個性派ぞろいの夜会
おれたちは、姉を探して「紅薔薇の間」と呼ばれる大広間をなるべく邪魔にならないルートを狙って歩いていた。
ここは、バスケのコートが2つ入りそうな広さ。おれ好みの撃ち合いにはちょい広すぎる。
夜会の開始から1時間ほどで100人は集まっているだろう。みんな夜会服で派手に着飾っている。男たちは酒を飲みながら、葉巻の煙をたなびかせている。パラシュートみたいなスカートの女たちは、扇で口元を隠して耳ざわりな嬌笑の声を響かせている。
よく見ると人間に見えないのもいる。おれはアイリーンに尋ねた。
《あいつら何だ》
〈どの方たち?〉
《バイオリンを弾いてる奴のすぐ左。耳が長い奴と、ずんぐりむっくりした奴》
〈ああ、エルヴ族とドワーグ族。アキラは初めて見るんだっけ〉
《あれも客なのか、どう見てもバケモノじゃないか》
〈失礼なこと言わないで。人間の貴族とは違うけど、王都におおぜい住んでる代表者をお招きしているの〉
《夜会ってのは妙だな。貴族連中が集まるっていうから、重大な会議かと思ったら、ただ食って飲んで踊ってゲームしてるだけ。使用人たちが何日もかけて準備する意味あんのかよ?》
〈遊んでるように見えても、わたしたち王家と貴族にとっては大切な集まりよ。遠い領地から馬車で何週間もかけてくる方たちもいるんだから〉
もうとっくに深夜だというのに、楽団は軽快な曲を奏でつづけている。広間の中央では10組ほどの男女がダンスを踊っている。
高い天井から吊るされたシャンデリアのまばゆい光が華麗なステップを照らしだす。蝋燭や油の灯火ではない。王家が誇る[光の魔法石]。他家ではお目にかかれない強く輝く魔法石が5つの巨大なシャンデリアにこれでもかとふんだんに使われている。
ダンスの相手がいない「壁の花」たちの退屈そうな顔がくっきり見える。よくないことをたくらむ悪党貴族の醜い表情も遠くからはっきり見える。
そんな個性豊かな客の中でも、ひときわ異彩を放つ人物がいる。それを見過ごすほどアイリーンは盲目ではない。
1人の女を中心に大勢の貴族達が談笑をしている輪がある。おれたちは確かな足取りでそちらに向かう。
中心にいる女は、こちらにまっすぐ近づいてくる人物の存在に気がつくと、それとなく話を切り上げて輪から外れた。
「アイリーン。何かあったの?」
「お一人だけ存じ上げない方がいらっしゃるので、人間関係にお詳しい一番上のメリルお姉様に助言をいただきたくて」
「あら、どなたのことかしら?」
おれたちにとって、今日の夜会で無視することが困難な人物の居場所をアイリーンは姉に伝えた。長姉のメリルは、にこやかな表情を崩さずに妹の指定する人物を確認している。
《この姉さんにもアレは見えてないんだな。お前と同居しているおれには、人間の姿に重なるように巨大なトカゲのバケモノがはっきりと見えてるってのによ》
〈どうして私にだけ魔物が見えるのかはわからないけど……アレを対処できるのは私たちだけよ〉
姉さんは一目見てすぐに理解したというような表情をした。
「あの方はメグ・オーリット様ね。右側にいるのは軍師のイシュー様。とりあえずはメグ様だけ覚えておけばいいわ。メグ様は、国の西側の守りを固めてくださっている辺境伯よ。
辺境伯っていうのは、国境を守ってくれてる貴族で、軍隊をもっているわ。このへんのことは勉強家のあなたならわかるわよね。
メグ様自身は温厚で人情に厚くて人徳がある方」
「そう、なんだ……」
アイリーンの腑に落ちないといったような感情が言葉から漏れ出ている。わかりやすいやつだ。
しかし姉さんは一瞬、無表情になり小さな声で意外な言葉を追加してきた。
「そう、一年前までは……」
「え?」
「……いえ、なんでもないわ。さ、いつも通りご挨拶していらっしゃい」
余計なことを言ったというように先程の言葉を訂正して、また少し前のにこやかな姉さんに戻った。アイリーンは姉に礼を言って、おれたちはその場を立ち去った。
その足でメグ辺境伯の元に向かいながら、実態はわからなくても確実に何かが起きていることを実感した。
そのとき、広間全体からひときわ大きな歓声が上がった。この場にいるほとんどの人間が広間中央に躍り出た2組に釘付けになっている。アイリーンに尋ねた。
《会場のど真ん中に出てきた奴らは誰だ?》
〈2番目のクロエお姉様の組と、3番目のシャーロットお姉様の組よ。お二人とも夜会では特に人気なの〉
《ああ、あれも姉さん達か。さっきの姉さんもだけど、お前ら似てないよな》
〈お姉様達とはお母様が違うからね〉
《えっ……。なんだそうだったのかよ、悪かったな》
〈別に、それ自体は気にしてないからいいのよ〉
アイリーンに聞くと、2番目の姉クロエは婚約者候補と噂される伯爵家の長男と一緒らしい。華やかな踊りを見せ、終わると同時にたくさんの男性客がクロエの元に歩み寄り、口々に彼女の美貌を讃えている。
3番目の姉シャーロットは、踊りの技術が卓越しているらしい。その手足のなめらかな動きに起因する圧倒的な優雅さで場を支配している。素人のおれにもわかるほど美しい舞だった。周囲で眺めている者はもちろん、同じ会場で踊っている者も一旦動きを止めてシャーロットの踊りに魅了された。
「雲泥の差ですな」
どこからか声が聞こえてきた。誰と誰が、と言われたわけではないのに、アイリーンが自分のことを揶揄されたのだと思い落ち込む感情がおれのほうにも流れてきた。
第四王女アイリーンは、王室の出だけあってかわいい顔はしているものの、それだけ。
そのようなことを口にする者もいるらしい。末っ子とはいえ王族に対して肝っ玉の座ったやつもいるもんだ。
目的地に到着した。目の前にトカゲのバケモノをちらつかせた人間が2人。ニヤニヤと嫌な笑みを見せている。
念のためアイリーンに忠告する。
《相手は魔物だ、油断するなよ。何があるかわからないから極力接触は控えろ。挨拶は最低限、観察は最大限に》
〈難しいこと言わないでよっ〉
「本日は、王室主催の夜会にお越しいただきありがとうございますメグ様。四女のアイリーンです」
メグ辺境伯は、目の前に現れた小さく華奢なおれたちを前に手を胸に当てて礼をした。
「これはこれは王女殿下。お会いできて光栄です。最近16歳のお誕生日を迎えられて社交界入りされたとお聞きしましたよ」
「そうなのです。ですので、皆様に挨拶回りをしていまして。それではごきげんよう」
おれの忠告通り、最低限の挨拶をして2人の前から去った。
「社交界入りねえ……。王族にとって重要な魔法がほとんど使えない、他になんの取り柄もない末っ子のお姫さまが何をなさるというのか……」
「しかも魔法の勉強もそっちのけで動物と喋れるなどとおっしゃっているようじゃありませんか。国王様もあのお姫様には頭が痛いでしょうな」
メグ辺境伯と軍師イシューは大きな声で笑った。2人の言葉がアイリーンに深く刺さって落ち込む感情が共有される。ぶっ◯すぞこのトカゲ野郎。お前がアイリーンを下げるとおれの士気まで下がるんだよ。
◇ ◇ ◇
広間の専用席にベルスタシア国王が鎮座し、その左隣にはその長男デュランが立っている。
くだけた雰囲気の会場とは裏腹に2人の表情は固い。
「父上、メグ辺境伯にはご注意ください」
「ああ。密偵からの報告によると、彼の領地では圧政がひどいうえに、領内で次々とこどもが消えているそうじゃないか。その数も数十人などと……」
「最近の彼はどこかおかしい。企みごとがあるのかもしれません」
2人の視線の先にはメグ辺境伯がいた。ヤツは他の貴族と話している。がはがはと下品に笑う声がする。
「しかし、どう探りを入れたらよいものか……」
明らかに怪しいそぶりを見せているものの、介入の方法に悩んでいるようだった。
西側の比較的緩い国境の辺境伯のようだが、一つの軍事力を有していることには変わりない。王家といえども必要以上に波風を立てるのは避けたいというのが2人の心情なのだろう。
この絶好の機会を逃す手はない。
アイリーンは2人の前に歩み出て言った。
「わたくしにお任せください。お父さまとわが王家にとって災いとなるものを取り除いてお見せします」
王と長男は言葉の主を見て怪訝な顔をした。
「アイリーンか。今の話、聞いていたのか……」
「はい、私も何かできることはないかと思いまして」
「アイリーン、お前は自分の言っていることがわかっているのか? 父上の力になりたいという気持ちはわかるが、お前はまだ16 歳」
「もう16歳です」
「年齢だけではない。魔法もほとんど使えないお前に何ができるというのだ。こどもは口を出さなくていい」
2人にまるで相手にされなかったおれたちは黙って広間の壁際に移動した。
突如、アイリーンの動きが止まる。さっきまで生き生きと動いていたときとはまるで別人だった。目の焦点はどこにも定まっていない。中身がない空っぽの生きた等身大の人形のように変わった。
おれは脳内に引っ込んだアイリーンに話しかける。
《やはり断られたな。お前の読み通り》
それに応えるアイリーン。
〈残念ながら、ね〉
《メグ辺境伯の中身が魔物だってことは、説明しても信じてもらえないだろうから、やはり実績を上げるしかない》
〈これからどうするの?〉
《あいつがひとりになったところを捕まえて洗いざらい吐かせる。そんで、おれが奴を倒してその成果を親父さん達に見せればいいだろ》
〈うまくいくかな……〉
《おまえの身体に同居していることで五感も魔力も共有できるんだ。加えて、おれの日本での殺し屋時代の技を合わせりゃいけるだろ》
〈……うん!〉
横から女に声をかけられた。
「あの……アイリーン様、大丈夫ですか? お顔の色が……。どこが具合でも悪いのでは……?」
〈まずいわ、クレアに見つかっちゃった!〉
《お前の侍女は、お前のことを本当によく見てるよな。感心するぜ。……いや、そんなこと言ってる場合じゃねえ。どちらかの人格が“表”に出てないと体がフリーズ状態になるんだったな。それじゃ……》
「……」
「アイリーン様?」
魂を表に出すと、クレアのほうに向き直り、視線が合った。少しびっくりしたあと、クレアのホッとした表情を確認した。
「ああ、良かった。ご気分でもお悪いのかと心配しました。慣れない場でお疲れではないですか? 何かお飲み物をお持ちしましょうか」
「……ああ、そうだな。景気付けに一杯もらえるか?」
今度はおれが表に出る番だ。




