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碧い人魚の海  作者: 古蔦瑠璃
[七] 少年とエルミラーレン公爵城(仮題/執筆中)
109/110

109 憑依した男

 城にはカルナーナの各地方から、あるいは隣国リナールやアララーク連邦内のほかの国から連れてこられた術師らがいた。

 その中には、ジゼル・ハマースタインが南都を立つ直前、ブリュー侯爵領で倒されたと聞いていた4人の政府お抱え術師の中の1人もいた。

 残りの3人は残念なことに本当に殺されてしまっていたが、その術師だけは不覚にも敵方に操られ、エルミラーレン城に(しもべ)として役立てるために送り込まれたのだという。


 術師らはアントワーヌ・エルミラーレンの魔力によって縛られ眷属とされ、また自らの魔力で複数の人々の心を縛り上げて眷属とし、術師らに眷属とされた人々がさらにたくさんの人たちを操っていた。


 魔力の強いエルミラーレン自身に術を掛けられたものたちと、連れてこられた術師に直接操られたものたちのうちのほとんどは、操られている間は自我や意識を弱らされたり眠らされてはいたが失っておらず、呪縛が解けたとたんに自由意思を取り戻すことができた。

 一方で、一部の力の弱い術師や、その眷属のさらに眷属にされたものたちは、呪縛が解けたのかいまだうまく解けていないのか、それまで続けていた単純作業をぼんやり繰り返しているか、あるいはまったく動きをとめたままじっとしているかになってしまった。


 動けるものたち皆で手分けして、事の処理に当たった。マクシミリアン・デュメニアの屋敷で侍従長をやっていたというパスカルが表向きの代表となり、操られている間の意識がはっきりしていて状況の把握が一番できているジョヴァンニが実質的な中心となって動いた。


 北部の町の町長に連絡を取り、事情を説明して助力を求めた。町長は鳩便を使って、南部の首相に連絡をしてくれた。

 マクシミリアンの兄のデュメニア大臣には、弟君の急死を知らせる連絡が滞ってしまったことに関する釈明と、埋葬については急いで執り行うため事後承諾になってしまう旨の詫び状をしたためた。


 ぼんやりとしてしまってちゃんと動けない人たちは、広場と大きな部屋に多くのベッドを運び入れ、男女に分けて収容し、交代で世話をする取り決めをする。次第に意識がはっきりしてくる人も中にはいて、出自がわかるものについては家族に連絡して引き取ってもらう段取りをつけた。


 医師のビクトールはマクシミリアンの屋敷の使用人ではなく北部の町の町医者だったが、代わりの医師が派遣されるまではここに残ると言ってくれた。彼は医務室でジュリアを見たあとは大部屋に移って、連れてこられた人たちの診察をしてまわった。


 城は北部の町の真北に位置する広大な森林を無断で伐採してできた場所に建てられたものだった。

 ジョヴァンニたちは、城の周囲も見て回った。どこから連れてこられたのか多数の人夫らが使い捨てにされたものらしく、たくさんの亡骸が、森のはずれの大きな穴に投げ込まれていた。




 午後になって、カルロ首相が南部からやってきた。お抱えの術師は伴っておらず、たった一人だった。しかも大きな樽に乗って空を飛んできた。樽はエルミラーレン城の上空で爆音を立ててはじけ飛び、首相はその破片とともに城の屋上に振ってきた。なんでも加速がつきすぎて、樽を壊さないと止まれなかったらしい。早馬を飛ばしても3日間はかかる距離を一刻足らずで飛んでくるのはどういったスピードだったのか、ロメオには想像もつかなかった。

 革命家のマリア・リベルテもいろいろと規格外だが、カルナーナの首相も結構な規格外だ。


 朝の段階ではアントワーヌ・エルミラーレンの行方はわからないとされていたが、カルロ首相によって彼はあっけなく見つけ出された。


 そのときロメオは意識の混濁していた人たちのうちでも特に症状が重く自力で歩けなくなってしまっている人たちを抱えて順番に病室に運んでいたところだった。やってきた首相に話があると声をかけられ、ロメオは別室に連れて行かれた。首相は人払いをすると、開口一声こう言った。


「あやつはいま、おまえさんの中にいるようだな」

「そりゃ、本当なのか?」


 ロメオとカルロ首相は面識がある。首相が数回にわたってハマースタイン邸を訪ねてきたことがあるからだ。


 ロメオがアントワーヌ・エルミラーレンに憑依された状態であることについては、ジゼルの首にくっついて歌を歌っていたミニチュアサイズのロビンも同じ意味のことを言っていたが、やはりロメオ自身には何も自覚症状がない。


「うむ。引きはがそうと思えばできんこともないが、どうだろう? おまえさんさえよければしばらくそのままにしておいてもらえんか。あやつは強大な魔力を使っておまえさんに憑りつくつもりだったようだが、おまえさんに主導権を奪われていまは何も悪さをすることができなくなってしまっているようだ」

「なにがどうなってそういう状況なのか、おれにはさっぱりわからねえんだが」

「なに、魔力の制御も肉体や精神を鍛えることの延長にあるというだけのことだよ。おまえさんはこれまでの日々を、山岳地帯にいる修行僧のような過酷な鍛錬を繰り返して過ごしてきたんじゃないのかね?」

「まさか。そんなごたいそうなもんはやってねえ」


 趣味の少ないロメオは1日の一定の時間をトレーニングに費やしはしているが、別に筋トレマニアというわけでもない。武力や体術の向上のためには確かに精神集中も必要だが、精神の鍛練などを目的にして特に何かをしたこともない。

 しかし首相はロメオの説明をまるで信じていない顔で、


「おまえさんにとっては大したことではないのかもしれんが、そういうののハードさはまあ主観だからね」


と答えた。


「ときに、エルミラーレン殿下の魔力をおまえさんはいま使えるかね?」

「どうだろう?」


 と、ロメオは首を振る。


「そんなもの、使えるとも使ってみてぇとも思わねえ」


 意図せず"過去視(かこみ)"の術でジゼルと対話し、マクシミリアン・デュメニアの死にまつわるいきさつを垣間見たが、いまさら意識してやろうとも、やり方を知ろうとも思えない。


「それでいい」


 首相は満足そうに頷いた。


「我欲で力を動かそうと考えるところからバランスが崩れていくんだ。おまえさんのようなタイプは悠然と構えていれば問題は起こらんだろう。どうしても必要なときには魔力の方が勝手にやってきて力を貸してくれる。術師の訓練の基本はそこだからね」

「本音を言えば、気味がわりぃから王族の男をそのわけのわからん力とやらと一緒に引きはがして持って行ってくれねえかとは思うけどな」

「そうだな。それはブリュー侯爵領の件が一段落ついたら考えよう」


「そういや首相、ハマースタインの奥さまのことだが……」


 ジゼルの死について、アートには何か証拠となるようなものを持ち帰ろうと思っていたロメオだが、カルロ首相にはいまここで話してしまった方がよいだろう。

 ロメオの言おうとしたことがわかったのだろう。首相は「うむ」と沈痛な面持ちで頷いた。

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