かないようにした。

 すると男は目を剥いて、苦しそうに口をぱくぱく開き、それから喉をかきむしりながらドサリと音を立ててその場に崩れ折れる。彼は声もなく痙攣し、そのまま気を失った。

 驚いて目を見開いている男たちにも、同じように気を失ってもらう。

 前を歩く列の人間は、ちょっとした浜辺の出来事に気づいた様子もなく、誰も振り向かなかった。


 ルビーは人の列を避けてこっそり山に分け入った。

 方向が合っているのかどうかはよくわからなかったけど、時々海を振り返って、海から遠ざかっていることだけは確認した。

 しばらく歩いていたら、人の気配がどっちから来るのかがだんだんわかって来た。たくさんの人間たちは、おしゃべりをしていたわけではないけれども、彼らの歩く音はガサガサと結構うるさかったからだ。

 もう一度つかまるようなヘマはしない。音からあまり離れず、けれども姿を見とがめられるほどには近付かず、ルビーは彼らと平行に、山道を歩いた。

 背の高い草の群れは、彼女の姿を程よく隠してくれる。


 ほどなく山の中ほどの谷あいに、彼らが塔と呼んでいるものが見えてきた。

 人が住める建物かどうかも定かでない、古いモニュメントみたいな今にも崩れそうな塔だった。無数のツタが絡まり合いながら塔全体を覆っていて、入口のドアがどこにあるのかすらもわからない。 

「壊せ」

 塔を取り囲む人々に、"閣下"と呼ばれた男が号令をかけた。

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